第9話

 寒さが、よりいっそう厳しさを増してきた12月中旬。

 建物や街路樹は、色鮮やかなLEDのイルミネーションで装飾され、店のショーウインドーには、プレゼントボックスやリースなどが並べられている。

 目に飛び込んでくる、赤と緑。耳に流れ込んでくる、お馴染みの音楽。

 街はもう、クリスマスムード一色だ。

 皆、準備にいそしんでいるのだろうか。どこもかしこも、人で賑わっている。

「あー、楽しかった」

「……それ、何に対する『楽しかった』?」

 足を交差し、右手を口に当ててクスクスと笑う親友を、ジト目で睨みつける。

 私たちの背丈の3倍はあろうかという巨大ツリー。その下で、久々に陽奈ちゃんとのショッピングを終えた私は、彼を待っていた。

 このあと、私は彼とご飯を食べにいく。意外にも、ともに過ごすようになってから、これが初めての外食だ。

 たまには外で食べようと、知り合いがオーナーをしているというお店に、彼が予約をしてくれた。

 陽奈ちゃんも、まだこれから予定が入っているのだが、それまで時間に余裕があるとのことで、ここで私の相手をしてくれているのだ。

「そりゃもうあんた……ねえ?」

 実に愉快そうに。

「……」

 彼女の笑みの対象が、私とのショッピングではないことくらい、言われなくてもわかっている。

 ここに来る途中、私たちはひとりのお兄さんに出会った。見るからにチャラそうな人。いわゆる『キャッチ』というやつだ。

 彼は、言葉巧みに(?)こちらへと近づいてきたのだが、私の顔を見たとたん、ばちっとメイクを決めたその目もとや、軽そうな口もとを、これでもかというほど引き攣らせた。そして、何を思ったのか、突然英語と呼べるのかどうかも怪しい言語をかたことで喋りながら、あとずさってしまったのだ。それはもう逃げるように。

 例のごとく、私は日本人だと認識してもらえなかったらしい。面倒ごとに巻き込まれたくなかったから、べつにいいのだけど。

 日本人の『英語アレルギー』はよく聞くけれど、それにしても、彼のあのリアクションは尋常ではなかったと思う。

 私喋ってないのに。あんなので仕事できてるのかな? 心配してあげちゃうわ。

 お兄さんの姿が見えなくなった直後、とうとう我慢できずに盛大に噴き出した陽奈ちゃん。彼女の中では、まだなお、それが尾を引いているというわけなのである。

「気の毒なことしちゃったわね、茉莉花」

「思ってもいないこと言うのやめなよ、陽奈ちゃん」

 そんなこと、超極細ボールペンの芯の先ほども思ってないでしょ! 知ってるんだから。

 面白がっている陽奈ちゃんに、さらに頬をぷくっと膨らませる。

「茉莉花」

 彼女に抗議の念を送っている最中、突如名前を呼ばれた。その聞き慣れた低音に、耳をぴくりと反応させる。

「朔哉さん!」

「あらあら、嬉しそうに尻尾振っちゃって」

 待ち人来る。

 自身の顔が、ぱあっと華やいだのがわかった。

 体のラインをなぞるような、やや細身の黒いロングコート姿で登場した彼。185センチの高身長に、そのコートはとてもよく映えている。今日も今日とてかっこいい。

 あの日以来、彼に『茉莉花』と呼ばれる頻度が増えた。それにあやかり、私も彼のことを『朔哉さん』と呼ぶことにした。

 最初は、妙に緊張してしまい、呼んだあとで言いたいことが一瞬頭から抜け落ちてしまうほどだった。

 けど、今はもう大丈夫。意識しなくても、自然と彼の名前を口にすることができる。

 不思議なもので、たったそれだけで彼との距離を縮められたような、そんな気がするのだ。

「悪ぃな。出かけにちょっとバタバタして。……と、君は確か」

「紺野陽奈子です。茉莉花と同じ、薬学科の4年生です」

 ふたりが顔を合わせたのは二度目だが、まともな会話をしたのは、これが初めてだった。

 まともな会話——この言葉を、しかと覚えておいていただきたい。

「この前はごめんな。迷惑かけちまって」

「とんでもないです。こちらこそ助かりました。……もうこの子、菌床きんしょうだったんで。今にもきのこ生えそうだったんで」

「ちょっと、陽奈ちゃん!!」

「あははっ! いやー、やっぱセンスあるな。実はすでに『餌づけ』で笑わせてもらってるんだよ」

「やめてよ、朔哉さんまで!!」

 ほんとなんなの、このふたり!! いや、そりゃあ悪いのは私かもしれないけど、本人目の前にしてひどくない!?

 さきほどのあの一件は、この人には黙っておこう。バレたら、しばらくネタにされること必至だ。

 私は、穏便に冬休みを迎えたいんです。

「どうする? 一緒に食べに行くか? ひとり分追加するくらいなら大丈夫だと思うけど」

 ポケットから取り出したスマホ片手に、朔哉さんが陽奈ちゃんを誘った。人数追加の連絡を先方に入れようとしたのだろう。

「あー、いえ。せっかくなんですけど、あたしも今から彼と待ち合わせなんです」

 しかし、陽奈ちゃんも、付き合っている彼との予定がこれから入っているとのこと。

 ここから5分ほどのところにあるカフェが、待ち合わせ場所なのだそうだ。

「そうなのか。じゃあ、またの機会に」

「ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてください。……じゃあ、そろそろ行くわね」

「うん。ありがとね、陽奈ちゃん。また明日」

 朔哉さんに頭を下げると、手を振りながら、陽奈ちゃんは再び人混みの中へと戻っていった。

 その姿は、まさに『百合の花』だ。

「あの子の彼氏って、学生?」

「ううん、社会人。高校の養護の先生だって言ってた。私も会ったことはないんだけど」

「しっかりした子だな」

「うん。……私の、自慢の親友」

 これほど波長が合う友達は初めてだった。本音で話し合えたのも。

 卒業して、大人になっても、この先もずっと。

 私は、陽奈ちゃんと『親友』でいたい。

 厚かましい願いかもしれないけど。

 陽奈ちゃんも、私と同じ気持ちでいてくれたら嬉しいな。




 繁華街から少し離れた場所。喧騒とは無縁の閑静なその一角に、それは悠然と構えていた。

「朔哉さん、ここ……」

「あ、知ってるか? 有名だからな」

 いやいやいやいや、そんなひとことで軽く済ませられる程度のスポットではないのでは!?

 関西の人間ならば、知らない者などいないのではないだろうか。

 京都に本店を置く、創業350年の超高級老舗料亭——花乃井はなのい

 まさか、自分が足を踏み入れる日が来ようとは。人生、何が起こるかわからない。

 お洒落してきて正解だった……。

 彼と初の外食ということで、今日はいつもよりも、ちょっとだけ服装に気合を入れてきた。

 ベロア生地のフレアワンピース。色は、深みのあるロイヤルブルーだ。うっかりパーカーとか着てこなくて、本当によかった。

 門から入り口まで真っ直ぐに伸びた石畳。それに沿うように、両側に細い竹が幾本も植えられている。足もとを照らす橙色の灯りが、さらに落ち着いた雰囲気を演出していた。

 もつれそうになる足でなんとか地面を踏みしめながら、彼の少し後ろをついていく。緊張で今にもどうにかなってしまいそうだ。

 ついに入り口まで辿りついた。彼を感知し、木製の大きな自動ドアが、ゆっくりと左右に開く。

「お待ちしておりました、速水さん」

 出迎えてくれたのは、口もとのほくろが特徴的な、着物姿のとても優艶な女性だった。……女将さんだろうか?

 やばい、口から心臓飛び出そう。

「こんばんは、女将」

 挨拶をした朔哉さんにつられて、私もぺこっと頭を下げる。

 やっぱり女将さんだったようだ。なんて色っぽい人。

「まあまあ、可愛らしいお連れさんだこと。お人形さんみたい。さあさ、こちらへどうぞ」

 長い長い廊下の先。私たちは、10畳ほどの個室に案内された。

 木目の立派な、長方形のテーブルが中央に設置されており、周囲は掘りごたつになっている。大きな窓の外には、見事な枯山水が美しくライトアップされていた。心の中で嘆声を漏らしながら、座椅子に腰を下ろす。

 これだけで、もう十分贅沢な気分を味わえていた。

「すぐにお料理をお持ちいたしますので。……お酒はいかがなさいますか?」

「俺はいつものを。……お前は?」

「あ、ごめんなさい。私、お酒はちょっと。……ウーロン茶、いただけますか?」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 にこりと微笑んで、女将さんはこの部屋をあとにした。

 予約したとき、すでに料理は注文してくれていたらしく、ここでは飲みものしか聞かれなかった。はたしてどんな料理が出てくるのだろう? 楽しみだけど、ちょっと怖い。

「酒飲めなかったのか」

「え? ああ、そうなんです。……飲めたら楽しいんだろうなって思うんですけど。注射のとき、アルコール綿で撫でられただけで、真っ赤になっちゃうから」

「あー、そりゃやめといたほうがいいな」

 私は、まごうことなく、アルコール過敏症だ。舐めただけで、クラクラしてしまうほどの。

 まあ、あの人のせいで、アルコールに対する嫌悪感も少なからずあるのだろうが。

「見た目こんなだからみんな勧めてくれるんですけど、飲み会でももっぱらお茶で。……朔哉さん、強そうですよね」

 これに関してまったく根拠はなく、直感で口にしただけだったのだが。

「んー、飲んだら飲めるけど、普段特別飲みたいとかは思わないな」

 この返答。……さては、ザルだな。

 彼との夕食時、お酒が出てきたことは一度もない。私を車で送り届けるために、控えてくれていたのだろう。申し訳ないことをしてしまったかも。

 それからほどなくして、飲みものが届けられた。

 彼がいつも嗜んでいるという、これまた高そうな日本酒をとっくりに注ぐ。彼のお酌係も初体験だ。

 そして、今日一日を互いにねぎらい、私たちは乾杯をした。

「買いものは楽しかったか?」

 私の手荷物——B4サイズの白い紙袋——を見た彼が尋ねてきた。

 さきほどまでの陽奈ちゃんとの時間を思い返しながら、笑顔で答える。

「うん、すごく」

「そっか。よかったな」

 彼もまた、優しい笑顔でこう応えてくれた。

 実は、本日のショッピングの目的は、彼に渡すクリスマスプレゼントを購入すること。

 今年は、クリスマスイブがちょうど日曜日と重なるので、その日は一緒に過ごせることになった。

 この白い紙袋は、私がよく行く輸入雑貨店のもので、いわばカムフラージュ。この中に、さらに別の店の袋が入っていて、そこにラッピングを施してもらった『本命』がある(ちなみに雑貨店では、可愛いチーズフォンデュセットをゲットした)。

 何を買ったかは、まだ彼には内緒だ。

「もうすぐですね。写真集の発売日」

 これ以上、話題をショッピングのほうへ膨らませるとボロが出そうだったので、私はわざと話を逸らした。

 今、私がもっとも楽しみにしているイベント。

 当日は、バイトが終わりしだい、書店に駆け込む所存だ。

「そうだな」

「待ち遠しいです。……あ、そうそう」

「?」

「リビングに飾ってあるあの写真って、どこで撮ったんですか?」

 ずっと気になっていたこと。それこそ、私が彼と出会ったあの日から。

 なぜ、今の今まで質問しなかったのかが、逆に不思議なくらいだ。

「ああ。あれは、ニュージーランド」

「そうなんだ!」

 日本ではなかったが、国名を聞いて納得し、目を輝かせる。

 海外経験のない私だが、ハリウッド映画——特にファンタジーもの——を鑑賞しまくっているせいで、最初に訪れる国はニュージーランドにしようと勝手に決めている。

 あの壮大で美しい大自然を、ぜひともなまで拝んでみたいと、幼いころより熱望しているのだ。

「すごいなー。たしか、鈴原先生の後ろに写ってたのも、あの海ですよね?」

「え? あ、ああ……」

 先日見せてもらった先生の写真。彼女の後ろに広がっている空と海を見て、ふたつの写真が同じ場所で撮影されたものであることはすぐにわかった。

 私は、そのことをただ彼に確認しようとしただけなのだが……なんだか歯切れが悪い。

 もしかして、聞かないほうがよかったのかな。……でも、表情はいつもと変わらないみたい。

「失礼いたします」

 そのとき、襖の向こう側から声が聞こえた。どうやら料理が到着したらしい。

 数人がかりで持ってきてくれたのだが、その中には、なんと料理長の姿もあった。50歳くらいだろうか。糸目の、とても貫禄のある人だった。

 都合がつかず、この日不在のオーナーからの言伝ことづてもあるとのことで、朔哉さんに直接挨拶にきたのだと言う。

 喋っていましたとも。それはそれは親しそうに。

 驚かないと意気込んでいても、この人のセレブっぷりには、やはり度胆を抜かれてしまう。

 彼と話し終えると、こんな小娘にまで丁寧にお辞儀をして、料理長は皆を連れて出ていった。ごゆっくり——そう言い残して。

「呆けてないで、食べろよ」

「あ、はい。……なんかもうきれすぎて、どれから食べていいのかわかんない」

 こんな立派な懐石料理、生まれて初めてなんだもの。

 料理長がいなくなったあとのテーブルは、眩いばかりに輝いていた。

 鮮麗で艶のある器。繊細に編まれた竹籠。それらに盛りつけられた、今の季節をまるごと詰め込んだような食材やつまもの。

 さすがは、日本を代表する老舗料亭。『和』ならではの心づかいが随所に散りばめられているが、なんといっても彩りがすばらしい。

 味は、想像をはるかに超えるほど極上で、口に入れた瞬間、私は反射的に目を見開いてしまった。

「美味いか? ……って、愚問か」

「ええ、究極の」

 彼に『おいしい』や『幸せ』を連呼すると、『わーったから、落ち着け』とたしなめられてしまった。

 よかった。さっきはちょっと心配しちゃったけど……朔哉さん、いつもどおりみたい。

 写真の話題を振ったときの、彼の反応が少し気にかかったけど、それは杞憂に終わったようだ。


 これが自身の勘違いだということに、後日、私は気づくこととなる。


 舌鼓を打って打って打ちまくり、仕上げに甘味と抹茶をいただいて、五感をフル稼働してのディナーは幕を閉じた。

 浮世離れしたこの余韻に浸りながら、彼とまったり会話を交わす。

 その最中、隣に置いてあるバッグの中で、突然スマホが唸り出した。マナーモードにしていたのでメロディーはなく、振動のみだ。

 長い。これ、着信だ。

 ガサゴソと中をあさり、震える原因を手に取った。

「あ、お母さんからだ」

 電話の主は、なんと神戸の母だった。

 母の顔が頭に浮かび、一気に現実世界に引き戻されてしまう。

「個室だし、話しても大丈夫だろ」

「すみません。じゃあ、失礼して」

 彼に推してもらえたことに安心するも、遠慮がちに通話ボタンをフリックした。

「もしもし」

『あ、茉莉花? 今大丈夫?』

 SNS上でのメッセージ交換は頻繁におこなっているが、こうして母の声を聞くのは、実に2ヶ月ぶりだ。

 相変わらずのおばちゃんテンション。

 ウチのみどりさんは、顔と喋り方に少々ギャップがある。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫」

『なんや、それ。かけ直したほうがいい?』

「ううん、大丈夫」

『え? あーもー、喋るからな! あんた、年末帰ってくるの?』

「そのつもりやけど」

『やっと帰ってくるんかいな。待ちくたびれたわ』

「あはは。ごめんごめん」

『いつ?』

「まだ決めてへん。バスにするか新幹線にするかもまだ迷ってる」

『わかった。ほなまた決まったら連絡してね』

「うん」

 わざわざ電話をしてきたところを推察するに、おそらく相当のプレッシャーを私はかけられている。

 母の言いたいことを濃縮還元すると、『年末帰ってくるの? もちろん帰ってくるわよね? 帰ってこんかいっ!!』だ。

 今回は帰らせていただきます、母上様。

『あっ、それからな』

 しかし、用件はそれだけではなかったようで、間髪いれずに次の話題へと転換された。

『来月末に、仕事で東京行くようになってんや。ひと晩だけ、あんたのとこで泊めてな』

「……え?」

 唐突な母からの申し入れに、思わず上半身が前のめりになってしまった。

『何? なんか都合悪いことでもあるの?』

「いやいや、ないけど」

 気持ちを宥めるように、再び座椅子の背もたれに自身の背中を預ける。

『っそ? ほなそういうことで。よろしくねー』

「はーい……」

 ツー、ツー。

 速攻で通話を切られてしまった。

 言いたいことをすべて言い終え、私の承諾も得た母。自身の目的が達成され、満足したようだ。

 まさに台風。

 溜息をついて、心と体を休めていると、朔哉さんに顔を覗き込まれた。

「大丈夫か?」

「あ、ごめんなさい。久しぶりに、あの勢いに圧倒されてしまって」

「うん。ちょいちょい聞こえた」

「えっ!? もー、ほんっとごめんなさい!! お母さん、声大きいし、はっきり喋るから……!!」

 なんと、電話越しの母の声まで彼に聞こえてしまっていた。慌てて彼に謝罪する。

 べつに聞かれて困る内容なんてものはいっさいなかった……なかったのだが、なんだか恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。

 母と電話するときは、通話音量最小を心がけねば。

「いや。今の会話で、親子の仲のよさが十分伝わってきたよ。……明るくて、いいお袋さんだな」

 けれど、彼はこんなふうに賞賛してくれた。私の大好きな、優しい笑顔で。

 ある意味、自分のこと以上に嬉しかったりするかもしれない。

 自分の大切な人が、自分の大切な人を、たたえてくれるということは。

 俯き、彼の言葉に小さく頷く。

 その後、女将さんに見送られ、私たちは帰路に着いた。食事代は、当然のように彼が支払ってくれたのだが、恐ろしくて値段は聞けなかった。

 手を繋ぎ、澄んだ星空の下、夜道を歩く。

「ごめんね、朔哉さん。ご馳走様でした」

「こらこら。謝るとこじゃねーぞ、そこ。俺もお前と来たかったんだ。それに……」

「?」

「今日はお前の関西弁が聞けて、なんか得した気分だしな」

「……得?」

「うん。すげぇ新鮮だったし、すげぇ可愛かった」

「……」

「お、照れてんのか?」

「~~っ、そんなこと言われて照れない女子がいたらお目にかかりたいですっ!!」

「あははっ!」

 お酒も飲んでいないのに、ゆでだこのように真っ赤な私と、あれだけお酒を飲んだのに、赤面もせず声を出して笑う彼。そのあいだを、ひと筋の風が通り抜けていった。

 ふたつの白い息が、交わり、言葉とともに空気に溶け込む。


 今ひとつ、またひとつ。

 彼とのかけがえのない瞬間が、私の中に刻まれた。

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