第5話 メアリはどんな時でも、澄ました笑顔を崩さなかった

☆☆


 「人の心に潜みし凍てつく心、その秘めたる情熱を現出し我の前に大剣となりて姿を見せよ!」


 私が詠唱をすると、地上の魔方陣が青白く輝き、そこから氷の大剣が現れた。剣の全体が、つららが折り重なったようにとげで覆われている。


 「秘めたる情熱……逆説的ね」


「冷たい氷の中にも、熱い想いはある――それを証明してあげるわ」


「クッ、だとしても、何よりも熱いのは私の愛よ! 消えなさい!」


 彼女が愛と呼ぶ名刀に、炎が宿る。その熱気は、離れていても私を燃やし尽くそうと意気込んでいる。


 「お姉様!」


ラルが心配そうに声をあげたのと、2つの刃がぶつかったのは同時だった。巻き起こる波紋の爆風に、小さなラルは吹き飛ばされていく。


「きゃああ!」


「ラルッ! くっ」


「よそ見をしている場合かな?」


 ふと見ると、私の胸の下あたりに、数個の炎の気弾が浮いていた。こいつ、刀の錬成だけにすべての魔法力を使ったわけではなかったの!


 カッ、と稲妻のような光が私を包み、ラルと同じように後方に吹き飛ばす。この女、私の予想以上に魔法力が潤沢なのね――。


「お姉様、私も加勢します」


ラルが私の隣で意気込むけれど、もう魔法力を使い切ってしまっていることは彼女も承知だった。


「大丈夫よ、ラル。私に任せて」


「でも――」


「それより、お願いがあるんだけれど聞いてくれる? あの子に協力してほしいの。今はきっと、彼女を追って水の国にいるはずだから」


「ミヅキ――ですか」


「おしゃべりなんかさせないわよ!」


真上から斬り込んでくる炎。私は返事をせずにうなずいて、ワープの魔法で彼女の後ろに回る。


「瞬間移動――貴様も、まだ魔法力を」


「残念だけど、今ので使い切っちゃった。後はこの、凍てついた剣だけ」


「それもハッタリだろう」


「どうかしら。ラル! 今の魔方陣、憶えたわね! ミヅキに、よろしく」


「はい!」


 私と同じ氷の魔方陣を展開すると、彼女もまた、その場から消えた。


「馬鹿な――あの小娘、さっきの私との戦闘で魔法力を使い切っていたはずだ」


「ふふ。さっきの一瞬、力を分けてあげたのよ」


「自分の魔方陣を展開しながら、妹に力を分け与えただと――? フッ、さすがは三姉妹最強の女、クリスタ」


「お褒めにあずかり光栄だわ。でも1つ教えてあげる。三姉妹最強は私ではなく――」



☆☆


 

「あなたには力がある。邪悪な心を取り除き、夢を与える力が」


 と、メアリは言った。私に実感はなかったけれど、その言葉は強く。確信に満ちていた。


「見ていてくださいマスター。私に、存在理由いのちを与えてくれた、愛しい大泥棒マスター


「メアリ――あなたは」


メアリは、私が名前をつけたと言っていた。


 あなたも、私が何者か、知っているの?


 「貴様、何者だ」


厳しい目つきでメアリを睨んだのは、コウだ。その威圧感に怯えることもなく、メアリは滑らかに口を滑らせる。


 「お久しぶりです、


 ? 確かにメアリはコウさんと言った。メアリはコウのことも知っている。それは、私とメアリとコウが、昔どこかで一緒にいたという証明だった。それだけじゃない、メアリは吠え続けるグメイナを見て、こうも口にした。


「グメイナ――ああ、久しい。やっと、会えましたね」


「バウ!」


 尻尾を振りながら快活に返事をするグメイナ。メアリ、あなたは――。


 私たちはいつ、誰と一緒にどこにいたの?


 「ひっ、こ、今度はなんだ!?」


メアリの出現に怯えた蟲使いが、また逃げ出そうとする。コウが彼の背中を踏みつけ抑える様を見て、メアリは笑う。


 「『破壊』はいけませんよ。コウさん。『浄化』でなければ、地図は完成しません」


「ケッ、何を言ってやがる。こいつはグメイナを傷つけたんだ。それなりの罰がねえとな」


「罰を与えることだけが、正しいこととは限りませんよ。マスター、記憶を失ってしまったあなたにお教えいたします」


「な、なに?」


「裏世界から来た者を対処する方法は2種類あります。1つは『破壊』。これは物理的に対象者の心臓を止め、肉体も精神も眠らせてしまうことです」


「殺す――ってこと?」


「ま、そうも言いますね」


 と、澄ました瞳でコウを見やる。


「もう1つは『浄化』。これは魔法で対象者の心の扉を開き、肉体を傷つけずに裏の呪縛から解放することです」


 つまり――「浄化」なら、殺さずともこの場を収められる。


 「浄化がいい」


私ははっきりと、メアリに告げた。メアリはウインクをしながら、


「無論です。私はそのために8年ぶりにやってきたのですから」


「テメェが何者かは知らねぇが、俺の邪魔をするなら容赦はしないぞ」


「『浄化』が成功しなければ、地図は完成しません」


 地図――? サファイアさんから渡された、白紙の地図のことだと思い至った。


「地図は《邪神》にたどり着くための道しるべです。地図が完成しなければ《邪神》にたどり着くことはできず、クリスタさんになんて言われるでしょうね?」


「ぐっ――」


「ご心配なく。あなたにも出番はあります。浄化の手眼には、対象者の心臓に約5秒、波動を照射しなければなりません。動きを止める必要があるのです」


「動きを止める? それなら今」


 やってるだろうが、という言葉をコウは呑み込んだ。なぜならそこには小さく縮こまっている蟲使いはおらず、その代わりに生気を失った蟲使いの腹から出た魔方陣――そしてそこから飛び出した大蛇がいたのだから。


「な、なんだ……これは」


「うおおおおおおおおおっ!!」


 蟲使いが怒号をあげる。蛇って、蟲ですらないじゃない!


 「メ、メアリ! こ、これはどういう――」


「私の出現によって、これからされることを察知したのでしょう。いわば、裏の意識の抵抗です」


「抵抗――」


 裏の意識、その実体はつかめないけれど、弱点を握ったことは確かだった。


「メアリの魔法、すごいんだね」


メアリは呆れた、と言わんばかりに笑う。


「なにをおっしゃいますか。私の魔法は、あなたが移植してくださったものです」


「え――?」


「さぁ、始めましょう。夢を、思い出す輝く時間を」


そう言ってメアリは黒いエネルギー弾をぶつけた。大蛇は大声で叫び、緑色の液体を飛ばしてくる。近くにいたコウに直撃した。


「ぐっ――羽根が、溶ける!」


コウの怪しさを包み隠す黒い羽根が、剥がれるように溶けていく。当たったらまずそうだ。


「大丈夫、コウ?」


私が声をかけると、コウは嬉しそうに笑った。


「羽根なんていくらでも再生するさ。どっちみち闘うのか、悪かねぇ。じゃますんなよ、ガキども!」


 メアリはやれやれ、とクールな溜息をつき、にこやかに微笑んだ。


「8年前もこうでした。こんな風ににぎやかで、はちゃめちゃで、でも、楽しかった」


 その微笑みは、眼前の大蛇にはひどく似合わないものだった。

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