第2話 僕、男なんだけど……
異世界間交流が始まったのは今から二十年ほど前。
とある宣教師がそろそろ異世界のケモミミパラダイスに会いたいぜベイベーというふざけた発案から研究が進み、百年は掛かるだろうとされた研究期間をたったの十年で、そこから実現までに三年という異例の速さで達成し、異世界という摩訶不思議な世界を切り開いていった。
かくいう宣教師は妻もいなければ子供も存在せず、捨て子を拾ってきては昔の武勇伝を披露する悲しい人で、何を隠そう僕の拾い主でもある。
しかし、そんな宣教師も五十歳という若さで亡くなり……。
「おい、綾鷹。飯まだか~?」
こうやって立派な
「はいはい。ご飯はこれ」
「おう。サンキュー。うんうん、うまいうまい。うまいなぁ……ってこれドックフード! おい人間様に何喰わせてんだよ! 知ってるか!? ドックフードって味薄いんだぞ!? こんなんで腹膨らまねーよ!」
と言いつつバクバクとドックフードを食べているのだから人間――現在は犬であるが――わからないものである。
さて、うるさい父さんを黙らせて――実際には黙らせられていないが――問題に対処せねばなるまい。
目の前には可愛らしい幼女が……っと、幼女ではないようだ。
「アタシは緋緋色金。カラミティー・アーツっていう魔女の遺産で、アンタの契約者よ!」
「待って、なんとなく理解できたけど契約者って?」
契約なんてした覚えはないし、そもそも契約って何の? お金とかそういう関係ではないだろうし……。
わけのわからないことばかりで混乱しているが、そういうのが得意なのがこの教会には一人いる。僕の後ろでドックフードに齧りついている父さんだ。
けど、父さんは一度何かに夢中になると話を聞かないし、結局わけがわからないままだ。
「言ったでしょ? アタシと契約して魔女になりなさいって。そのままの意味よ。言葉通じてる?」
「いや通じてるけど……」
だから魔女って何? 契約の質問の答えも曖昧だし……。
困り果てているところに僕の姉――実際には僕が拾われる二日前に拾われた女の子なのだが――
「えっと。朝ご飯だよ?」
「あ、祐実姉……。ありがと……」
「だ、大丈夫!? なんか朝から疲れてるみたいだけど!?」
そりゃあ、疲れるだろう。朝から分かりきっていた大学の不合格通知をもらい、その後によくわからないことに巻き込まれれば疲れだって出てくる。
しかし、そんなことをしている余裕は無いのだ。教会育ちと言えど世間は早々に優しくない。むしろ厳しい方だ。
学力社会な今、大学でいい成績を残せた者が良い人生を送る仕組みなわけで、決して父さんのように
これから来年に向けて勉強しなきゃいけないのに……。
出だしから色々挫かれそうな爆弾を抱え込んでしまったようで、僕は肩を落とした。
「えっと、魔女って言ったっけ? でも、綾ちゃん男の子だよ?」
「知ってるわよ。さっき確認したし」
その確認方法とやらが急所を蹴りあげるだなんて言えない……。
僕は悲痛な記憶を呼び起こして局部に自然と手が入ってしまい、少し身震いした。
「それでも魔女にさせるの?」
「ええ。まあ幸い女の子に見えなくも無いし、アリよアリ。それに、依代が無いとアタシの生命も怪しいし」
「し、死んじゃうの?」
「違うわ。正確には機能が停止するだけ。アタシ達は契約者が研究をするとその知識がエネルギー源として
「「???」」
何を言っているんだろう、この幼女は。という顔で僕と祐実姉は首を傾げていると朝食を食べ終わったらしい父さんがトテトテと歩いてきて、
「まあ、要するに魔女になって研究しろ。その代わりひとつなぎの大秘宝をあげるからってことだな」
余計にわからなくなった気がしないでもないけど……。ん? なんだか幼女――緋緋色金が驚いた顔になってるけど……。
「犬が喋った!?」
「犬じゃねぇ!!
「こ、こんな犬が世界の門を……」
「だから犬じゃねぇぇぇぇええええ!!!!」
緋緋色金も父さんには興味津々のようだ。と言うか、世間では広瀬源内は死んだことになっていて、ここにいる犬はプーちゃん――祐実姉が命名――ということになっているのだが……。
兎にも角にも、僕には魔女になる以外に大学に進学するという明確な目標がある。それを放棄してまで面倒事に巻き込まれるなど真っ平御免
僕は契約というやつを破棄しようと試みるが……。
「いいんじゃないか? この子の契約者とやらになってやっても」
「はぁ!? ちょ、父さん「お父さんなの!?」それどういうこと!?」
緋緋色金が何か叫んでいたがそれはこの際無視だ。父さんが変な考えを巡らしているのか、それともまたいつもの人助け精神かでトチ狂った言葉を訂正させるほうが何倍も大切だ。
「だってよぉ。この子、行き場所ないんだろ? そんなの可哀想じゃないか。それになんだか契約しちまってるみたいだし、置いておいたって問題無いだろ?」
「ちょ、父さん!?」
ダメだ。これは父さんの悪い癖の方だ……。
父さんは大天才である前に宣教師だ。そして、困っていたり行き場のない子供を見ると放っておけない性格だ。その
唯一の救いなのは拾ってきた子どもたちは僕たち以外すぐに違う人に引き取られ家計が圧迫されないことだけど、父さんのそんな性格が今になって――と言うよりまた――発揮されたらしい。
「僕は来年に向けて勉強を――」
「それだって大丈夫だろ? どうせ、予備校なんて行かせられる金はないから家か図書館だろうし、それに危険に晒さないんだろ? 大切な契約者様だもんな?」
「ええ。危険には晒さないわよ。危険が訪れたら殲滅させる力を貸すし」
普通に危険に晒されてる!? それって、危険に晒されてるよね!?
ああもう! 父さんも緋緋色金も勝手すぎる! 僕は魔女の称号より、大学の合格通知が欲しいんだよ!
「それにどうやらこの子はレリックのようだ。外に置いておくより懐に忍ばせておくほうが後々ラクだと思うけどなぁ」
「れ、れりっく? なんかわからないけど危険じゃないの?」
「危険ではない……と言いたいところだけど。アタシ一人だと厳しいかも」
「一人だと……? もしかして他にも仲間が?」
「ええ。アタシの他に六体のカラミティー・アーツが存在して、それぞれ違う契約者を持っているはず。七体と七人の契約者が揃えば何も怖くない、無敵状態になれるはずよ」
緋緋色金の他に六人か……。全員探すのは困難かもしれないけど……。
「分かったよ……。こうなったら父さんは止まらないし、追い出す理由も今のところないし……」
「良かったな幼女。契約者様のご許可が出たぞ?」
嬉しそうに言う父さんの背後に忍び寄る影。ガシッと小さいプードル――父さん――の頭を鷲掴みした影はニッコリと笑って、
「お父さぁん? ちょぉっといいかなぁ?」
「ゆ、祐実!? なんでそんな怖い笑いを――」
会話をしている最中に朝ご飯を食べ終わってしまったらしい祐実姉は黙っていた間に進んだ良くない方への責任の分の怒りを父さんで晴らそうと言う腹らしい。
それにしても……。
「あー。今日も平和だなぁ」
後ろでは父さんの断末魔と祐実姉の楽しそう(?)な笑い声。前には青くなった緋緋色金の表情が映る。良き日常になればいいと思いながら、僕はクシャクシャにしてポケットに入れておいた不合格通知を破ってゴミ箱へ。
そして、清々しい断末魔を聞きながら朝ご飯へありつくのだった。
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