第2話 満月の夜、彼に出会った


 食堂を出て教室に戻った私たちは、教官に怒鳴られた。


「遅いぞ、ミヅキ! ヒカリ!」


「す、すみません……」


意気消沈して平謝りする私と違って、ヒカリちゃんは特に気にしていないようだ。


「まだ始まってないじゃないですか、べつに構わないですよね?」


「午後の試験は中止だ、みな速やかに帰宅せよ」


「えっ?」


 突然の指令に、私たち二人は困惑した。すでに聞いていたのか、他の生徒は静かに帰宅準備をはじめる。


「ど、どうしてなんですか?」


「フォース・ノース・マギア校から、『怪鳥』の目撃情報の連絡があった。ここミドル校も危険なため、厳戒態勢をとる」


「『怪鳥』って、『魔法殺し』のっ!?」


 ヒカリちゃんが驚いて大声を出した。無理もないだろう、『魔法殺しの怪鳥』と言えば、魔法使いを狙って襲っている怪物だ。最近は目撃情報がなかったが、また最近動き出したんだ。


「それで、ノース校は……」


「これ以上は答えられない。わかっただろ、早く帰れ、落ちこぼれたち」


 出席簿で私たちの頭をはたいた教官は、そう言い残して教室を出ていった。二人きりの教室に、沈黙が流れる。


「ま、まぁ、テストなくなったんだし? ラッキーじゃんっ?」


「ヒカリちゃん、声裏返ってるよ……それに、延期になっただけでなくなったわけじゃないから」


「いいなー、ヒカリは知能テストできるじゃんっ!」


 怖がったり、怒ったり、表情をコロコロ変えながら、ヒカリちゃんは私に不平を言う。私は多くの場合、ヒカリちゃんのテンションについていけない。


「私、今日は勉強して帰るよ」


「えっ、でも学校閉まっちゃうんじゃ……」


「大丈夫大丈夫、ほんの少しだから。じゃあね!」


 呼び留めるヒカリちゃんを無視して、私は図書館に向かって走り出した。


 『怪鳥』のことが、心配だった。魔法力を上げないと、と漠然に思ったのだった。



☆☆


 少し、まどろんだだけのつもりだった。目を覚ますと、黄金の光が窓から差し込んでいる。


「んむ……今何時――?」


 魔法時計に目をやると、夜十時を回っていた。


「や、やばっ! ここから出られないんじゃ……!」


その時、か細い声が窓から聞こえた。


「ミ、ミヅキ……」


「ヒカリちゃんっ!?」


 杖に乗り浮遊しているヒカリちゃんは、私が今まで見たことのない姿をしていた。顔は青ざめ、大きな瞳には涙を溜めている。そして、震える足の中央の白い杖は、濡れているように見えた。


「何かあったの、ヒカリちゃ――」


「『魔法殺しの怪鳥』!! みんな殺されちゃった!!」


「えっ!?」


 窓から身を乗り出し、外の様子を確認する。ここからでは、何も変化を感じ取れない。いつもと同じ夜の静寂があり、満月が、私たちを照らしていた。


 そして、遠くに見える摩天楼、その頂上に座る黒い影――それは大きな鳥に見えたけれど、鳥にしては大きすぎた。


「あれが――」


 不思議と恐怖は感じなかった。ただ実感が湧かなかっただけかもしれない。


「校門前で警備にあたってた先輩や教官はみんなやられちゃった! やばいよ、ミヅキ! 逃げよう、早くっ!」


「ごめん、ヒカリちゃん、私杖に乗れないんだ……ヒカリちゃんだけでも、逃げて」


「何言ってんの、私が手繋いであげるからさぁ!」


 そう口にした瞬間、私の目の前、ヒカリちゃんの真後ろに、黒い影が一瞬で移動した。


「ヒカリちゃん、後ろ――」


「え――」


「お前か?」


 小さくそうつぶやいた怪鳥は、ヒカリちゃんが振り返る前に、背中に炎の玉をぶつけた。


「うっ――」


 ヒカリちゃんの服が焦げる音が、いやに耳に焼き付いた。ヒカリちゃんはそのまま、力なく落ちていく。


「ヒカリちゃんっ!」


 体を乗り出しすぎて、私も落ちるかと思うほどだった。ヒカリちゃんの身体は、校庭の花壇に横たわっている。


 この学校中で、生き残っているのは私だけのように思えた。ただの直感だった。だけど、私の味方は誰もいないような気がする。とにかくこれで、私と怪鳥の二人きりになった。


 「お、まだ生きてるやつがいたのか」


怪鳥は窓のふちに足を乗せ、身をかがめて侵入しようとする。その足は、人間のものではなく、鳥のひづめだった。


「よっと」


「あなたが、全員殺したんですか」


 まるですごむ様子もなく、ひょうひょうと図書館に侵入した怪鳥に、私は訊いた。月明かりが、怪鳥の背中を照らしていた。これが、私と彼の、出会いだった。


「ぁん?」


面倒臭いことを訊くな、とでも言いたげに、怪鳥は頭を掻いた。足と異なり、手は人間のそれで、ちゃんと五本の指がついている。


「当たり前だ。俺以外にこんなことするやついるか? こんな――そう、ヒョウキテキなことをよォ」


 ヒョウキテキ、ってなんだろう。おそらく彼が言いたかったのは、狂気的、あるいは猟奇的ではないだろうか? 怪鳥は野生のようなものだし、あまり頭が良くないのかもしれない。


「あなたは、何の目的でこんなことをしているんですか?」


 目の前で友達が殺されているのをみていながら、よく冷静でいられるなあと自分でも思った。どちらにしろ殺されるのなら、疑問は解消しておいた方がいい。私は逃げることよりも、そっちを選んだ。


 「目的、だと?」


「何か目的があるんでしょう? だって、さっきヒカリちゃんを攻撃した時、『お前か?』って言ってた。あなたは誰かを探してる。違いますか?」


私の質問に舌打ちしてから、怪鳥はしぶしぶ答えた。目線を合わせてはくれない。


「あいつは――光属性だった。ヒカリって名前なのか? 妙な偶然もあるもんだな。《適性》が出る属性は、自分じゃ選べないからな」


 一瞬近寄っただけで、相手の属性を判断できるなんて、すごい。それにしても、怪鳥は属性で人を分けている――特定の属性をもつ魔法使いを探している?


 「何属性を探してるの」


「お前は、俺が怖くないのか」


 怪鳥は、私の質問を遮り、訊いた。恐怖心がないわけじゃない。だけど――。


「恐怖心がないわけじゃないよ。だけど、気になったことを放っておけないし――それに、不謹慎かもしれないけど、私、なぜ人が憎しみに囚われるのか、気になっているの。なぜ、人が人を殺すのか」


「俺は、人じゃない」


 低い声の、冷たい言葉が返ってきた。今度は、眼がしっかりとこっちを見据えている。


「そうかもしれない、でもとにかく、私は気になっているの。興味を持っているとまで言っていいかもしれない」


「お前はたいそう恵まれているんだな。敗者は『気になっている』だなんて、口が裂けても言えないはずだ」


「敗者――?」


 怪鳥はやれやれとため息をつき、眼をギラつかせると、手招きをして私を挑発した。


「これ以上俺のことが知りたいというなら、来いよ。お前もこのガッコに通ってるってことは、それなりの能力者なんだろ?」


「え、え~っと」


「しらばっくれても無駄だぞ。さあ、来いよ!」


 一つも魔法が使えないなんて、言えない。

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