第4話 こうして、私たちの旅は始まった
「その声は、クリスタ!?」
「ええ、そうよ」
声は、グメイナの首元から聞こえている。私はあわてて拘束具をかき分け、光のもとを探した。
「みつけた……」
小さいけれど、しっかりと光を放つ青い水晶。それはグメイナの拘束具の一番奥にあった。つまり、これはグメイナに、一番初めにかけられたものだ。
「クリスタ!? 生きていたのかっ!? お前は、《邪神》の封印のときに死んだんじゃ……!?」
この声が、クリスタ? グメイナの所有者――。
「ええ、その通りよ。私は死んだ」
「じゃあどうして……」
「ちょっとお待ちなさいな。私たちだけで会話を続けても、ミヅキちゃんがついていけないでしょうが。ねえ、ミヅキちゃん?」
自然に、親しげに、私に声をかけるクリスタさん。私は新しい情報が多すぎて混乱してしまう。
「どうして、私のことを――?」
「いろいろと説明してあげたいことはあるのだけれど、あいにく時間がないの。必要なことは後から説明するわ。とにかく、これでコウとミヅキちゃん、2つのピースは揃った――次の段階へ進んでほしいの」
「次の段階だと? ふざけるな! この女は、俺とおまえの宝であるグメイナを盗んでいったんだぞ!! 今すぐぶっ殺してやる!」
「コウ、誤解しているのよ。この子は敵じゃない」
「こいつは俺たちのすべてであるグメイナを奪った、違うか? だったら――」
「はぁ、あなたって本当に人の話を聞かないのね。あなたのそういうところ、好きだったけれど」
このクリスタという人は、私にもだけれど、この怪鳥にも妙に親しげだ。怪鳥、クリスタさん、そしてグメイナ――この2人と1匹の関係はいったい?
「埒があかないから、ミヅキちゃんに手短に説明するわ。このひどく極悪ガオなのはコウ。半魚人ならぬ半鳥人ってとこね。そして私はクリスタ。私は8年前、とあることがきっかけで死んじゃった」
コウ――。怪鳥にも、名前があったんだ。でも……呼ぶ気にはなれない。
「そのとあることって言うのはね、ミヅキちゃん。8年前まで大暴れしていた《邪神》の封印なの。《邪神》っていうのは本当にとんでもない奴で、封印には代償がいった――それが私の死と、私の召喚獣グメイナの拘束――、つまり、半分封印ってことね」
《邪神》――? そんなものの存在、聞いたことがない。私個人は記憶を失っているからしょうがないとしても、学校でも、そんな話聞いたことがなかった。
「そんな話、信じられません」
「そうね、それは私が《邪神》に関する記憶を全世界の人から消したからよ」
「きっ、記憶を消した!?」
驚いて大声が出た。水晶から聞こえる声は、依然として落ち着いたままだ。
「ええ、多分、私が死んじゃったのって、そっちの線が強いかなー? ふふ、《邪神》の封印だけなら、まだ私の魔法力は残っていたはず」
記憶を、消した――? それも全世界の人から? 魔法で、そんな、そんなことが本当にできるのだろうか?
「ミヅキちゃんの表情、ここからでもよく見えるわよ。文字通り開いた口が塞がらないって感じね。まぁ、信じようが信じまいがどちらでもいいわ。とにかく、私は死に、グメイナは次の所有者、――《適性者》に移った」
「違う、こいつが無理やり奪ったんだ! 最下級魔法も使えない雑魚が、最高位の召喚獣を操れるわけがない!」
横から怪鳥が割って入った。興奮しきっていて、背中の黒い羽毛がざわざわと音を立てている。
「あなたの見立て違いよ、コウ。そもそも、グメイナを『召喚できた』時点でこの子は雑魚じゃない。最高位の魔法使いよ」
「馬鹿な! 俺は認めないぞ、クリスタ!」
今気が付いた。この二人、互いに互いの名前を呼び合っている。会話の疎通という意味以外に、何かを確かめ合うかのように。
「あなたが認めようが認めまいがどっちだっていいわ。まったく、カッコ悪い男ね、あんたって。話を進めるわよ? えっと、どこまで話したっけ?」
「あ……私にグメイナの所有権が移ったって話です……」
クリスタさんという女性は、もちろん会ったことはないけれど、落ち着いた話しぶりからかなりの余裕が感じられる。それに、グメイナの元の所有者――。
この人も、最高位の魔法使い。
なのに、そのすごさを全く感じさせないフレンドリーな感じが、ギャップだなぁ。
「そうそう、それで、グメイナは次の所有者――つまりミヅキちゃんに移った。それでおしまいなら話は早いんだけど、《邪神》の封印は完全ではなくてね。期限付きだったの。おおよそ8年で、私の封印は解けるだろうという見当がすでについていた――だからミヅキちゃん、あなたを2代目にして、封印を継続させようとしていたの」
「私が、2代目――?」
「そう。だけど、ちょっと非常事態が起こってね。なんだかわかる?」
クリスタさんは楽しげに私に訊いた。だけど、その質問は私の理解力を試しているものだ。
私は、先代に試されている。
「私が、記憶を失ったこと、ですか」
「ご名答! あはは、呑み込みが早いわね、コウちゃんよりずっと」
「コ、コウちゃん!?」
怪鳥に名前があるのは分かった。だけどよりによって「ちゃん付け」なんて。
「おい」
低い声で怪鳥がつぶやいた。これ以上興奮させたら本当に殺されちゃうよ!
「あはは、ごめんなさい、昔の呼び方がつい」
「昔の呼び方? クリスタさんと怪鳥って、昔仲良かったんですか?」
「……じつはね、昔付き合ってたの」
……。極悪非道の大量殺人鬼と、最高位の魔法使いが、付き合ってたなんて……。驚きを通り越して、もう声も出ない。
「そんなことはべつにどうでもいいから、話の続き、するわよ? あなたは記憶を失ってしまったの。自分の名前と、あなたのお母さんの顔だけは私が復元したけれど、それ以外はだめだった――。ごめんなさい」
「えっ、クリスタさんが私の記憶を!?」
「全世界の人から記憶を消したと言ったでしょう? その逆もできるのよ。といっても、私は消す方専門だから、戻す方はほんの少しだけだった」
だったら、このクリスタさんという人は、この人は――。
私は意を決して、ゆっくりと一音一音を発音した。
「クリスタさん、あなたは、私がなぜ記憶を失ったのか――ううん、それだけじゃない。私が何者なのかを知っていますか?」
「……」
返事はない。知らない、ということ? それとも、答えたくない?
「クリスタさんっ!」
私は思わず、青い水晶を握りしめた。はやく、はやく教えて!
「おいやめろ、水晶が割れる!」
あまりにも力が強すぎたのだろう。怪鳥に似合わない、不安げな声が聞こえた。
「……話の最後よ。《邪神》が封印され、あなたが記憶を失い、――8年が経ったわ」
「《邪神》が――復活した?」
「まだ完全じゃないけどね。いずれ完全復活して、世界を混沌に包み込むでしょう。それは時間の問題よ」
「クリスタ、お前の言っていた『次の段階』って――」
クリスタさんの返事に間があった。見えるわけではないけれど、きっとクリスタさんは今目を閉じているだろう。きっとそうだ。そして、目を開けて――私たちに宣告する。
まるで、神様のお告げのように。
「そうよ。ミヅキちゃん、コウと協力して、《邪神》を封印して。封印には、必ずグメイナの力が必要――つまりこれは、グメイナの所有者であるあなたにしかできないことよ」
まったく、面倒なことに巻き込まれたなぁ。だけど、私にしかできない、なんて言われたら、やるしかないじゃない。その代わり――。
「わかりました。その代わり、全部終わったら――私が忘れていること、全部教えてください」
また、間があった。だけど、今度はちゃんと答えてくれる。そう、確信していた。
「ええ、分かったわ」
「おい、勝手に決めんじゃねえ! 《邪神》の封印には、俺はまったく無関係じゃねえか! なんで俺がこんな――窃盗犯のために働かなきゃなきゃいけねぇんだ!? おい、クリスタ!」
激高する怪鳥。確かに、グメイナを探してここまで来た怪鳥にしてみれば、《邪神》の封印は関係のないことだ。
でも……窃盗犯っていうのは……いただけないかなぁ?
「あら、あなただって8年前、《邪神》の封印に協力してくれたのよ? あれ? 忘れちゃったの? コウ。ふふ、うふふ」
「な、なんだと?」
静かに笑うクリスタさん。私は、直感的に気が付いた。怪鳥は――クリスタさんに意図的に記憶を消されている。いったいなぜ?
「忘れちゃってるならいいわ。どっちにしたってコウ、あなたがこの学校の生徒をみんな殺しちゃったから、ミヅキちゃんには行き場がないのよ? あなたの責任なんだから、あなたが面倒見てあげなくちゃ、ね?」
「勝手に――殺さないでくれる?」
突然、聞きなれた声が怪鳥の後ろから聞こえた。
「ヒカリちゃんっ!」
ヒカリちゃんが、杖に乗って図書館の窓まで浮かび上がってきた。ヒカリちゃんは死んではいなかった。だけどその顔は憎悪に染まっている。
「みんなのカタキ――死ねええええええええええええええええええ!」
ヒカリちゃんは杖を振りかざし、光の攻撃魔法を怪鳥の背中に撃ち込んだ。でも、怪鳥は背中をポリポリと掻いただけだった。
「――クリスタ、お前死んでいるはずだろ? 今どこから話してる」
ヒカリちゃんを完全に無視して、クリスタさんと会話を続ける怪鳥。その冷淡な様子は、誰だって癪に障る。仲間を殺されているなら、なおさら。
「私を無視する気? この、殺人鬼! 悪魔! みんなを返して!!」
ヒカリちゃんは、口々に怪鳥を罵り、攻撃を続ける。でも、杖の先が発光する以外は、何も変わらなかった。
「コウってば、モテモテねぇ。いいわ、その子も連れて行ってあげればいい。ミヅキちゃんは《邪神》の封印、コウはミヅキちゃんのお手伝い、そして、ヒカリちゃん、だっけ? はコウを殺すために旅をすればいいわ」
「怪鳥を、殺すため……?」
冷静さというか、淡々とした様子と、激高した様子がコロコロと変わる。何だろう、この、感情の渦のような空間は、
はっきり言って、異質だ。
「そう。《邪神》の封印のためにはいろんな仲間を集めなきゃいけないし、その間に実力や知恵がつくわ。旅が終わるころには、ヒカリちゃんだってコウを殺せるぐらいにまで成長しているかも」
「……馴れ馴れしく呼ばないで」
しばらく考えていたヒカリちゃんだったけど、やがて答えを出した。
「わかったわ、私だって居場所がないの。私も同行する。そしていつか必ず、貴様を殺す」
「へっ」
不敵に笑う怪鳥。とにかく、こういうふうにして私たちの旅が始まった。私たちにもっと選択肢があれば、怪鳥と共に旅をするなんて、そんな決断はしなかっただろう。だけど、私たちはこうするしかなかった。クリスタさんと怪鳥という、大いなる存在にすがるしか、なかった。
「ミヅキちゃん、ミヅキちゃん」
クリスタさんが、小声で私を呼んだ。
「はい、何ですか」
「あなたたちが旅を続ければ、きっと私にも辿り着く――。だから、ここがどこかはまだ内緒ね。あと、さっきはああいうふうに言ってたけど、コウにだって、夢はあったのよ」
「えっ、どんなことですか」
「ふふふ、秘密。そうねぇ、仲良くなったら訊いてみて。そう、これはさしずめ、夢を見つける物語――。今はまだ欠片だけど、その全貌を知って、それを叶えるための物語よ」
「夢を見つけて、叶える――?」
私には、クリスタさんの言っている意味がわからなかった。首をかしげると、
「――そうしないと、《邪神》は封印できない。あら、その顔かわいいわね」
と笑った。
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