酒場にて
薄暗い中に明かりを灯す
夜の酒場は
大小様々な
男たちの声に溢れていた。
ついさっきまでは
掴み合いの喧嘩が起きていたが
双方共に
頭を冷やして
既に去ったあと。
マスターを務める男が
やれやれとカウンターに戻ると
いつの間に来たのか
懐かしい顔がそこにはあった。
「よぉマスター。相変わらず賑わってるね」
旅でクタクタに汚れた
マントの襟首の隙間を広げると
無精髭の口元が
ニヤリと
ニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「いつもの頂戴よ」
ドッカリ腰を下ろして
カウンター席で
一人酒。
無口だが
存在感のあるこの男が
こうして
店にやって来たのはいつ以来か。
「酔っ払いの喧嘩と言えど。どっちも的確に真理をついてたね」
「聞いてたんですか」
男が
話しかけてくるのは
珍しい。
まして
他人のいざこざに
口を挟むなど。
「おかげで少し思い出した。アイツら――俺の血の繋がらない家族も、昔よく、何かにつけて揉めたもんだ」
グラスの中の氷が
パキリと音をたて
男は一気に
その酒を煽る。
「人を突き刺す言葉てのはどうしてあぁも真理だ」
「たぶん思ったまままっすぐに出された言葉だからですかね」
「だがその真理は自身にさえも当てはまる。アイツらだって揉め事の後には、コッソリ俺に話していたさ。自分も悪いと思ってる、だとか。だからこそ一方的に頭ごなしに責められることが腑に落ちない――って。……ああ、同族嫌悪かと自問自答してるやつもいた」
「みなさん、元気にしてらっしゃいますかね」
男は不意に
天井を仰いで
何秒かの沈黙を作った。
やがて
ため息と吐き出す
深い深い声。
「死んじまったよ。嘘かほんとか知らねえが。死んだって聞かされた」
マントの下に
無骨な鎧が
痛々しい傷を隠していた。
明日は我が身の戦士と言えど
辛いものは辛い。
「結局のところ、俺は何も守れちゃいない」
「こんな時代ですから」
「よしてくれ。時代のせいにして諦めちまったら、それこそ戦えねぇ。慰めは失恋でもした時だけでいい」
「……失恋、ですか。似合いませんね。じゃあその時はおごります」
「何でだよ、今日おごれよ」
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