第3話

 二階へ上がる階段の左手の壁に、エミール・ガレ風の、大正時代のものと思しきガラス製の花形の照明があり、黄色っぽい光を、赤絨毯の足元に投げかけていた。

 木製格子のガラスのドアを押すと、カランとカウベルのようなドアチャイムが鳴った。中はサロンのような、小さな喫茶室だった。右手にカウンター、左手は窓。赤いびろうど張りのロココ調の椅子と丸テーブルが数組、奥にアップライトピアノがあり、他に客はなかった。

 若いマスターはコーヒーを持ってきて、

「出かけるから、よろしく」

と潤にことわり出て行った。

 潤は、コーヒーカップに唇をつけ、青いブックカバーのかかった新書をめくった。

「何が書いてあるの?」

 翻訳詩は、象徴的で、潤の声で朗読されると、流れるような言葉の響きとイメージが心地よかった。

「この詩人は同性愛者なんだ」

潤が言った。

「瑤は、好きな人、いる?」

僕は、自問した。潤のうなじに触れたい気持ちは? こうして潤と二人きりでいて、どきどきする気持ちは?

「キスしたことある?」

僕には、恋愛経験が、なかった。

「赤くなってる」

潤が、笑みを浮かべた。

「俺と、してみない?」

と、潤が言った。

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