タイムリープ・グロウテイル

Hoto

第1話「出会い」


 異世界転移。

 何らかの要因で元いた世界から異世界、人間が剣と魔法でモンスターに立ち向かうファンタジー世界へと飛ばされてしまう現象。

 アニメや漫画、ライトノベルなどでよく見かけ、お約束として強力な能力がオプションとして付いてくることも多い、この現象に憧れを持つ人間も多いだろう。


 俺、相馬時也そうまときやもそんな人間の内の一人だった。

 強力な力を行使して、美少女を引き連れてモンスターを薙ぎ倒し、人生においての圧倒的勝ち組になりたい。

 そんな願望をずっと抱いていた。


 だから、実際に女神様からその提案をされた時は、迷うことなく首を縦に振った。





 そんな数分前の自分を、そして安直で愚かな願望を抱いていた過去の自分を殴りたい。


 異世界なんて最悪だ。


 「くそがぁぁぁぁぁ!!」


 俺はヤケクソになって叫びながら、夜の草原を駆けた。

 元の世界にいた頃と身体能力が変わっていないにも関わらず、その速さは凄まじいものだった。

 今だったら徒競走で一位になれると確信できる。

 スケールが小さくて申し訳ない限りだが、運動神経ゼロで体育科目では勝った試しがない俺にとっては十分偉業だ。

 もっとも、今は体育科目と限定したが、だからといって他の分野でならば勝てるというわけでもなく、結局俺は人生の負け組なのだが。


 何はともあれ、そんなことを可能にしたのは、かつて経験したことのないほどの恐怖故だろう。


 「グルァァァァァ!!」


 「…………ひッ!?」


 後方から咆哮が聞こえる。


 そう、俺は今追いかけられているのだ。

 一匹のモンスターに。


 くそ、何がモンスターを薙ぎ倒すだ。

 こんな恐ろしい相手に立ち向かえるわけないだろうが。


 それは狼型のモンスターだった。

 形は元の世界でも写真などで見たことのあるそれが、獣ではなくモンスターであると一発で見抜けたのは、明らかに異なっている箇所が複数あるからだった。


 まず、体毛の色が紫色であること。

 次に、瞳が紅く光っていること。


 そして何より大きいのが、背中に体毛の代わりに、同じく紫色の炎が燃え盛っていることだ。


 たとえ普通の狼であろうと丸腰で遭遇してしまえば、同じだろうと思うかもしれないが、獣とモンスターとでは大きく違う点が二つある。


 一つは体内に魔力を保有していること。

 もう一つは、人間を見つけると襲い掛かり、見失うまで追いかけ続けるという習性を持っていることだ。


 この習性から、モンスターは人類の敵と言われている。


 これが獣ならば、人間である俺から逃げる可能性もあっただろう。

 特に相手は一匹のみなのだ。

 

 しかし、モンスターとなれば話は変わる。

 たとえどんな条件でも、習性で俺を追いかけ続ける。



 「……くっ……はぁはぁ……」


 段々と息が乱れてくる。

 いくら恐怖で身体能力が一時的にブーストしていたとしても、限界はある。

 そして、それが間近に迫っているようだった。


 それでも、俺は無理をして走り続ける。

 そうするほかないのだ。

 頭の中でもう無理だと分かってしまっても、恐怖で止まることはできない。


 「なっ……!?」


 しかし、そんな足掻きも終わりを告げる。

 俺は何もないところでつまづいてしまった。


 「……ぐうっ!?」


 かなりの速さで走っていた俺は、勢い余ってその場に盛大に倒れ込む。


 「…………ッ!?」


 急いで起き上がろうと、身体の向きを変えると、モンスターがすぐ近くまで迫っているのが目に入った。


 「は……はは……」


 思わず空笑いが漏れる。

 

 走馬灯が見えることはなかった。

 思い出す価値もないくらい、どうでもいい人生だったのだろうか。

 

 それはそうか。

 何せ、元の世界での人生は自らの手で終わらせたくらいなのだから。

 

 この世界では変われると思ったのにな。

 人生の負け組から勝ち組へと。


 実際、女神様は言ったはずなのだ。

 強力な力を授けると。

 ああ、でもこうも言ったっけ。

 その能力は、しかるべき時に初めて覚醒すると。


 つまり、俺は能力が覚醒する前に殺されるということだろう。


 結局、負け組はどんな状況でも負け組のままということだろうか。

 女神からの説明を終えて、転送された場所がこの夜の草原、しかもモンスターの目の前だったことからも分かる。

 きっと、俺はいつだって負ける宿命なのだろう。


 「グルァ!!」


 モンスターが目前まで迫っている。

 

 せめて、できるだけ痛くない死に方がいいな。

 身体がブルブルと震え、瞳からは涙が溢れ出す。

 失禁をしてないだけ上出来だろう。


 自身の死を確信したその時。


 唐突に目の前のモンスターが二つに裂けた。


 「……全く、夜の草原に丸腰で踏み入るなんて、自殺でもするつもりかしら?」


 そして、その後ろから。

 剣を振り下ろした、一人の少女が現れた。


 白銀に輝く髪は腰の辺りまで伸びていて、全身を髪同様白い服装で包んでいる。

 驚くほど顔立ちが整っている、美しい少女だった。


 どうやら俺は美少女に命を助けられたらしい。

 

 何だよ、このアニメみたいな展開。

 やっぱり異世界は最高じゃねえか。


 驚くほど安直な俺は、一瞬で考えを改めた。

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