第3話 怪鳥に、夢などなかった
「人の心に宿りし赤い情熱よ、その想いをたぎらせ、我が眼前に姿を現せ! 《イードル》っ!」
お願い、うまくいって!
目をつぶり、心の中で何かに祈る。――でも、願いはむなしく、私の杖は何の反応も示さない。
「やっぱだめか……」
落胆する私を見て、怪鳥は口をあんぐり開ける。
「おい、まさかお前、最下級魔法も使えないのか……? フォース、光の国に存在する魔法学校には優秀な生徒ばかりがいるんじゃないのか? だからこそ俺は――」
怪鳥の様子がおかしい。驚きを通り越して、あれは――焦り、そして憎しみ?
「許さねェ……これで二校目だぞ……俺はあと何人の魔法使いを殺さなきゃならないっ!? うわああああああああああああああああああああああああっ!」
怪鳥が右手を振り上げた。特大の火炎玉が、私に向かって放たれる。私の命も、残念ながらここまでか。ごめんね、ヒカリちゃん。遅れたけどそっちにいくよ。
あの世でも、魔法の練習しようね。
私の身体に、熱いものが触れた。それを熱いと認識する前に、私の意識は途切れ、あの世への道をさまよい始める――そのはずだった。
突然、私の脳が覚醒した。そう、それはまるで脳に電気ショックを受けたかのように。シンデレラが、12時を知らせる鐘の音にはっと気づいた時のように。
「人の心に棲みつきし闇、そのなんたるかを知る全知の獣、その咆哮で悪しき闇をなぎ払え!」
「な……その詠唱は……」
とにかく、無我夢中だった。詠唱は自分の知識や意志とは関係なく口をついて出たし、魔方陣の描き方なんてこれっぽっちも知らなかったが宙で杖を振り回したら勝手に浮かび上がった。そして不思議なことに、私はその獣の名を知っていた。
「出でよ! グメイナ!」
私がそう叫ぶと、複雑に術式が描かれた魔方陣から黒いもやが飛び出し、その中から。黄土色の皮膚をした、巨大な犬――いや、オオカミ? が飛び出した。
「グルル……」
体長は余裕で私の身長――160cmを超えるだろうそのオオカミは、かわいそうなことにいろいろなものによって縛られていた。口には猿ぐつわ(オオカミぐつわ?)がされ、四本の屈強な足にも何かが取り付けられている。そして、首には、首輪以上の何か――護符だろうか? 魔除け? とにかくそういった種類のいろいろな拘束具が巻き付いていた。
「かわいそうに……あなた、グメイナっていうの?」
きめ細やかな毛並みに触れると、拘束具がジャラジャラと音を立てた。
「クゥーン……」
私が撫でてやると、何とも嬉しそうな反応を見せるグメイナ。だけど、いったいこれはどういう事なのだろう? あの詠唱……私は本当に、闇の《適性者》なのだろうか?
「嘘だろ、グメイナ……なんでそんな奴のそばにいるんだよ……なんでそんなに嬉しそうにするんだよ……お前の主人は、クリスタ……俺とクリスタなはずだろ!?」
「え?」
見ると、怪鳥が拳をわなわなと震わせている。
「俺はずっと、グメイナを奪った闇属性を探していた……見つけた、やっと見つけた……お前だったのかアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!」
怪鳥の悲痛な叫び声は、もはやカラスのそれとほぼ同じだった。激高する彼を、止める術はなかった。
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」
何もしていないのに、怪鳥の身体を赤いオーラが覆った。そして、頭上には図鑑で見た太陽を思わせる巨大な炎の塊があった。
「私が、この子を奪った――?」
私には記憶がない。だからもしかしたら、過去私は怪鳥とクリスタという人のものだったこの獣を、奪い去ったのかもしれない。ありえないとは思う。でも、そんなことしてないと立証する手立てもない。
記憶がないとは、まったく不便だなぁ。私が昔何をしたのか、それを私が覚えていないなんて。私はもしかしたら、人を殺しているかもしれない。怪鳥より、もっとひどいことをしでかしているかもしれない。
でも、たった三つだけ、憶えていることがある。
私の名前、母親の顔、そして――私の夢。
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
巨大なエネルギーの塊が、私に向かってくる。私は最後に一つだけ、疑問があった。こんな殺戮を繰り返す、極悪非道の怪鳥にも、夢はあるのだろうか? あったのだろうか?
向かってくる砲撃のせいで、怪鳥の姿は見えなかった。だけど私は、おそらく最後の言葉を――口にした。
「あなたの夢、憶えてる――? 私、画家になりたかったの」
「何を馬鹿なことを……俺に、夢などない!」
そっか、そうだよね。私、何馬鹿なこと訊いてたんだろ――。
「そこまでよ、コウ」
透き通るようなきれいな声が聞こえ、グメイナの首元が小さく、青く光りだした。そして、怪鳥の放った巨大なエネルギー弾が、まるでイリュージョンのように、突然消え去った。
「え……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます