第2話 目の前に鎮座する彼女は、私の想像とはまるっきり違っていた 

 私が通されたのは、おそらくこの王宮で最も偉い人――つまりこの国の王が生活する部屋だった。


 が、私にとってそんなことどうでもよかった。私の断罪――死刑は確定していた。どんな手を使ってでもあの鳥を殺してやりたかったが、はぐれてしまった今私にその権利はなかった。


 第一、今の私ではあいつに敵わないことぐらい、自分で分かっている。


 何もかも、実行できなかった。


 ミヅキと、違って。


「入れ」


 刑務官に連行され入った部屋で、国王が厳めしい顔をして鎮座しているはずだった。しかしそこにいたのは、光の国フォースの紋章の白衣を着た女性だった。その目の前で、座り込んで怯えるように震えている男、あっちが、水の国イードルの国王――フロストル。


「貴様、何者だ!」


「国王、無事ですか!」


 刑務官2人が国王に駆け寄る。両手を突き出し、いつでも魔法を発動できるように牽制する。白衣の女性は、表情一つ変えようとしなかった。


「――『探求の国』を名乗っている割には、他国の上役の名前も知らんのか。無知な奴らめ」


「なにっ!?」


「お、おい、あのローブ――国家の特務者にしか与えられてないものだ。あなたは――」


 女性は、フロストルから奪ったであろう椅子からゆっくりと歩み寄り、言った。


「そうだ――私は光の国宮廷教育長官、スター・モイド。知らぬ名ではないだろう」


 スター・モイド!? 私が中等部で成績優秀者になったとき、激励の手紙を送ってくれた光の国教育界のトップ! お目にかかるのは初めてだけれど、こんな冷たい顔をする人だなんて、想像もしていなかった。


「スター・モイド……光の国の教育機関のトップか。そのスター・モイド様が我らの国王に何の御用かな?」


 刑務官は冷静を装っているけれど、声が震えている。この私でもわかるくらい、彼女の周りは恐ろしい殺気に包まれていた。


「何の用、だと? 貴様らとて分かっているはずだ。この戦争の発端――私の姪が持ち出し、この男が奪った魔力の巨大石――トパーズを回収しに来たのだ」


 魔力の巨大石? なんの、事だろう?


「……この男のを隅々まで行ったが、トパーズは出てこなかった。恐らくどこかに保管しているのだろう。渡せ」


 彼女は、大きく使い古した杖を刑務官2人に向けた。


「やるしか、なさそうだな……」


「ああ……」


 2人の額から汗がこぼれ落ちた。


「そうそう、そこの少女――彼女の断罪? も見逃してもらおうかしら」


 彼女の厳格な瞳がこちらに微笑んだ。その眼は笑っていない。私は愚かにも、その時初めて分かったのだ。


 国家の上役にあるまじき横暴さ、そしてこの邪気。


 スター・モイド教育長官は、もうすでに普通の人じゃない。


 彼女も何らかの方法で――裏の世界へと堕ちてしまったのだ。


 この人も、私の敵――。


「ほざけ!」


 同時に、2人の手から激流が放たれた。けれど教育長官が無言のまま杖を握りしめると、激しい光が大広間を包みこんだ。


「……っ!」


 そして、目を開けると――。


 刑務官2人が、目をつぶったまま床に倒れ込んでいた。駆け寄って脈を確認したけれど、絶命していた。


「な、なんて力――」


 私の驚愕をよそに、教育長官は舌打ちをして部屋を見渡した。


「……フロストルめ、このタイミングを見計らって逃げたな、腰抜け」


 取り残された私は、どうすればいいかわからなかった。けれど、逃げることが最も賢明だと少しの理性が告げていた。背を向けた瞬間、突き刺すような声が私の背中を走った。


「待ちなさい」


「は、はい!」


「その白の制服――光の国フォースの魔法学校の生徒さん? そんなあなたがなぜ、ここにいるの?」


 今までの経緯を説明することは避けたかったが、しなければ自分の身が危ういことも知っている。


「あ、あの……」


「ああ、例の学校の生き残り、か。あれは本当に痛々しい事件だったわね。うちの国もにせわしなく動いているわ」


 


「い、隠蔽!? そんな、あれこそ世界に強く発信すべきです! そうすれば怪鳥の動向だってみんな分かります、そしたら逮捕や討伐なんかも――」


「逮捕に討伐? 非現実的な意見ね。それに――一番彼の動向を知っているのは、あなたなのでしょう?」


 虚をつかれた。この人は、私と怪鳥が共に行動している――いや、少なくともつい最近まで行動を共にしていたことを知っている。


 どこまで調べがついているの?


「そんなことより、今逃げた腰抜けを追ってほしいわ。私の姪が持ち出したトパーズは、戦争の引き金になるほど重要なものなの。あれをやつらなんかに取られては困るわ。あなたに取り戻してほしい」


 教育長官は、恐ろしいほどにこやかだった。


「それ、は――いったい何なのですか? 宝石、ですか」


「あなたが知る必要はないわ」


「……お断りします、と言ったら?」


「その時は、ここで死んでもらうだけだわ」


 満面の、笑みだった。


「少し物分かりの悪い子のようね。


 分かっていた。この人に従い、闇に身を堕とすことが、私が生き残る唯一の方法。


「おそらくまだそう遠くへは行ってないはずよ。この広大な王宮のどこかに潜んでいるはず。邪魔をする者は出来る限り排除して。私はトパーズを探すわ」


「……はい」


「幸運を祈ります。そうそう、別行動だからと言って私の目をごまかせるとは思わないでね。いつでもあなたを見てるわ」


「……」


「そう怖い顔をしないで。報酬は弾むわ。あなたの願いを叶えてあげる。あなたの願いは、――どちらかしら?」


 破壊か再生? それって?


 私が一瞬思考している間に、教育長官はその場から消えてしまった。


 私の心の中に聞こえた声、それが誰のものなのか、自分でも分からなかった。


 「闘わなきゃ。たとえ相手が、誰であろうと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢の欠片と満月の夜 @moonbird1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ