05

――4回の表、有栖川学園の攻撃。

 1アウトランナーなし。

 ちなみに、女子硬式野球の公式ルールを用いているので攻撃が行えるのは7回まで。

 そろそろ折り返しだ。

「へぇー、中々やるな」

 天羽の投手は継投に入っているが出てくる投手のレベルが高く、球威、制球どれを取っても文句が無い。

 結果、得点圏までは進むものの、未だにホームベースを踏めていない。

 流石、全国区。層は厚い。

 しかし、エース番号『1』を付けベンチの前でキャッチボールしている漆はそれ以上の投球を見せた。

「まさか、9者連続三振。オールストレートとは」

 初回から奏から借りたスピードガンで計っているが、120km/h前後の速球を連発。

 男子なら当たり前な数字だが、女子の最高球速は125km/h程度。130km/hでも出したらニュースになる凄いこと。

 それに近いことを高校生、しかもあんなお人形さん体系の奴が顔色変えずに淡々と投げる。

 天才だけでは表象できない。独特な空間を作りだしている。

「監督さんおつかれっ! ポ○リ飲む?」

 マウンドで投球練習している小さな身体を見つめていると、純白なタオルを首に巻いたポニーテールの美少女が中腰で紙コップを差し出していた。

「ありがとう……えーと」

 やべ、試合に集中しすぎて名前が……。

 確か、桂子ちゃんと話している時に天羽に挨拶をしていた

「あっ、もしかして覚えられて無い?」

「すまんな。まだ顔と名前が一致しなくて」

「あれあれ? かなかなが監督さんに名前覚えられていた、って喜んでいたのに。あたしは……」

 確か、り……り……

「梨乃?」

「正解、さっすが監督さん。でも、覚えられていないかもって結構落ち込みました。……アイス、奢ってくれたら嬉しいかも」

「考えておくよ」

 女は面倒だし。

「反省して下さいね。女の子は結構繊細な生き物ですよ。注意ですよ、注意」

「はいはい」

 怒っていますよアピールをした梨乃はベンチ前のフェンスで両腕を組む。

 前屈みの姿勢になるため健康的な背筋が張って妙に色気が湧く。

 経験者ということで鍛えるべきところは鍛えている感じだな。

 来夢も見習うべきだ。

「らいむーに聞きましたよ。監督さん、強豪校でレギュラーだったんですよね。ちょー凄いです」

 らいむーとは、来夢のことだろうか。

 肩甲骨の間を見ないよう視線を動かすと、梨乃は曇った表情で試合を見つめていた。

「尊敬されるほどじゃない。バント、球数稼ぎ……誇れる物は無い」

 自分のバッティングさせて貰えないしな。

「あたしは思いませんよ。チームプレイを徹底できるのは尊敬です。……試合、見ていました?」

「あぁ」

 少なくとも、俺が青春を注いだ野球ではない。

 打撃に関して言えば、個人プレーでつながりが無い。

 まぁ、俺も指示出している訳ではないで一概に攻められない。

 ただ、守備……特に外野の態度は酷い。

 ライト、レフトは多少意欲を感じるが、センターの有紀は胡座を描いている、前代未聞だ。

 まるで、マウンドからホームベースの18.44mだけでプレイしているとしか思えない、違和感だけが残る試合だ。

「確かにうるるんの投球はすごい。経験者の立場としてもあの子は逸材……天の上の存在です」

「球速、コントロール、メンタル。どれを取っても高校生のレベルを超えている。それを両腕で。もはやチートだな」

「そう。あたしも野球人生の中でスイッチピッチャーを見ることが出来るなんて、幸運と言えば幸運かな」

 俺だってスイッチピッチャーを見たのは初めてだ。

 日本のプロ野球に限ればスイッチピッチャーで登録されても公式戦で両腕を使った投手はいない。

 アメリカならメジャーデビューした投手がいるらしいが、それまで十年間投げた人はいない。

 十年に一人の逸材、いやこれからの女子野球界を引っ張る投手になるだろう。

「だが、変だよな。普通スイッチなら左打者なら左腕、右打者なら右腕で投げると思うけどな」

 左のワンポイント、という起用方法が有る通り左対左なら投手側が有利なことは常識とされている。

 理由は左打者がバッターボックスから左ピッチャーを見た際、ボールの出どころが遅れて見えてくる現象が起こりやすいから、と言われている。

 あんだけ凄い球を持っていて、あえて不利な腕で投げる。

 相手を舐めている、と思われてもおかしくない。

「うーん、最初は変だなーって思っていたけど、うるるんにもこだわりが有るみたいだから指摘しないことにしているの」

「まぁ、クロスファイヤーに自信が有るみたいだしな」

 クロスファイヤー。

 右ピッチャーが左バッターの内角。左ピッチャーが右バッターの内角をストレートでえぐるような投法。

 説明するだけなら簡単だが、実際にやるには実力とメンタルが伴っていないと無理だ。

 少しでも真ん中に行けば絶好球になるし、内角に行けば死球、球威が無ければ最短距離に出されたバットに打ち返される。

 無論内角を投げるだけならどっちの腕でも投げられるが、クロスファイヤーだと想定以上のノビを感じ、鋭い球筋は反応を遅らせ手が出せないケースが多くなる。

漆のストレートは普通のピッチャーより回転数が多い、と見ているだけでも感じるので、尚更効果的。

 よって、左対左以上の恐怖感を植え付けることができピッチャー主導のピッチングが可能になる。

 それを両腕で完璧に使いこなし相手の度胆を抜き、あえて不利な腕で投げることで相手のプライドをボロボロにする。

 正直、あまり褒められた投法では無い。

「それだけじゃないよ。キャッチャーのきよみんもうるるんを上手くコントロールしているよ」

 梨乃は漆にボールを返す金髪サイドポニーの女子を示す。

 漆と比べても体格差は明らかで隣の梨乃と比べてもがっちりした体つきの清美だ。

 ここまで案内された時もかなり好戦的な態度を取ってきたことから、このピッチングスタイルをリードするのに抵抗は無いだろう。

「そうかもな。ここに来るときも話したが、何というか姉妹って感じでいい雰囲気だったな」

 清美の要求に対して漆が首を振っている場面は無かったし、外角に構えたときも漆は嫌な表情を見せなかった。

 学園の入り口で会った時から姉妹みたいな会話から考えても二人の間を紡ぐ絆は確かな物だと感じた。

「息もぴったりだしバッテリーとしてはベストだと思うよ。でも、今のままじゃ天羽には勝てない」

「へぇー、断言するんだ」

 呆気なく味方の負けを言うんだ、珍しい。

「さっき天羽の友達から聞いたの。一軍のクリクリがどうしてもこの試合に参加したいからって遠征先から向かっているらしいの」

 クリクリ? また変なあだ名だな。

 まぁ、その辺りはどうでもいい。

「……目的は漆との勝負か?」 

 全国区の選手がたった9人のチームに来る理由が有るとしたらそれくらいだろう。

 友達だから、という理由で梨乃に会いに来る可能性は低いだろうし。

「流石! 分かっちゃった? うるるんも天才だけど、クリクリも負けていない……きっと女子野球界最強バッターとして世界の頂点に立てる子だよ、絶対」

 興奮気味に話す梨乃の姿からそのクリクリって奴がどれだけ凄い奴なのか、ということが分かる。

 野球から離れていたことも有ってあだ名だけでは誰だか分からないが、そんな化け物みたいな奴が来るなら見てみたいな。

 そんな好奇心に胸を躍らせていると球審の『スリーアウト、チェンジ』のコールが聞こえる。

「うー、凡退。よしよし、みんな抑えるよー! 監督さんもファイト、ファイト!!」

 と口調を変え部員を鼓舞すると全力ダッシュでサードへ向かう。

 梨乃だけがハイテンションにプレイしていることにも目が行くが、とにかく今は試合に集中だ。



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