3羽目 手品バトは風船産まれ
ぷぅ~~~~~~!!
ぷぅ~~~~~~!!
ぷぅ~~~~~~!!
ぷぅ~~~~~~!!
手品師が、観客の前で白いゴム風船を口で膨らましている。
ドラムロールのBGMが鳴り響く中、大きく膨らませたその風船に手品師は、銀色に光る針を突っついた。
ぱぁん!!
じゃじゃーーーーーん!!
その針を刺して割った風船かずいぶんら、1羽の美しい白いハトが飛び出すと、観客から盛大な拍手が場内に鳴り響いた。
手品バトの『ポプル』は、『風船産まれ』のハト。
と言っても、風船からハトが出てくるマジック担当の手品ハトだ。
他に、黒いシルクハットから出てくる同僚の手品バトがいるが、ポプルは、目の前で風船が割れてもビビらないハトとして、『風船産まれ』パートナーの手品師に選ばれた手品バトだった。
「どうだい?おいら、シルクハットの中でどういう風に出てくればカッコいいかと思うと緊張しちゃってさ。ほら、出てくるタイミング。ズレたりするとお客さんにシラケさせちゃうでしょ?
それに比べ、あんたは凄いね。わたし、風船割れる音が苦手でさあ、その中で風船から出てくるようにパッとポーズするってわたしにゃ、到底出来ないや。」
シルクハット担当の『ハック』は、控え室での腹ごしらえに餌を一緒についばむにポップに話しかけた。
「そりゃ、おいらもビビるよ。あの風船のゴムの匂い嗅ぐと何だかね、あれが私の『卵』なんだと反応してね。ふふん。」
ポプルとハックはお互い愛し合う『番』だった。
この、仲睦まじい2羽のコンビにはこの『ハトマジック』には持って来いだと、この手品師は愛情深く調教し、毎回各地の巡業で華麗なショーを観客に見せた。
そんな中、『風船』担当のポプルの心情に変化が訪れた。
・・・おいら、本当に『風船』から産まれたんだろうな・・・?
・・・毎回、おいらは『風船』から産まれる・・・
・・・あの手品師の吐息から、骨骼から翼や羽毛、嘴や脚の爪まで形成されているのか・・・?
ポプルは、嘴を自分の翼やお腹の鳩胸に押し付けてくんくんと臭いを嗅いだ。
・・・微かなゴムの匂い・・・!!
・・・やっぱり、僕は『風船産まれ』なんだ・・・!!
・・・そして、あの『手品』の度に『僕』は生まれ変わる・・・
・・・もしかしたら、あの手品師は僕の『親』なの・・・?
ポプルは本当の『親』を知らなかった。
本当の『親バト』の顔をポプルは知らずに生きてきたからだ。
始めからポプルは、『風船マジック』の為に調教されたハトだ。
雛の時、始めに目を開いて見たのが『マジック』に使うパンパンに膨らんだ白いゴム風船だった。
調教で何度も何度も、目の前で風船を割られてそれが『卵』だと認識されていたのだ。
ある日のこと『シルクハットマジック』役のハックが何を思ったのか、『風船マジック』に使うまだ膨らませてない白い風船を、ポプルの前に持ち込んで、嘴に吹き口を押し付け脚の爪で空気が漏れないようにしっかりと押さえて、嘴の鼻の孔から息を思いっきり吸い込んで、風船を膨らませようと息を吹きこんだ。
ぶぶ~~~~~~!!
ぶぶ~~~~~~!!
ぶぶ~~~~~~!!
ぶぶ~~~~~~!!
どんなに手品バトのハックが喉をはらませて力んで顔を真っ赤にしても、その白い風船はなかなか膨らまなかった。
「ぜえ・・・ぜえ・・・もう一度!!」
ぶぶ~~~~~~~!!
ぶぶ~~~~~~~!!
プクゥ・・・
やっと、手品バトのハックの吐息で白い風船はぷっくりと膨らみ始めた。
ぷ~~~~~~!!
ぷ~~~~~~!!
ぷ~~~~~~!!
ぷぅ~~~~~~~~~っ!!
ぷ~~・・・ぷぷぷぷ・・・
ぷぷぷぷぷぷぷぷ・・・
ぷしゅーっ!!
「ぜえ・・・ぜえ・・・苦しいっ・・・!!うまく膨らんだのにぃ・・・!!やっぱり息が続かないわ。」
ハックは、嘴に白い風船の吹き口を突っ込ませたまま、その場に倒れてへたりこんだ。
「僕に貸して!!僕、しょっちゅう風船から『産まれてきてる』から、僕が大きく・・・」
「あんた、『オス』でしょ?!」
「は?『オス』?」
「『卵』を産むのは『メス』だけよ。『卵』を産むには、この『卵』の元に『メス』の私がぷーぷー膨らませて孵らせるんだよ?」
・・・はあ・・・?
ハトのポプルは知っていた。
雌のハックは、ポプルに恋い焦がれていたことを。
そして、番になりたがっていたことを。
更に、交尾して雛を授かりたかったことを・・・
しかし、この願いは思わぬアクシデントで叶うことは無かった。
「あれ?」
「今日の手品パフォーマンスは無いの?」
鳥篭の中、ずっと出番までスタンバっていたハトのポプルは不安で周りをキョロキョロ見渡して言った。
「ねえねえ、ハックちゃん!」
「何なの?今さっきから。」
「僕らのマジックショーの演目、今からなんでしょ?」
「・・・・・・」
「どうしたの?!ハックちゃん!?」
「貴方は知らないでしょう・・・?もう、私達手品は出来ないの。」
「何で?!」
白ハトのポプルは、気が動転して声が裏返った。
「死んだのよ・・・!!私達とマジックショーした手品師さん・・・!!交通事故だって!!手品師さんが運転していた車が、トラックにぶつかって・・・」
「えええええええっ?!」
ポプルは絶句した。
「やりたいよ・・・やりたいよ・・・あの手品師さんとシルクハットの中から私が・・・また・・・華麗にスポットライト浴びて・・・!!
もう、それが出来ないんだわ・・・
何で・・・
何で・・・
何で・・・
何で・・・?!」
白ハトのハックは、大粒の涙を流して嗚咽した。
ポプルの目からも、涙が止めどなく滲み出てきた。
・・・もう、僕は『産まれる』ことは出来ない・・・
・・・もう、2度と僕は『生まれ変わる』ことは出来ない・・・
・・・何で・・・
・・・何で・・・!!
不幸はまだ終わらなかった。
「ごめんね・・・私・・・新しい手品師に引き取られることになったの。
今度は大所帯なんだって。
貴方みたいに風船から出てくるハトがいるし、手首とかハンカチとか・・・ライバルが増えるけど、頑張るわ。
じゃあね・・・楽しかったわ・・・
また逢えるといいね・・・」
手品師の遺影の線香の匂いが漂う中、『番』になる筈だったハックが、違う鳥篭に見知らぬ手品師に移され、去っていった。
・・・何で・・・
・・・何で・・・
・・・僕の前からどんどん去っていく・・・
・・・行かないで・・・
・・・行かないでくれ・・・!!
・・・僕はひとり・・・
・・・ひとりぼっち・・・
ポプルは、辺りを見渡した。
鳥篭のずいぶん取り替えてない、糞まみれの新聞紙の敷物に黄ばんで殆どゴムが劣化した萎んだゴム風船が転がっていた。
この風船は、同じ鳥篭の中で出ていったハックが一生懸命に膨らませてみた白い風船の成の果て。
ポプルは嘴でその風船を拾い上げると、ペタッと寝そべってみた。
ゴムがひび割れて、もう膨らますことが出来ない風船。
まるで運命に引き裂かれた、あの手品師やハックのように・・・
ポプルは、二度も戻れない楽しい日々を思い出しながらうっすらと涙を流した。
誰もいない部屋に、埃を被った手品道具一式と餓えたハトが入った鳥篭ひとつ。
既に餌は空っぽ。
取り残された白いハトのポプルは、段々痩せ干そっていった。
ガチャッ。
何ヵ月経ったか、ハックを連れ出した手品師が思い出したように、ポプルも連れ出そうと部屋に入った。
あの時ハックだけを連れ出したのは、引き取るハトは他の手品師も引き取ると思い込んでいた為に1羽と決めていたが、誰も引取り手が居ないことに気付き、急きょまたやって来たのだ。
しかし、時は遅かった。
餓死した白いハトが、新聞紙の敷物にへばりついたすっかり劣化した白い風船の上で横たわっていた。
手品師は、手厚く外の木の下に埋めてポプルの墓を立てて、手を合わせた。
パリッ・・・
パリパリッ・・・
パリパリパリパリパリパリパリパリ!!
ばっ!!
「ぴーぴーぴーぴーぴー!!」
・・・あれ・・・?
・・・雛・・・?
・・・僕、雛なの・・・?
・・・産まれた・・・?
・・・産まれ変わった・・・?
・・・僕は産まれ変わったんだ・・・!!
・・・本当に僕は産まれ変わったんだ・・・!!
・・・これは風船・・・?
・・・いや、『卵』だ・・・!
・・・正真正銘の『卵』だ・・・!
・・・果たして、この『卵』を膨らませたのは・・・?
・・・手品師・・・?
・・・まさか・・・?!
・・・あっ・・・!!
・・・懐かしい・・・
・・・また逢えたね・・・
・・・ハックちゃん・・・!!
・・・逢いたかったよ・・・!!
「ぴーぴーぴーぴーぴー!!」
「まあ!卵から孵って出てきたポーズが、まるであのポプルさんみたい!!まさか・・・私が卵を『膨らませて』?
産まれ変わったのね!!
こんにちは!そして、改めてはじめまして!!雛になったポプルさん!!」
死んだ筈の白いハトのポプルは、ふたたび白いハトとして転生した。
再び愛するハックに産まれ変わって出逢う為に。
やがて、『新生』ポプルは風船マジックの『帝王バト』としてマジック界に君臨していった。
~手品バドは風船産まれ・END~
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