第3話 私は初めて、彼の名を呼んだ
「怪鳥の、バカあああああああああああああああああああああっ!!」
恨みを込めた私の大声も、むなしく空に消えていった。私は蟲使いに四肢を拘束され、グメイナは動きを封じられてもがいている。
絶体、絶命――。緊張と悔しさで噛んだ奥歯から、嫌な音が聞こえた。
「フッフッフ……これで、終わりだよ!」
蟲使いが、左手にもムチのような触手を生成した。これをくらったら、私は――。
私の心臓めがけて、触手が勢いよく襲いかかる。彼の狙いは正確、小さな鼓動が早くなる。
ごめん、グメイナ。私、ここまでみたい――。
「うらァ!」
鋭い、声が聞こえた。そして眼前に広がったのは、粉々にちぎれていく触手。
「え――」
鍛え上げられたその肉体は、後ろ姿をみても一目瞭然だ。そして、黒い羽根に鳥の脚。
人間ではないその特徴を持つ男。ともすれば孤高と形容できるその後ろ姿は、私にはどこかさびしく見えた。
怪鳥だ。
「ななななっ、も、戻ってきたのかっ!?」
蟲使いのあの動揺ぶり。さっきも自分で言ってたけど、彼と怪鳥の力の差は歴然だ。
怪鳥は彼の言葉には答えず、すごみながらこちらを振り向いた。
「テメェ……よくもグメイナを……」
「戻って、来たんだ」
怪鳥の憎悪の表情とは裏腹に、私の声は冷静だった。どうしてだろう、本当は畏怖すべき存在なのに、私は彼が、まったく怖くない。
「……チッ」
私の反応の薄さに苛立ったのか、彼は人間の手に炎を灯し、私を撫でるように空気を切り裂いた。たったそれだけで、私を拘束していた触手は散り散りになる。
「わっ」
みっともなく尻もちをついてしまった。
「もうっ、するんならそう言ってよ!」
わめく私を尻目に、怪鳥はいつの間にかグメイナの拘束も解いて頭を愛おしそうに撫でていた。解放されたグメイナは、親に甘えるように甲高い声を上げて怪鳥にすがる。
「テメェの額にキズの1つでもつけてやろうと思ったが、クリスタに怒鳴られるのはごめんだからな」
「ふうん」
理由はどうあれ、怪鳥は私を大切に思ってくれている。それが今だけでも、いい。心の中がひどく穏やかで、澄み渡るようだった。
深く考えていたわけではなかった。彼の名前は、そんな心の中に自然とあらわれ、まるで昔からそうしていたかのように、私の口をついて出たのだった。
「ありがとう、コウ」
「気安く呼ぶんじゃねぇ、クソガキ」
「何よ」
「――さぁて」
人間らしさを残していたその眼は、振り向いた途端に
「俺の宝を
「ひ、ひいいっ!」
一瞬にして、空気が緊迫する。近づいてきた死神の足音を、ここにいた全員が聞き取ったはずだ。
それとも――。
豊かな水の国が、戦場へと変貌する。
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