第8話 少女は、きれいな花畑をつくりたかった
「私の……使命……」
突然現れた少女に、私は驚きを隠せず、立ちつくした。現状把握が追い付かない。
「ど、どういうこと? 私の使命は、《邪神》の封印だって――」
「思い出したぜ」
私の質問を、怪鳥が遮った。見ると、心底嫌そうな顔で少女を見つめている。
「サファイアだな、クリスタの妹の」
サファイア――クリスタさんの妹……この人が……?
その瞬間、グメイナから青い光が発せられた。拘束具の奥にある、青い水晶だ。
「あーあー、聞こえる? サファイア、ミヅキちゃん」
「クリスタさんっ!」
急いで、グメイナのもとに駆け寄る。怪鳥が、憎たらしそうに言った。
「テメェも持ってんだろ、水晶」
「まったくぅ、彼女の妹を忘れるなんて、ひどい彼氏だなぁ。あ、元カノ、だっけ?」
「え……」
サファイアさんの方を振り返ると、彼女もグメイナの水晶と似た――グメイナのものよりはっきりとした青の水晶――を取り出し、応答した。
「こちらサファイア。聞こえるよん」
「ミヅキです、聞こえます」
「俺だ。――聞こえるぜ、クリスタ」
本当、クリスタさんに対してだけは素直なんだから。
「コウには聞いていないわ。サファイア、ちゃんと地図は渡せた?」
「ん、まぁね」
「クリスタさん、私、サファイアさんから、私の使命は地図を完成させることだって……私のしなきゃいけないことは、《邪神》の封印じゃなかったんですか?」
私の質問に、数秒の沈黙が流れた。
「まさか、サファイア……ちゃんと説明してないの?」
「え、だ、だってぇ~。実は私もよくわかってないというか、面倒だというかぁ……」
色白の美少女は、男子ならみんなが振り向くだろう完璧な容姿とプロポーションだ。だけどその性格は、クリスタさんとは違うみたい。
「イア! ちゃんと説明しないと、ミヅキちゃんが分からないでしょ!」
「その呼び方やめてってば! だってほんとに面倒なんだもん!」
「まったく……ごめんなさいね、ミヅキちゃん。しょうがないから私から――」
その瞬間、クリスタさんの言葉から逃げるようにサファイアが反対方向に走り出した。
「じゃあ、私を捕まえられたら教えてあげる! へへ~ん!」
あまりの自由奔放さに耐えかねたように、怪鳥が叫んだ。
「サファイア、ふざけてんじゃねぇ! このまま森にい続けたら、火が回ってお前も死ぬぞ!」
誰のせいだと思ってるんだか……サファイアさんは、したり顔で振り向いた。
「ああ、それなら大丈夫だよ」
白く長い、モデルのような指をパチンと鳴らす。すると、森の火事、熱気、煙の臭い――そのすべてが、一瞬にして、忽然と消えた。
「嘘……でしょ?」
「思い出したぜ、あいつは」
怪鳥が珍しく悔しそうな顔で言った。
最高位の、水魔法使い――。
最高位――最高位の姉の妹も、そうだというの? 魔力と血筋は、密接に関係しているのだろうか。
サファイアさんが、おちゃらけて形のいいお尻を突き出した。
「ほ~ら、お尻ぺんぺーん! 早くしないと、次が来ちゃうよぉ~?」
「次って?」
急に真剣な声色になって、サファイアさんが答えた。
「次は、さっきほど簡単じゃないかもね」
突然、頭の中に声が響いた。
「私ね、この国を花でいっぱいにするのが夢なの!」
「花でいっぱい? 馬鹿らしい。俺たち、いくつだと思ってるんだ」
「夢はいつまでも見続けていいんだよ? そういうテイスも、一流の騎士になる、なんていう夢物語をいつも言ってるじゃない」
「な、ば、馬鹿にすんじゃねぇ!」
「冗談冗談。応援してるよ」
カップルだろうか? とにかく、あの女の子は――きれいな花畑をつくりたかったんだ。
☆☆
急に火の手が追って来なくなるまで、私たちは走り続けていた。
「何が起きてるんだ? 急に火が――」
モックが目を丸くしている。おそらく、水系魔法の何かが使われたのだろう。ミヅキでもなければ、あの怪鳥でもない、第三者が現れたんだ。
「きっともう無事よ、どうする? 逃げる必要がなくなったけど」
この言葉は、モックではなく私自身に向けられた言葉のように思えた。急に火が収まり、何事もなかったかのようにあの2人、いや、1人と1匹のところにのこのこ帰れるだろうか。それはまるで、安全を確認したから巣穴に戻る小動物のようだ。あの鳥に、心底見下されるだろう。
でも、モックはそんなこと気にも留めないようだった。
「ああ。森の奥が大丈夫か確認してくる。ヒカリさん、あなたは?」
私? 私だけ一人で、逃げることもできる。でもそれは――とても孤独で、心細いことだった。
そう、あの、悪夢の満月の夜と同じように。
「ヒカリでいいよ。私も行く」
モックが頬を赤らめ、とても嬉しそうな顔をした。その瞬間、周りの樹々が、急に腐食し始めた。
「こっ、今度はなんだ!?」
「裏の世界から、こんにちは」
突然黒い穴が現れたかと思うと、その中から、黒髪の少女が姿を見せた。裏の世界? そういえば、さっきの男も「裏世界」と言っていた気がする。
「これは、お前がやったのか!?」
「ええ、そうよ」
会話の最中にも、どんどんと樹は腐り、腐臭を臭わせる。
「お前ら、俺の住処に恨みでもあんのか!」
「召喚獣を操っているのは、どっち?」
少女が訊いた。召喚獣――ミヅキがグメイナと呼んだ、あの狼。狙いは私たちじゃなく、ミヅキ。
私は、死にたくないと思って、あの炎から逃げ出した。だけどミヅキは――あの魔法を一つも使えない女の子は、殺人鬼なんかを心配して、炎の奥へと立ち向かっていった。
悔しい。単純に、そう思った。モックを見ると、静かにうなずいた。どうやら、気持ちは同じみたい。
「残念ながら私たちじゃないわ。でも、ここは通さない」
「《クスフォレスト》!」
モックの右手に、チェンソーが握られた。その鋭い音が、戦闘開始の合図だった。
「うおおおおお!」
さっきと同じように、敵に向かって突進するモック。戦術性のかけらもない。防がれるのは、容易に想像できた。
「人の心に宿りし疑念の花――今こそその華々しくみずぼらしい姿を見せよ……《アンティリオ》」
少女が詠唱を唱えると、モックのチェンソーが溶け、腐り始めた。
「な、なに――俺の植物魔法は、完全無欠の――」
「馬鹿! 隙だらけだよ!」
モックが武器の腐食に気を取られている間、少女は鋭い木の枝を持ってモックに急接近していた。私はとっさにモックの前に出て、杖を横にして進行を妨げる。
「あなたの杖も、腐っちゃうわ……」
「いいえ! 人の心に宿りし永劫の光、その輝きで、悪しき力の進撃を止めよ! 《アスピフォース》!」
私の杖が激しく発光する。これでしばらくの間、腐食の効果は受けないはずだ。それに、少女もまぶしがって隙ができていた。
「モック、今が攻撃のチャンスだよ!」
「ま、眩しくて前が見えねぇ……!」
まぶしいのは、私の後ろのモックも同じようだった。
「もう、しょうがないなぁ!」
光ったままの杖で少女のおなかを突く。ヒュッという小さな呼吸音が聞こえ、少女は数歩先まで吹っ飛んでいった。
「め、目くらましなんて卑怯ね――」
「なんとでも言いなさい。さぁ、次の手は何?」
そう、私だって、闘える。
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