第9話 私たちは、サファイアを追いかけた

☆☆


 「ここは、関係者以外立ち入り禁止、です」


 久々にやってきた、憎たらしい場所。当然のことながら、歓迎されてはいないようね。

「関係者? フフッ、私だって関係者なはずよ? 権利をめぐってあなたたちと争ったじゃない」


「今は、もう無関係なはず、です」


 私に銃口を向けながら、無表情に答える低身長の少女。こんなガキ、私が本気になれば一瞬でカタがつくということを、当人は知らないみたいね。


「……あなたが相手じゃ、話にならないわ。クリスタはどこ?」


「立ち入り禁止、と、言ったはず、です」


少女が一歩詰め寄る。


「そんなおもちゃの銃で私を威嚇しているつもりなの? 子供のお遊戯には付き合ってられないわ」


「おもちゃじゃ、ありません」


 瞬間、少女の周りに青白い魔方陣が展開される。


「立派な、魔法、です」


 耳を澄ますと、奥の部屋から憎きクリスタの声が聴こえた。


 「まさか、サファイア……ちゃんと説明してないの?」


「え、だ、だってぇ~。実は私もよくわかってないというか、面倒だというかぁ……」


 なるほど。妹と交信中ということは、あの能力者はここにはいないということ――悪くない条件ね。


 「この神聖な《希望の塔キボトー・ピュルゴス》で、力をふるってもいいのかしら? あとで怒られるわよ、エメラルディ」


 そう言いながらも、私も紅に染まる魔方陣を展開する。


「気安く名前呼ぶな、です。侵入者排除のためなら――やむを得ず、です」


「よくしつけられてるわね」


 本当に、本当に――憎たらしい女たち。



☆☆


 今日一日を振り返ってみると、本当にいろいろあったなぁと思う。


 まず、何日かかけてやっと怪鳥の知り合いだという少年、モックの住処に着いたのが昼過ぎ。そのあと爆弾魔――夢は花火職人だった――と闘って、クリスタさんの妹という、サファイアさんが急に登場したのが夕方。そして、彼女と追いかけっこしている今は、すっかりあたりも暗くなっている。


 「なに、また敵襲だと!?」


女でも見惚れるくらいの形のいいお尻を追いかけながら、怪鳥は言った。


「うん! 感じる……夢は花をいっぱいにするっていう優しい女の子だったけど、今は――森の樹々を腐らせてる!」


「植物系能力――『夢』とかいう馬鹿馬鹿しいものと、正反対じゃねぇか!」


「夢は馬鹿馬鹿しくないよ! ――うわっ」


 暗い森で言い合いをしていたら、木の幹に足をとられてつまずきかけた。そういえばここ、昼間に来るときも、入り口近くは暗かったな……ヒカリちゃんに照らしてもらったんだったっけ。


 「裏世界――夢破れて山河あり、なんてね……」


前方のサファイアさんが何かをつぶやいたけれど、聞き取れなかった。怪鳥がしびれを切らせる。


 「敵襲だってのに、なんでこんなことしなきゃならねぇんだ! 融通の利かねぇ妹なんかより、クリスタに訊けば――おい聞こえるか、クリスタ、クリスタ!」


怪鳥がグメイナに向かって叫ぶ。けれど、返ってきたのはグメイナの悲しそうな鳴き声だけだった。


「なに――聞こえていないのか?」


そのはずだった。交信中に光る水晶が、今は光っていない。


「交信を切られてる……」


「クリスタが一方的に切った? 切れたとしても、また繋げばいい。何か、おかしい」


 私たちの会話を聴いていたのか、サファイアさんも走りながら青い水晶を見て確認する。


「あれれ、ほんとだ。珍しいな……もしかしたら、何かあったのかもね」


「だったらなおさら、こんなことしてる場合じゃねえだろうが!」


「大丈夫大丈夫!」


 サファイアさんが大声で叫んだあと、何かを小声で言った。また、聞き取れない。


 ラルもいることだし。


「え?」


「だってさぁ!」


 夜の静寂を破る大声。気持ちよさそうに笑ったあと、サファイアさんが振り返った。大粒の汗が、きれいな円を描いて飛び散った。


 「久しぶりに会ったんだから、昔みたいに遊びたいじゃん、コウ! ミヅキ!」


 久しぶりに……? サファイアさんと私は、昔出逢っている……クリスタさんの妹なら、何もおかしいことはなかった。だけど、それなら。




☆☆


 「次の手――? そうね……」


 立ち上がった少女は、地中から黒いオーラをまとった細く小さな花を大量に出現させた。


「これが、さっきの詠唱の――」


 華々しくみずぼらしい。彼女はさっきそう言っていた。その通り、花の多さは素晴らしいけれど、茎や花びらに至るまで、それは誇らしげというよりは――枯れていた。


「これが――あなたのの力――」


「ヒカリ! さっきから裏裏って何のことだ!?」


モックが立ち上がった。数の上ではこちらが有利。腐ってしまう前に、早くケリをつける!


 「なんでも! あの花に触れたら腐っちゃうよ! 気を付けて接近して!」


「おうっ!」


 私とモックは、もう一度少女へと向かっていく。私の杖はまだ聖なるコーティングがされているから、攻めやすい。狙われるとしたら――。


「フフ……」


「えっ!?」


 私の読みをよそに、少女は私の方へと腐った花を伸ばしてきた。


「ムダよ! 私の杖は――うっ」


少女の狙いは杖じゃなく、私の身体だった。両足を取られ、巻き付かれる。そして、私の肩にも花を伸ばし、そのまま私のもとへと凶悪な顔を引っ張ってきた。


「どうぉ? これであなたも、腐っちゃうわ……」


「くっ」


コーティングしたのが杖だけだったのがまずかったか――幸い、両腕はまだ無事だ。今からでも――。


思考を巡らせる私に向かって、少女は勝ち誇った顔で言った。


 「あなたは、」


瞬間、視界を黒い粒が覆った。これは――起爆性の種!


「くっ」


とっさに顔を逸らす。だけど、両腕を守ることはできなかった。大きな爆音の中で、少女の声がこだまする。


 「?」


「きゃああああああっ!」


 両腕、そして顔に響く激痛。後ろに倒れこみたいほどだけど、両足の拘束がそれを許さない。


 「お、表の世界ですって……? それって、ここのこと?」


 この世界で、私は何を得ただろう。築いただろう。両親の期待に応え、名門校と言われる魔法学校に入学した。出来が悪いけれど優しい親友もできた。私はそこで、一流の魔法使いになるための勉強と実践をし、輝かしい未来が待っているはずだった。それを。



 「ヒカリちゃん、後ろ――」


「え――」


「お前か?」



 あの、黒い鳥が、すべて――奪った!!


 さっきの攻撃で、杖を落としてしまったらしい。しかも不幸なことに、コーティングも解けている。ここぞとばかりに小さな花たちが、私の白い杖に群がる。


 私の得たもの――親の期待も、あそこでの生活も――すべて崩れ去った。だから私は、今は空っぽ。ただ目の前の敵を、倒すだけ!


 「人の心に宿りし欺瞞ぎまんの光、その真なる姿を現し、その憎しみで――」


「欺瞞……?」


 「よそ見、してんじゃねえ!」


 私の詠唱中、少女の背後をモックの斧が襲った。肩を傷つけられ、花の支配からも解放される。


「きゃああああああああああ!」


「大丈夫か、ヒカリ!」


「う、うん……なんとかね」


拘束が解けた両足を見ると、少し黒ずんでいるだけだった。これなら、治癒魔法で何とかなりそうだ。顔も大した跡にはなっていない。爆発を直撃した両腕だけは、回復に時間がかかるだろう。


 問題は――思い切り倒れ、肩を必死に抑えているこの少女だ。出血がひどい。でも――殺してしまうべき、だよね?


 「お、表の世界で――この世界で――」


少女が何かを話し始めた。思わず身構える私たち。


「この世界で――何を得たというの――? 私は、結局何も成し遂げられなかった――でも、裏なら、この力なら……!!」



☆☆


 「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ! きれいなお花はいかがですか?」


 私は、光の国の大都会で、花屋を始めることにした。目標は植物の国だけれど、その前に、何か自信をつけておきたかった。けれど――。


「あ、あの、お花はいかがですか? これなんか、植物の国から取り寄せた高級なものでして――」


「見ろよあれ、今時花屋だってさ」


「売れるわきゃねーだろ。いまなら魔法で何でも具現化できる」


「もしかしたらあの子、魔法使えないのかもよ」


「えーマジかよ、ありえねー」


 人々は、私に見向きもしなかった。


 ふと、備え付けのテレビの音声が気になった。



 「本日のゲストは、今最新の魔力推進開発で世界中の注目を集めている、Dr.ジミー・アメジスト氏です! ジミーさん、早速ですが、ジミーさんが進めている魔力開発とは、いったいどのようなものなのでしょうか?」


「ズバリ、異世界を利用した壮大な魔力増幅計画です」


「異世界……といいますと、、ということでしょうか? そんなものが、本当に存在するのでしょうか?」


「極秘に進められてきた研究でしてね。世の人たちは知る由もないでしょう。しかしもうその関係者もほとんど亡くなったことですしと思いましてね、いよいよ私の全貌を語ることにしたのです」


 異世界? 馬鹿馬鹿しい夢物語だと、その時は思っていた。だけど、次の瞬間、テレビの中の彼の眼は、そう、間違いなく、


 


 「その異世界においては、増幅された魔力によって、どんな願いでも叶うのです。ねぇ、いかがです? 行ってみたいとは思いませんか? 夢の、世界へ――」


 その瞬間、私の意識は闇に堕ちた。



☆☆


 「それが裏世界だっていうの? おかしいじゃない、だってあなたが手に入れた能力は花を咲かせるどころか――」


「そう、裏世界は私たちの望みを叶えてくれる――でね」


 話に夢中になっていたせいで、少女の力の増幅に気づくことができなかった。彼女を中心に、緑色の魔方陣が展開している。


「う、嘘でしょ――! 杖もないのに、こんな――」


「落ち着けヒカリ! まだ魔力を充填中だ! 今とどめを刺せば――」


 「殺しちゃダメだよ!」


 聞き慣れた声が、背後から聞こえた。振り向くとそこには――。


 勇気のあるバカと、にっくき鳥と、すまし顔の女がいた。

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