第6話 憎しみの炎が、平和な森を襲った
「だ、誰だお前は!」
モックが声を震わせながら叫んだ。でも返事はない。男は、黒縁の眼鏡の奥から、邪悪な眼をのぞかせて笑うだけだ。
そして――私たち全員の注目は、その人相の悪さよりも、赤く脈動した丸い爆弾に移る。おそらく、炎の魔法でつくられた爆弾――。右手に持ち上げられたそれは、確実に、だんだんと膨れ上がっている。
「お、お前……この神聖な森を
モックが1歩前に踏み出した。眼鏡の男は微動だにしない。
「5」
突然、男がカウントダウンを始めた。まずい、爆発まで時間がない! そもそも、あれはどれぐらいの威力なんだろう? もしかして、こけおどしって可能性もありそう……どちらにしても、逃げるのが賢明な気がした。でも、どこへ?
「4」
頭の中がぐるぐるする。その場にいる全員の緊張が伝わった気がした。いや、違う――ただ一人、怪鳥だけが、男と同じように下卑た笑いを浮かべている。この人――身の危険を感じないのかしら? それとも単なる怖いもの好き?
「3」
あと3秒で何ができる? あいつにとびかかった瞬間に、爆発したら元も子もない。今の私にできる最善の手――それは。
「人の心に棲みつきし闇、そのなんたるかを知る全知の獣、その咆哮で悪しき闇をなぎ払え!」
「2」
私は杖を振り、魔方陣を地面に描いた。
「ミヅキ!」
「チッ」
小さく怪鳥の舌打ちが聞こえた。構わない!
「私たちを助けて! グメイナ!」
「1」
魔方陣の中心から現れたグメイナは、一瞬で黒いバリアを張ってくれた。
「0! ドッカーン!」
おどけた様子で男が言った。その瞬間、目の前が光り、大きな爆音が私たちを襲った。でも。
「無傷――だと?」
グメイナのバリアが、私たちを護ってくれた。
「ありがと、グメイナ」
「ミヅキ……知ってたの? その獣が、バリアを張れるって」
「ううん。でも私にできることは、これしかなかったから」
「また……また失敗した……! 俺はこれでも、うまくいかないってのか!」
男がわなわなと震えだした。また……?
「うわあああああああああああああ!!」
激高した男は、さっきとは違い。小型の爆弾を大量に宙に浮かせると、植物の種をばらまくように放り投げた。グメイナがいるなら、大丈夫!
「バウ」
グメイナがもう一度バリアを張った。私たちは爆弾が接触する衝撃と光に耐えるため、背中を向けて攻撃が止むのを待った。でも。
「おい、バリアにヒビが入ってるぞ!」
敵に背を向けなかったモックが、それを見つけて叫んだ。怪鳥も同じくずっと男を見ていたはずだけど、何も言わずに黙っていた。
それより、どうしよう? きっと、一回の大きな攻撃より、小さいけれど連続した攻撃のほうが、苦手なんだ。私がバリアを張りなおせたら――。だけど、私はグメイナを
「グルッ、グルアアアア!」
そうこうしているうちに、バリアは破られ、グメイナは吹っ飛び、私たちも同じように吹き飛ばされた。大木に、火が燃え移る。
「ああっ!」
「やっぱりだ! やっぱり俺の《力》は素晴らしいんだ!」
モックが悲痛な声をあげ、そして次の瞬間には、怒りをあらわにした。
「貴様……よくも、よくも――」
「キヒッ」
下品な笑い方をする男。明らかにモックを挑発している。
「モック、挑発に乗っちゃだめだよ! この森はもう危ない! いったん逃げよう!」
私は力の限り叫んだけれど、モックには聞こえていないようだった。熱い。まわりに炎が迫っている。
「人の心を癒す植物よ、今はその優しき姿を捨て、怒りの代弁者となれ! 《ツェクリエイト》!」
植物の《能力》――。モックの手に緑色の光が集まり、小型の斧に姿を変えた。
「うおおおお!」
そのまま男に殴りかかるモック。でも、男は攻撃を難なくかわしている。ダメだ、スピードもパワーも、私たちとは大違いだ。
「どうした。そんな程度か?」
男はモックの攻撃をかわすため後ろに下がりながら、なおも爆弾を放ち続けている。森の動物たちが、様々な鳴き声を上げて逃げていくのが聞こえた。私たちも、ここにいちゃ危ない。
「せいっ、はっ、うおりゃああ!」
懸命に斧を振りかざすモック。でも一向に当たらない。モックと一緒に逃げなきゃ。だけどどうやって?
「どうするの?」
冷静に――いや、少し私を馬鹿にしたように、ヒカリちゃんが言った。
「ここで黙って見ていても、死ぬのを待つだけ。あいつに仕掛けるか、モックを引っ張ってでも一緒に逃げるか、それしか方法はないと思うけど?」
そうだ。急展開過ぎて、頭が追い付いていなかった。だけど、ヒカリちゃんの言う通りだ。
私は一瞬、怪鳥を見た。私とヒカリちゃんの会話が聞こえなかったとでも言いたげに、無視を決め込んでいる。この男には翼があるから、いざとなったら逃げられるのだろう。
「モック!」
怪鳥を無視して、私はモックの方へ駆け出した。その瞬間。
「邪悪なる者の排除に力を貸す植物よ、更なる成長によりて、破壊に燃える敵を殲滅せよ! 《クスフォレスト》!」
モックが更なる詠唱を唱えると、斧がチェンソーに変化した。
「武器をでかくしたら、余計当たらないんじゃないか?」
「うるせぇ! こいつで黙らせてやる!」
殺意に満ちた音を響かせながら、モックは男に向かっていく。私はその気迫に、立ち止まってしまった。その時、男に上空から大火が降り注いだ。
「ぐおおおお! な、なにっ……」
地面に這いつくばる男。上から? 気が付くと、そばに怪鳥の姿がなかった。
「あいつ――」
ヒカリちゃんが毒づいた。案の定、怪鳥は空からケラケラと男を、いや、私たちを見下している。
「モック! お前の力じゃこいつには敵わねぇさ。とっとと尻尾を巻いて逃げるんだな!」
「コウ! こいつは俺の問題だ! 邪魔すんな!」
「あっそ。じゃあ勝手にしろ。だが――」
怪鳥が凶悪な顔に豹変し、すごんだ。
「お前、死ぬぞ?」
「あ――」
モックは私たちよりも少し年下、男の子と言っても、あんな怖い顔を見たら怯えるだろう。モックはもう、何も言わなかった。
「モック、行こう」
呆然とそのやりとりを見ていた私を尻目に、ヒカリちゃんがモックの手を取って元来た方向へ駆け出した。それを見て、怪鳥は満足げな顔をする。
「俺の炎とお前の炎、どっちが上か、やろうじゃねえか。ついてこい」
怪鳥が、私たちに背中を向けて飛び去って行く。男もそれに続いた。
私だけ、何もしていない。ヒカリちゃんの言葉が思い出された。
「どうしてミヅキは、みんなを殺した怪鳥についていってるの」
どうしてだろう。私は、最下級魔法もろくに使えないというのに。それは――
「私たちは逃げる。ミヅキはどうするの?」
私を責め立てるように、少し苛立った様子でヒカリちゃんが訊いた。私が怪鳥についていく理由――それは。
「許さねェ……これで二校目だぞ……俺はあと何人の魔法使いを殺さなきゃならないっ!? うわああああああああああああああああああああああああっ!」
「また……また失敗した……! 俺はこれでも、うまくいかないってのか!」
人の、憎しみ。あの2人は、とても危険だ。
すでに2人は、森のさらに奥深くへと場所を移していた。
「私、あの人をほっとけない! 2人は先に行ってて!」
「バウッ!」
「グメイナ……あなたも、怪鳥が心配、だよね?」
私とグメイナは懸命に並走した。すべてが終わったら、この火事を何とかしなければならない。そんな方法が、私たちにあるのだろうか? 不安はたくさんあった。でもそれよりもまずは――。
怪鳥、あなたはどこまで自分勝手な人なの?
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