第5話

 少し邪険にしすぎたと思ったのか、潤は態度を軟化させ、優しく誘った。

「こっちに、きてごらんよ」

潤は、部屋の右手にある、腰程の高さの、楢材の本棚の前に、僕を連れて行った。木組の丸椅子と、年季の入って飴色になった四角いスツール。どれも自然なワックスの艶があり、よく手入れされていた。


 潤は、優雅に椅子の間を歩きながら微笑んだ。

「いろいろ、綺麗な本があるんだ」

潤が指し示した本棚には、金箔押しや、ノスタルジーを誘う褪めた色合いの、さまざまな布地張りの、凝った装丁の背表紙が並んでいた。

 僕は、くすんだ薄紫色の布地張りの一冊を抜き出した。写真が多いのか、紙が厚く、意外に重かったので、本棚の上部に本を置いて広げた。文字ばかりの部分は飛ばして、厚い紙の写真の頁を開けた。

 冷たい面影で手足の長い、綺麗なビスクドールが、目の前に現れた。

 潤は、僕の手元を覗きこんだ。

 僕は、

「潤に似ている」

と、言った。

 憂いを含んだ眼差し。哀愁を帯びた表情。はかなげな美少年。少女のように愛らしいが少年らしく高慢で、己の所有する移ろいやすい美を、命を犠牲にすることで永遠にとどめることに成功した英雄のように勝利を誇っていた。

「そう? これなんか、瑶みたいだよ」

潤が、手を伸ばして、ページをめくった。

 その人形は、優しい顔立ちで、少し微笑んでいるように見え、頬は薔薇色だった。

「僕って、こんなに子どもっぽい?」

僕は聞いた。

「可愛いと思うけど」

「でも、さっきの方が、きれいで孤独っぽくて、かっこいい」

潤を見ると、潤は唇を噛んでいた。


 僕は、本に視線を戻した。ページの下に、参照ページ番号が載っていた。指定のページを開くと、潤に似た人形がテーブルに寝かされていた。僕は、頁をめくった。片側のページには字の解説があった。

 次のページでは、人形は、服を脱がされて裸にされていた。

「ふふ」

人形が笑ったかのように、潤が妖しく笑った。

 裸にされ、写真にうつされ、人目に晒されているというのに、さっきと同じ表情の人形が哀れだった。

 さらに、人形は、細部を大写しにされ、曲げられ、バラバラにされていった。まるで、バラバラ死体だった。

 人形なのに、妙になまなましく、興味本位で残酷な、解剖写真のように見えた。

 潤は、

「おもしろいね」

と、身を寄せてきた。

 その感想は、狂気じみていた。

 美少年の、バラバラ死体。

 自分に似ていると言われた人形が、裸にされ、いじくりまわされ、捻じ曲げられて、バラバラにされたというのに。

 夕暮れの黄色い光が、窓から差し込んで、室内を染めていた。

 僕は、本を閉じた。

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