第7話 その娘は、恐ろしく冷たい眼をして月を探した
この人の心を――開いてみせる!
仰向けに倒れた蟲使いを見ながら、私は決意に燃えていた。さっきコウが言っていた逃がしちまったのはどいつだというセリフ。確かに私は、モックの森を襲った爆弾魔も、サルビアという生の女の子も、子の蟲使いも逃がしてしまっていた。私はここで、1つのケリをつけなければならなかった。
「魔法を――浄化の魔法を彼に放ってください」
後ろからメアリが声をかけた。蛇に咬まれたところには包帯がきちんと巻かれている。グメイナが包帯を咥えたまま、尻尾を振った。
「浄化の魔法――やり方を教えて」
できない、なんて泣き言はもう言わない。弱気になんてならなくていい。私には――もったいないほどの仲間たちがいる。
「その純白の杖を対象者に当てるのです。イメージして――純粋で神聖な光――全てを洗い流す、白の光」
「白の、光――」
私の脳裏に浮かんだのは、コウがやってくる前の優しい笑顔を向けたヒカリちゃんだった。彼女にはもう、明るい希望が映ることはないのだろうか。
「大丈夫です。《浄化》の魔法だって、マスターが私に与えてくださったものなのだから。あなたは、人の悪を、闇を、その輝きで盗み取っていた」
「盗む? それってめちゃくちゃ物騒な気がするんだけど……」
そう言えば、コウも私のことを窃盗犯呼ばわりしていたことを思い出す。「盗む」だなんて人聞きの悪い。言うならもっと、そう、それこそ《浄化》みたいなクリーンなイメージに合うような――。
私が不機嫌になったのをすぐに察知したのだろう。メアリは口角を上げ、笑った。
「マスターは恋をしたことはありませんか? 恋をすると、人の心は『盗まれる』。それはもう、
メアリは言葉を切り、確信をもって言い切った。
誰もが、純白の世界に恋い焦がれている。
私には記憶がない。世界の成り立ちも、これからの顛末も、みんな分からない。だけどきっと、私もそうなのだ。
矛盾してると、笑われるだろうか。
イメージをはっきりと捉えることができた。杖の先から純白の光が放たれ、異様に膨らんでいた蟲使いの身体が元に戻っていく。その間、蟲使いは呻くように泣き言を漏らした。
「昆虫を愛していただけなんだ――だけど社交性がないから、人々に嫌われるから、だから何をやってももうダメなんだ……」
蟲使いは、静かに涙を流した。
私は、確信というよりも希望的観測で、白に包まれる彼に声をかけた。
「大丈夫。勇気さえあれば、何度でもやり直せる」
だってここは、魔法の国だから。
「ああ――もう一度だけ、やり直してみたい――」
そう言うと、蟲使いは光の中に消えていった。
「えっ!? い、いなくなっちゃった!」
「心配しないでください。彼は、自分の『想い』の場所に帰っていったのです。恐らくは、昆虫ショップ、という場所に。その証拠に、ほら」
私が小さく折りたたんでいた白い地図が、光り始めた。広げると、何も書かれていなかったはずの地図に、昆虫が描かれていた。
「サファイアさんから渡された地図――なにも書かれていなかったはずなのに」
「これは《浄化》成功した証。マスターがやり遂げた証なのです」
クリスタさんは《邪神》の封印が、サファイアさんは地図の完成が私の責務だと言った。それが真実ならば、《浄化》そのものが、《邪神》に近づくための1歩であることは間違いないはずだ。
「詳しくは分からねぇが、奴は消えた。逃がしたわけじゃねえなら、まあいいだろ」
コウがぶっきらぼうに言い放った。みんな、清々しい顔をしている。
「ありがとう。メアリ、グメイナ、コウ」
「はい!」
「バウッ!」
「フン……」
散らばった他の仲間たちが心配だった。ヒカリちゃんやモック、サファイアさんはどうしているだろう。
☆☆
「はぁ、はぁ……やっと追い詰めたぞ!」
俺は、目の前を走り続けていたみずぼらしい女を追い詰めることに成功した。水の国のせせこましい住宅街、その一角に黒い服の女はたじろいだ。
「よくも俺の森を腐らせてくれやがったな! あそこには荘厳な自然や生き生きとした動物たちが息づいていたんだぞ!」
「表の世界で威勢を張る少年……あなたはさぞ幸せなのでしょうね」
光の国の西部にある神聖な森、そこからワープの魔法で逃げ出した侵略者は、追いつめられているというのに不敵な笑みを崩すことはなかった。あいつのワープ魔法に乗っかる形でコウやヒカリとはぐれてしまったが、袋の鼠となっている今の奴なら俺にも対処できるはずだ。それに、あいつの能力――俺も伊達に森の番人をしているわけじゃない、もう当たりはついている。
「お前の魔法は周りに草木がなければ発動できない。ここは完全に人工的に整備された都市だ。残念ながら草木は影も形もない」
俺でも、勝てる――。これで、ヒカリに安息をもたらすことができる。
あの怒りに満ちた獰猛な瞳をしたヒカリを、和らげてあげることが、俺にも――。
「愚かね。私がまたワープしないとは考えないの?」
「!」
奴の揺さぶりに、俺は一瞬戸惑った。だが、ハッタリなのは目に見えている。
「この世界では、体力と魔法力は別個の概念として存在している。いくらショートカットしても、いつかは魔法力に限界が来るはずだ」
「それまで追いかけてくる、と?」
「その通りだ! 俺は――お前も、ヒカリの怒りも、コウが俺の前から去ったことも――何一つ認めねぇ! ずっとずっと、納得するまで追いかけてやる!」
俺はずっと、コウの背中を追いかけているばかりだった。奴の闇も、奴がなぜ怪鳥なのかということも、何もわからないまま友になった。あいつの心に踏み込もうとしたその時には、奴は森から消えていた。
あの野郎は、どこから来てどこへ行くというのだろう。
あの黒い翼の行方を、俺は知りたい。
「そのためには――」
強くなるしかない!
「アハハ、根性だけではどうにもならないことを教えてあげましょう」
女が力むと、またあの時の魔方陣が出現した。
「ワープの魔方陣――逃がすか!」
俺はチェンソーを具現化し、女に斬りかかった。さほど離れてはいなかったはずだが、術式の展開が早すぎる。
間に合わない――。
俺が唇を噛んだその瞬間、女の身体が不自然に浮き上がった。ワープしたのではない。不自然に――いや、自然すぎるほど不自然に積み上げられたクリスタルが、女の魔方陣を覆いつくしてしまった。
「氷の魔法――いったい誰」
背中に、恐ろしいほど悪寒が走った。後ろを振り向くと、そこには。
「裏の世界の下手人――逃がしはしません」
体長130cmほどの、小さい女の子がいた。
「お前が……やったのか?」
「あなたには、あの女と私以外に人が見えるのですか」
「い、いや……」
俺の混乱をよそに、少女は一方的に話し続けた。
「……あなたは一体誰なのですか。裏世界の人間とやりとりしているということは、ミヅキやコウとお知り合いなのですか。だとすればなぜ、ミヅキがそばにいないのですか。ミヅキはどこですか」
質問が多すぎて、どれから答えればいいのか分からない。仕方がないので順番に答えることにした。
「俺の名前はモック。コウとは昔からの付き合いだが、ミヅキとは最近知り合ったばかりだ。この女のワープ魔法ではぐれてしまったから、今どこにいるのかはわからない」
少女は、顎に手を当て神妙に考え事をしていたようだが、やがて口を開いた。
「……なるほど。私は探知能力を鍛えてはいません。対戦闘用に魔法を鍛えただけですから。だからお姉様みたいに、位置を特定したりするのは苦手なのです。だけれど、あなたの話が本当なら、少なくともミヅキはここにいるはずです。そうでしょう? だったらミヅキは後で探すとして、優先すべきは裏世界の侵略者の排除。異論はありますか?」
おそらくこの子は、極度の口下手なのだろう。情報が右から左に流れ込んでいく。俺の返答は短かった。
「ない」
「……では、始めましょう。モック、援護を頼みます」
少女は、恐ろしく冷たい眼をしながら、凍り付きそうなほどの冷笑を浮かべた。こいつ、魔法力は相当なものだ。どこか戦闘狂っぽい危うさを感じる。
ああ、そうか――。
こいつ、コウによく似ている。
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