夢の欠片と満月の夜
@moonbird1
第1章 夢の欠片
第1話 魔法使いに、なりたいわけじゃなかった
「人の心に宿りし赤い情熱よ、その想いをたぎらせ、我が眼前に姿を現せ! 《イードル》っ!」
私は詠唱を唱え、杖を前に突き出した。しかし、杖には何の反応もない。
「えっ……? あれ? あ、あっれえ~?」
「はい、そこまで。次、D組16番、ヒカリ」
「あ、あの、ちょっと待ってくださいっ! もう一回やらせて下さいっ」
ほとんど泣きそうになりながら、教官に泣きつく。でも、返ってきたのは教官の冷たい声だった。
「D組15番、ミヅキ。お前は不合格、後日追試だ。ほらヒカリ、早くしろ」
「そ、そんなぁ……」
「人の心に宿りし暖かな光、その輝きで、我が眼前を照らせ! 《フォース》っ!」
私の時とは違って、ヒカリちゃんの杖はヒカリちゃんの声に応えた。杖の先が、ほのかに光る。
「D組16番、ヒカリ、合格」
「いよっしゃ!」
元気いっぱいに微笑むヒカリちゃん。それに比べて、私の表情は曇る。
「はぁ、私ってやっぱ向いてないのかなぁ……」
☆☆
「おっつかれ~い!」
食堂でひとりご飯を食べていると、上機嫌なヒカリちゃんに後ろから肩を叩かれた。
「あ、ヒカリちゃん……」
「どしたどした~? 元気ないじゃん、ミヅキ」
「ほら、今日の試験……」
「あ~……」
ヒカリちゃんが目をそらす。そして、私が一番気にしていたことを口にした。
「不合格だったの、ミヅキちゃんだけだったね……」
「うわああああああああああああああああああ!」
私は耐え切れず絶叫し、机の上に突っ伏した。ほかの生徒の視線が一気に集まる。
「ちょ、ちょっとミヅキ!」
「あ……ごめん、ヒカリちゃん」
私の泣きそうな顔を見たのだろう、ヒカリちゃんは優しい声でゆっくりと言った。
「今日のことは残念だったね、でもまあただの追試なんだし、大丈夫大丈夫」
「私、卒業できなかったらどうしよう……」
「う~ん」
ヒカリちゃんはお転婆で、すこしデリカシーに欠けるところがあるけれど、相談をすれば必ず何かアドバイスをくれる優しい子だ。もちろん、放っておいてほしい時もあるけれど。
「今回のテストでは、『最下級魔法』っていう縛りはあったけど、属性は指定されてなかったじゃん。もしかしたら、ミヅキは炎属性じゃなくて違うやつならうまくいったかもしれない」
「でも……中間テストの時は植物で試してみたよ。それもダメだった……その前は光、その前は水、その前は氷――全部だめだった」
「ぜ、全部ダメだったのかぁ……」
ヒカリちゃんは信じられないという顔で私を見つめる。ちょっと引いてるようにすら見えてしまう。
「ヒカリちゃん、私を見捨てないで……」
「捨てられた子犬みたいな顔しないで。そうだ、闇の魔法は試してみた?」
「闇の魔法?」
「魔法の星マギアノシア。今まで、6つの属性が発見されているんでしょう? 炎、植物、水、氷、光、そして光と対をなす、闇の魔法――闇ならいけたかもしれない」
口の端に笑みを浮かべ、からかうように笑うヒカリちゃん。私はそこまで乗り気ではなかった。
「闇の魔法なんて、なんか怖いし、やだよ~」
「でも、可能性が残されているならやってみて損はないんじゃない? さっきミヅキが言ってたように、闇も試してみてダメだったら本格的に落第かもよ。どの属性にも『適性』が出ないなんて、おかしな話だし」
「前代未聞?」
「まあ、そうだね」
ヒカリちゃんは、特に考えもせず答えた。そりゃあ、訊いたのは私だけどさあ……。こうやって人は人を無自覚に傷つけるのだ。
「私は、魔法使いになりたかったわけじゃないよ――」
ヒカリちゃんに聞こえないようにつぶやいたつもりだったが、聞こえてしまったみたいだ。真剣な顔つきで、ヒカリちゃんは訊いた。
「そういえば、まだ昔の記憶は戻らない?」
「うん、そうだね」
「8歳の時に施設で目を覚ました、だっけ? それ以前の記憶はまったくなし。憶えているのは、母親の顔と自分の名前だけ――あんた、ヒロインの素質あるよ」
「ヒカリちゃんの妄想の適性はあっても、魔法の適性がないなら嬉しくないよ~」
「まぁまぁ、ミヅキ、この国の権威の人のツテでここに入学できたんでしょ? それだけでもすごいことだって!」
ヒカリちゃんは私を励ましてくれるけれど、喜べる気分にはならない。むしろ、アーサリアンさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「あーあー、もうすぐ午後の知能テストを始める。まだ食堂にいる生徒は、すぐに教室に戻りなさい」
お昼休みの終わりを告げる教官の放送。気がつけば、私たち以外に食堂に生徒の姿はなかった。
「やばっ、おしゃべりに夢中で全然食べてないや! 次魔法数学だっけ?」
「魔法語彙だよ」
「あー、私暗記系ダメなんだよね。ミヅキは余裕でしょ」
口いっぱいにパンを詰め込んだヒカリちゃんがうらやましそうに私を見る、そういえば、ヒカリちゃん知能テストは散々だった気がする。
「二人そろって落ちこぼれ、か――」
「んあ? なんか言った?」
神は二物を与えない、というけれど、本当なのかもしれない。とにかくこの時の私は、私たちは、学校のテストのことで必死だった。今思えば、こんなことで悩めるなんて、私たちは幸せだったかもしれない。
まさか、世界に危機が迫っていたなんて、誰も予想していなかった。そして、私が『魔法殺し』と呼ばれる鳥人に出会うのは、この日の夜のことである。
あの満月の夜、すべてが始まった。今振り返ってみても、あまり実感はない。この物語は、私たちの失ったものを取り戻す、奇跡のような物語だと私は思っている。だけど、本当はただの、夢物語かもしれない。
私たちのやろうとしていたことは、それくらい、ちっぽけなことだったのかもしれない。
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