第7話 別れの朝
冒険開始から二日目の朝に牧場にきました
「ひょひょひょひょひょ」
相変わらずじじいかばばあかわからない牧場の管理人が俺を見つけるなり薄ら笑いを浮かべている。閉じている唇の隙間から声がそこはかとなく漏れているのが気持ち悪い。
が、ゲームどおりならば、この世界に牧場はここだけで、管理人もこいつだけだ。我慢して付き合わなければならない。どっかの街のお姉さんをスカウトして管理人をチェンジすることは叶わないのだ。
「ひょひょひょひょひょひょ。
どうだい? 昨夜はお楽しみになれたかい?」
これは、ゲーム内での宿屋に泊った翌日に牧場を訪れた時の決まり文句だ。口癖までも忠実に再現している世界であるらしい。
「楽しめるわけねーだろが!?」と叫びたくなるのを堪えて俺は、
「預けているモンスター全員出してくれ」
と牧場主に依頼する。
「おや、あんた今モンスターを二匹連れているねえ。パーティを組めるのは3匹までだよ。
ひょひょひょひょひょ」
そういえばそうだった。俺の傍らにはずっと黙ってうつむいているグリスラ子15と黙れと叱ったから仕方なく黙っているグリスラ子11が居る。
「連れてくるぐらい、いいだろう?」と言いかけて俺は思いなおす。
「預けているモンスターをそのまま経験値玉に変えるサービスはやってないのか?」
と、尋ねると、
「名前を言ってくれれば、変換して渡すことは可能だよ。
ただし少し時間はかかるがね。
それより最後のお別れはしないのかい?
ひょひょひょ」
その文脈で笑いを入れる必要性も妥当性もあるのか? といぶかしみつつ、俺は牧場主に任せることにした。
いちいち一匹ずつ経験値玉や素材に変えるのは面倒だから、ゲームではモンスターの一覧にチェックを入れて複数選択して一気に変換することができたのだ。
それを踏襲しているシステムは存在しているらしい。
ただ、ゲームのように一瞬でというわけにはいかないのが難点だが、そこまで時間はかからないだろう。
「じゃあ、グリスラ子だけを連れてきてくれ。
あとは、経験値玉に変えてくれ」
と言い放つ。
「ひょひょひょひょひょ。承知したよ。
少し待っていてだされよ」
とじじいかばばあかわからない牧場主は牧場の奥へと消えた。
「あ、あの……ぷる?」
「どうしたグリスラ子15?」
「わたしたちは……どうなるぷる?」
と不安そうな表情で聞いてくる。
「ああ、そうだな。まだ金はある。それで、グリーンスライムの次のモンスターといえばコボルトだな。
俺のレベルも上がるだろうし、コボルト相手には余裕がある。
グリスラ子をレベルアップさせるから、お前らは肥やしになってくれ」
「こ……肥やしぷるか……」
「合成素材ぷる?!!」
グリスラ子11が俺の言いつけを守らずに、口を開いたので目で威圧する。
「…………」
「わかりましたぷる……。グリスラ子姉さまのためにこの命捧げるぷる……」
グリスラ子15が、俯きながらそっと呟いた。
ここで心の弱い人間であれば、悲しそうに表情を沈ませている幼女(に見える18歳以上の女性というかそもそもモンスター)を見て申し訳ない気分になったり心変わりをしてしまったりするのかもしれない。
だが、俺は違うのだ。強い心で世界を救うために。
そして一刻も早くレアリティの高い幼女(っぽい見た目の18歳以上の女性とさほど変わらない容姿のモンスター)を仲間にするために。
心を鬼にして、尊い犠牲となってもらうのだ。
グリスラ子15と話をしていると、
「お兄ちゃん! 会いたかったぷる!!」
とグリスラ子(ノーマル)がやってきた。
「おう、元気だったか」
「ぐっすり休めたぷる。それで他のグリスラ子ナンバーズ達なんぷるが……」
「ああ、管理人に頼んで経験値玉にしてもらっているところだろう」
「えっ!!」
それを聞いてグリスラ子の表情が曇る。曇りつつも驚愕というような難解な顔つきだ。
「どうした? 何かおかしなことを言ったか?」
「き、昨日の晩……みんなにお話ししたぷる。
お兄ちゃんがこれからどういう使命を持って旅をしていかないといけないぷるとか、そのためにはわたしたちの力じゃお兄ちゃんの助けにならないぷるってことを……」
「ああ、その通りだな。
で?」
「だから、覚悟を決めたぷる。
みんなで話し合って……。
でも……みんなお兄ちゃんのことが好きなのぷる……。
最後にそれぞれお別れを……」
「あ~、そういうのいらない。
特にお気に入りのレアリティの高いモンスターを進化素材にするために泣く泣く手放すのならばまだしも。
お前らみたいな二束三文のモンスターといちいち別れを惜しんでいたら時間がいくらあっても足りないからな。
そういうわけで、グリスラ子。
管理人が戻ってくるまでに、合成するぞ。
素材はそこにいるグリスラ子11とグリスラ子15だ。
一人でも大丈夫なくらいなんだが、せっかく大量のグリーンスライムがいるからな。
同種合成は経験値の優遇もあるから、あと5~6匹つかまえたらレベルがあがるだろう。
俺もレベルアップするし、村から少し離れたコボルトの出現ゾーンまで行くからな」
「…………」
「なにか文句があるか?」
「……ない……ぷる……」
「ならば、合成だ。グリスラ子11、グリスラ子15。
お前らもわかってるよな?」
「……」
グリスラ子11は俺の言いつけを守って黙って頷く。目にはうっすらと涙が浮かんでいるような気がするが、気にしたら負けだ。
「心得て……おりますぷる……」
グリスラ子は二人の顔を順に眺めて、小さく頷く。
「わかったぷる……」
そうしてグリスラ子11とグリスラ子15が寄り添い、それをグリスラ子が抱きしめる格好になった。
どうやら複数まとめての合成もできるようだ。
グリスラ子達の体が淡く輝くと、3匹のグリーンスライムは眩しく光を放ち、残ったのはグリスラ子のみとなった。
「どうだ? 体の変化は? 気分は?」
「大丈夫ぷる。レベルが上がった気はしないぷるけど……」
「二匹ぐらいじゃあな。まあコボルトと戦うまでにはレベルを上げようか。
ちょうど、管理人も戻ってきたようだ」
「ひょひょひょ。お待たせしました。
こちらが、グリスラ子2、グリスラ子3、グリスラ子4……」
管理人が全員の名前を列挙しようとしていたので俺はそれを制した。
所詮雑魚である。どの経験値玉がどのグリスラ子ナンバーズに対応していようが知ったこっちゃない。
「ひょひょひょひょひょ。
では数だけお確かめください。」
一応数を数える。管理人がちょろまかすことはないだろうが儀式みたいなものである。
「ああ、確かに」
管理人から経験値玉を受け取ると、それを持ってひょいパクひょいパクと口に入れていく。
すると経験値玉は淡い光を放ち、するりと俺の体内に取り込まれていったようである。喉ごしがまったく感じられないというのはこの場合はメリットか。
そうそう。ステータスが確認できるはずだ。すっかり忘れていたが。
勇者
レベル2
体力:11
魔力:8
筋力:8
敏捷:9
知力:8
精神:7
器用さ:9
かなり雑魚だ。まあ、平均ステータスが5程度(これも念じれば頭に浮かぶ)のグリスラ子と比べるとまだましなほうだ。20匹のグリーンスライムでレベルが1しか上がらないのはかなり凹むが、そもそものゲームでもそんな感じだった。
というか本来であればレベル1でもコボルトぐらいは余裕で相手にできるのだ。仲間の力を借りるまでもなく。
俺が安全マージンを見込んで、地道なプレイを心掛けるというスタイルなだけで。
「よし、行くぞ。グリスラ子。コボルトを狩りに!」
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