第3話 身勝手な契約者
異世界間交流が始まって人類の生活、ルール、思考などが徐々にだが変わってきたらしい。
異世界という摩訶不思議なものが出来たばかりの頃は犬や猫、兎などの耳や尻尾を生やした人型の生物やあまりにも背が低い人型生物、人間そっくりだが耳が少し長い、長寿といった生物に驚き畏怖し排他的であったみたいだ。
しかし、人間は慣れるもの。二十年もそんな生活が続けば物好きな人がそう言った生物に結婚を申し込んだり、気に入って異世界人だけを従業員にした喫茶店を開いたりと色々あるだろう。
そのおかげもあってか、此処のところは昔ほど異世界人を嫌がる人たちも減ってきたらしい。
かくいう僕は、と言うと異世界人が嫌いになれない。異世界を切り開いた開祖とも言える父さんを持った影響もあるだろうが、僕の兄妹――正確には捨て子仲間――にはもちろんのこと異世界人とのハーフも大勢いるからだ。
異世界人を嫌うことは兄妹を嫌うことであるから僕は嫌いになれない。けれど……少しくらいは面倒に思う時もあるのだ。
「ねえ、綾鷹。これは何?」
「それはテレビだよ。知らないの?」
「し、知ってるわよ! 綾鷹が知ってるかどうか聞いてみたんじゃない!」
絶対知らないやつだこれ……。
祐実姉と父さんが散歩がてら商店街の方へ買い物に行ってしまって、ちょうど勉強ができる最高の時間である。はずなのに、一人の幼女のせいで結構台無しになってしまっている。
リビングで教材を開いて勉強している僕に物珍しそうに色々見て回っている緋色――緋緋色金本人の了承を得て緋色と呼ばせてもらえるようになった――が事あるごとに僕に質問してくるから中々集中できない。
いや、三月だから少しくらい休んだっていいじゃないかと思うかもしれないが、受験戦争はすでに始まっているのだ。ここで遊んではまた不合格通知が手元に来てしまう。
だから集中して勉強をしたいのだが……。
「ねえ、これは?」
「それはリモコンだよ……テレビを点けるのに必要なの」
「へぇ~」
やっぱり知らないじゃないか……。
集中できない中で勉強をしても身にはならないのでノートに走らせていたシャーペンを止めて、僕は緋色の観察に入った。
背丈は小学四年か五年くらいの高さで燃え盛る炎のような紅の髪と瞳。こうして見ると容姿も言動も少し子供っぽくてどことなく愛らしい。
……待て、僕は何の観察をしていた? これじゃあ、ただの幼女を見てニコニコする変態じゃないか。
気を取り直して今度は考察をしよう。
カラミティー・アーツという魔女の遺産らしい彼女は緋緋色金と自身を名乗った。ネットで調べた結果、緋緋色金とは太古の昔に日本に存在したと言われる鉱石の名前だった。
でも、実際には幼女の姿で……。なのに鉱石……? じゃあ、彼女は異世界人なのだろうか?
「ねえ、気になったんだけど。緋色って異世界から来たの?」
「うん」
「へぇ――緋色がいた異世界ってどういうところ?」
「私達の創造主と一緒にとっくの昔に消えちゃったわ」
「え?」
創造主と一緒に消えた? でも世界が消えたら……。
緋色は僕の疑問に応えるように口を開く。
「言葉のとおりよ。異世界間交流なんてとっくの昔から始まってるの。ここじゃあ最近らしいけど、別の世界じゃあ早い時には一億年も前から始まってるわ」
「そうなんだ……。なんか、ごめん……」
「え? 何が?」
「いや、その……悲しいことを思い出させちゃったかなって……」
「? ……馬鹿ね、アンタ。アタシは創造主なんて大嫌いよ。死んで欲しいって思ってたわ!」
……はい?
緋色は血行のいい顔で清々しさ極まる言葉を放つ。
「だって、創造主がいると行動が制限されるもの。アタシは自由気ままにあっち行ったりこっち行ったりしたいの。だから何も悲しいことなんて無いわ」
そういう……ものなのかな?
僕はそういったことをよく分かっていない。誰か特定の人を大切に思ったことがあまりないからかも知れない。
僕は会話の中でもう一つ疑問になったことを不意に聞いてみた。
「とっくの昔に世界がなくなったって言ってたけど。じゃあ、緋色って何歳――」
「それ以上聞いたら殺すわよ?」
「あはは、急に質問する気力がなくなっちゃったなぁ……」
女の子、怖い……。
と、完全に集中が切れて勉強なんてものは手につかなくなっているところに一本の電話が入った。
「誰だろ?」
スマホの画面を見ると、
見覚えがある。と言うか、僕の四つしたの後輩で元々はここの住人だった兄妹だ。
「どうかしたの、栞?」
『アヤ兄! 大変大変、大変なの!』
「ど、どうしたの?」
『栞ね! 町中でナンパ受けちゃった! やだ、恥ずかしい!』
心底どうでもいい電話だった……。
僕は深くため息をついて、
「もう切っていい?」
『なんで!? アヤ兄なんか冷たくない!?』
「いや、こっちも忙しくて……」
主に、緋色とか緋色とか緋色とかで。
『いいじゃん。もっと話そうよ! 栞の好感度上げようよ!』
「いいよ、上げなくて……。と言うか、学校は? 今日、平日で時間的には授業のはずだけど……」
『サボった』
「ん?!」
学校をサボった!? 栞のやつ何を考えてるんだ……。
小さい頃から遊ぶことばかり考えていた栞ではあったが、まさか学校をサボるまでとは……。
僕は栞を引き取ってくれた小倉さんに心の中で謝罪しながら今すぐにでも栞に学校へ行くように説得し始めた。
「今すぐ学校へ行くんだ、栞」
『なんで?』
「なんでって……学校ってお金掛かるんだよ? それを払ってもらっているのに行かないのはダメだよ……」
『いらなくなったら捨てればいいじゃん。そうしたらまたアヤ兄と一緒だよ!』
そういう問題じゃなくて……。
なんだろう。僕の周りには一般世間で言う悲しいことを嬉しいことと間違って認識している人が二人もいるんだけど……。
とにかく、どうにかして栞を学校へ行かせなければ。電話先で楽しそうに話している栞に声をかけようと口を開いたその時、
「ねえ、誰と話してるの?」
しまった。現代のものに興味津々の緋色のことをすっかり忘れてた……。
今の声はどうやら鮮明に栞に伝わっているようで、栞の声色が変わった。
『今の声誰!? 新しい子? わー、かわいい声! 見に行くね、今から!』
「いや、栞。ちょっと――切られた……」
僕は通話終了と書かれた画面を見て落胆すると、今もなお質問してくる緋色に、
「これは電話って言って遠くの人と話ができる機械だよ……」
緋色の頭に手を置いて優しく撫でながらそういう言うと、緋色は急に顔を赤らめてキレのあるアッパーを僕の顎にクリティカルヒットさせるのだった。
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