第六話
「治部少輔(じぶしょうゆう)を これへ」
ある日、淀どのが いつもの気まぐれそうに、自分の乳母である大蔵卿局に言った。
呼ばれた 石田三成が、ほどなく参上する。御簾越しに平伏し、
「お方様、ご用でございますか」
「他でもない。お捨どのは ご機嫌麗しゅう、お過ごしか」
実の子と入れ替えた子の面倒は、すべて、石田三成に任せて、淀どのは
様子を聞くだけだった。
「はっ、それはもう」
「そうか」
艶やかな扇が ばちん、とたたまれた。
「どこの馬の骨かわからぬ赤ん坊だが 健やかであれば、まず、わらわの身は安泰。実質、お世継ぎさえ、もうければ、大坂城の女主は わらわじゃ」
「はっ」
幼少の頃、秀吉に拾われて家臣になり出世した三成は、このわがままな側室を、秀吉のためになんとしても守らねば、と思っていた。秀吉も、もう、齢(よわい)五十をすぎ老いてきている。
淀どのの命令通り、たとえ、偽者でも、世継ぎを無事に育てなければならない。
「時に、治部、そなた、上杉の家臣、直江兼続と昵懇であったな」
「直江兼続。あの男なら、殿下の信頼も厚い男でございますが?」
「直江は 上杉景勝どのの家臣。景勝どのの伯父、謙信どのは 確か、妻帯せぬ飯綱権現の教えに 従うておられるのじゃな。お子はすべて養子とか」
「その通りでございますが?」
「謙信どのに、実子がおられる可能性は?」
三成は 呆れたように、目を飛び出させ、
「さ、それは?男は 妻帯せぬからというて、どこにタネを落とさぬとも限りませぬが。何か、お気になられることでも??」
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「いや、特に、何も。直江どのなら、何かご存知かと思うたまでのこと」
大坂城の女主は すっと席を立ち、庭の見える縁へ行ってしまったが、残された三成は首をかしげるばかりだった。
大野治良(おおの はるなが)が 淀どのに呼ばれた。大蔵卿局の息子で淀どのとは乳兄弟にあたる。
治良も、城中で育てられている捨丸君が偽者ということは、含みおかれている。
「実のお子様なら、山家にてお健やかにお育ちのようでございます。そろそろ、お歩きになったとか」
「しかし、虚弱じゃろうの。お拾(鶴丸)のように、早う逝かれてはかなわぬ」
初めての子に逝かれた時のことを思い出してか、淀どのの面(おもて)に、母親の嘆きらしき哀しみが、にじみ出ていた。
しかし、すぐにその表情を消し、そのようなことより、代わり身の赤ん坊の素性、今になって、気になる。連れてきたキテレツな傾奇(カブキ)者の正体もな」
「諾(だく)。調べられるかぎり、調べましょう」
治良は 丁寧にさかやきを剃った頭を下げ、その場を下がった。
昔から、乳兄弟の、この女のわがままにつきあうのは 慣れている。
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