第三話
臨月の、ナギサという少女が 後を追ってきた。
先ほどの反物を突き返す。
「こんなお高い物は 要りません」
伊織は 振り返って、
「強情なおなごだな。美味いもん食わなきゃ、丈夫な子が産めんだろ?それとも、お前さんが、この荒れた世の中で ひとりで育てるか」
「いや、この子は あなた様に預けてお城へ連れて行ってもらう。けど、反物や金子は要らん。ただ……」
「ただ?」
「本物の捨丸さまがどうなるか、心配なんだ。伊織さまとやら。捨丸さまの行く末をあたいに教えてくれろ」
健気な目を向ける。
「変わった女だな。取り替えられる赤子の方を気にかけるとは。~~~ま、いいだろう。教えてやるよ。もらわれ先も 考えなきゃいかんからな」
そう、答えると 鼻歌を歌いながら、市井の雑踏へと紛れ込んでいく。
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しばらくして、街はずれの掘っ建て小屋の中、木枯らしの吹く夜中、ナギサは男の子を無事に産み落とした。
玉のような男児が 元気のいい産声を上げた。
つきそっていた紅(くれない)が、
「安心おし。伊織さまに、しっかり預けるから」といって、赤ん坊は預かりにやってきた。「大坂城は 忍びや、もろもろの間者からの情報によると、捨丸さまが、高熱で危なかったらしい。でも、安堵しな。伊織さまが しっかりした尼さまを育ての親に選んでくださったからね」
「それはありがとうございます。それにしても、伊織さまという、ハデなお方は、いったい??紅(くれない)さん、知ってるのでしょう」
「あたいは、詳しくは 何も。なんでも 由緒正しいお武家の出らしいけど、近頃、流行りのカブキ者に身をやつしておられるからね。身元を訊くっていうのも、ヤボなことだろ」
ひょい、と 肩をすくめる紅(くれない)だった。
「で、ナギサ。この子の見納めだよ。しっかり、顔を見ておやり。本当のおっかさんなんだから」
産まれて間もない、赤ん坊は 母親から離されるとも知らず、スヤスヤと眠っている。
ナギサは しばらく、赤ん坊の頬に頬をすり寄せて抱いてから、
「もういい。元々、産まれてくるはずのない、こんな透っ破女の産んだ子。情が移っちまうから、連れてって」
「あんたも、気丈な子だねえ」
「気丈でなければ、生きてこられなかったさ」
目頭に熱いものが 込みあげてきていた。
押し付けるように、紅(くれない)の腕の中に返した。
「さっさと 連れていっておくれ」
紅(くれない)は しっかり頷いて、産屋の垂れゴザをめくり、出ていった。
とたんに、ナギサは床の上で泣き崩れた。
赤子を産み落として、丸二日目。お乳が張ってきて痛みだした。
(あの子に一回だけしか乳をやれなかった。悪いおっかさんだね、あたい。許しとくれ。名前も知らない子。あんたは お拾丸として大切に育てられるようにお祈りしているよ)
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