第5話 森の中には、きこりの少年がいた

「ねえ、どこに向かっているの?」


 私は、ひたすら西へ向かう怪鳥に声をかけた。でも、私より数歩先を行く怪鳥は答えない。私の後ろでは、ヒカリちゃんが怖い顔で杖を握りしめている。


 私たち、本当にパーティなのかなぁ……。団結力が全くない。こんなんで、やっていけるのか、不安だった。でも、私たちは怪鳥についていくほかに、道はなかった。


 ≪邪神≫の封印――クリスタさんは、グメイナの所有者である私にしかできないことだと言っていた。いったい、≪邪神≫はどんな奴なんだろう。そして、私の失われた記憶が戻る日は来るのだろうか。


「ああああああもうっ!! 全然わかんないよっ!」


私が頭を抱えて立ち止まると、怪鳥が振り返って言った。


「なにやってんだお前。森に入るぞ、はぐれて獣に喰われたって知らねぇからな」


「森――?」


 見上げると、そこには怪鳥のいう通り薄暗い森が広がっていた。


「行こう、ヒカリちゃん」


 手を差し伸べたけれど、ヒカリちゃんには無視されてしまった。怪鳥にみんなを殺されてしまったんだ、そのショックからすぐに立ち直れというほうがおかしい。


 私は鈍感だけれど。


 森は予想通り暗かった。草木の強いにおいが立ち込め、獣の咆哮があちこちで聞こえる。もたもたしていると、怪鳥はどんどん先へと進んでいってしまった。


「あっ、待って、怪――」


「危ないっ!」


 地面に這い出た木の根に引っかかってしまったようだった。転びかける私を、ヒカリちゃんが後ろから支えてくれた。


「あ、ありがとうヒカリちゃん。ここ、本当に暗いみたいだから気を付けないと――」


「人の心に宿りし暖かな光、その輝きで、我が眼前を照らせ。《フォース》」


 ヒカリちゃんが光の詠唱を唱えた。杖の先が灯り、少し視界が良くなった。


「ヒカリちゃん、ありがとう」


 怪鳥に憎しみを抱いていても、私には優しくしてくれるようで少し安心した。もちろん、今まで通りとはいかないだろうけど――。


 「――どうしてミヅキは……」


「え?」


 ヒカリちゃんが小声で尋ねた。私の眼を、しっかりと見据えて。


「どうしてミヅキは、みんなを殺した怪鳥についていってるの」


確かに、「復讐者」であるヒカリちゃんを除いて、殺人鬼にのこのことついていくのはおかしいことかもしれない。だけど私は――。


「知りたいことが、あるから」


「それって、自分の記憶のこと?」


「もちろんそれもあるけれど――」


 人がなぜ、憎しみに囚われるのか、怪鳥と出会ってから、私の心はその疑問に支配され続けている。でも、そのを目の前にして、そんなこと口が裂けても言えなかった。


「なに?」


「≪邪神≫を封印できるのは、私しかいないみたいだから」


 代わりに、私は別の答えを用意した。ヒカリちゃんは不服なようで、ふうん、と鼻を鳴らしてから、


「その話だって、どこまで本当かわからないけどね」


と冷ややかに言った。


 私もそう思う。でも、クリスタさんが嘘をついているとも思えなかった。私は必死で、黒い背中を追いかけた。


 同じく憎しみに囚われた、黒い鳥の背中を。


☆☆


 暗い森を抜けると、明るい所へ抜け出た。急な日差しに、一瞬目が眩む。どうやらここは、森の中のオアシス――泉のようだった。


「着いたぞ」


「えっ、じゃあここが目的地――」


「おーい!! 来たぞーっ、モック!!」


 私の言葉を遮り、大声で叫ぶ怪鳥。木の上でさえずっていた小鳥たちが、驚いて飛び去った。


「んぁー? 静かにしろって前も言ったろ。お前相変わらず変わってねぇなあ……」


茂みの奥から、男の子の声がした。そして、草をかき分けながら、木々の間から姿を現す。


「動物たちが逃げちまうだろうが」


「よう、久しぶりだな、モック」


「……ああ。3年ぶりか」


 モックと呼ばれた少年は、はにかみながらもあいさつを交わした。この子、怪鳥の友人――?


 「そっちの女はなんなんだ」


「こいつらは、まぁ連れだ。自己紹介ぐらいしやがれ」


 ぶっきらぼうに命令する怪鳥。それに対してヒカリちゃんが不平を言う。


「言われなくたってやるわよ。私はヒカリ。今は訳あってこいつと行動を共にしてるわ」


「私はミヅキ。ヒカリちゃんとは友達なの。よろしくね」


 私はモックに手を差し伸べた。でも、モックは、言った。


「よ、よろしくお願いしますっ!!」


モックの顔が真っ赤――。分かりやすい子なのね。


「怪鳥、説明して。この子とあなたはどんな関係?」


「数年前に立ち寄ってダチになっただけだ」


「へぇ、殺人鬼にもお友達がいるのね」


「ンだとてめぇ!」


「ちょっと、やめてよ!」


 2人の仲は険悪なままだ――この調子で、うまくいく気は全くしない。


「殺人鬼? 何のことだ?」


「え――」


そうか。モックは、怪鳥が私たちの魔法学校を襲ったことを知らない。


「お前には関係ないことだ」


「わけわかんねぇなぁ。お前、何しに来たんだよ?」


「ちょっと面倒なことに巻き込まれてな。モック、お前俺の代わりに――」


 ユメ……ユメヲウバイニ……ウゴアアアアア!!


突然、誰かの声が響き渡った。


「だっ、誰!?」


「ん? なんも聞こえねーぞ?」


「チッ、てめぇ俺の大事な話の邪魔すんじゃねぇ!」


 みんなには聞こえていない――だけど私には確かに聞こえた、そしてこの邪悪な気配……。


 絶対に、何かいる。


 「まったく、何のことだかわかんねえが、俺には一流のきこりになるっていう夢があるんだ。俺の仕事を邪魔するんなら帰ってもらうぜ」


呆れるモックに、怪鳥が食いついた。


「待て、まだ俺の話は終わってねえ! だから――」


 その時、また声が聞こえた。


 ユメ……キコリ……チズ……ウラセカイ……。


「な、なに――?」


 「だ、誰だお前はっ!」


 突然、モックが叫んだ。そこには、眼鏡をかけた赤髪の男が立っていた。


 大きな、爆弾を抱えて。

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