04
「ファイト―! 実里ぃー!!」
「ファイト、ファイトーー!! 実里先輩ぃー!!!」
プレイボール直前、相手ピッチャーの投球練習に味方ベンチからの声援が絶えず送られている。
相手ベンチも監督以外は女子で構成されているが、男子レベル以上の声量に迫力……流石強豪校だ。
ちなみに、先攻後攻はキャプテン同士のじゃんけんで有栖川先攻、天羽後攻に決まった。
「はーなんであたしが一番? ちょーだるいんですけど」
「そんなこと言わないの。ほら、バット持って」
「へぇーまりもやる気。じゃー打順変わってくんない」
「冗談言わないの。無理なの分かっているでしょ?」
と躊躇なくモチベーションを下げるようなことを言うギャル茶髪とボブ子。
そして、ボブ子の背中にくっつくように地味子が頷く。
打順はあらかじめ設定されていたので俺が関与した要素は無いのだが、あまりいい気はしない。
「はぁーキレんなよ。じょーだんだってーの。とりまいってきー……うわっくせぇ」
と顰め面で歩きながらヘルメットを軽くかぶせる程度に装着し、そのまま左バッターボックスに入る。
無論、審判に挨拶、会釈無し。ノンコミュニケーションだ。
そんな非常識な行動に相手ピッチャーの眉間に皺が寄る。
強豪校は礼儀作法にうるさいしプライドが許さないのだろう。
「プレイボール」
審判がピッチャーマウンド方向へ宣告。
女子野球、ということで審判も女性の方が務めているので男だらけだった高校球児時代と比較すると目新しさを感じる。
反面、冷ややかな視線が有紀に集まる中、バッターボックスの後方の辺りで軽く膝を曲げバットを寝かす。
「へぇー、バスターか」
バスター。
あらかじめバントの構えで投球を待ち、そのままヒッティングする打法だ。
長打を捨てる代わりにボールとバットを最短距離に当てる、つまりミート力を高めるメリットが有る。
主に不調の選手がミート力を養うために行うことが多いが、意図的に行う人は稀だ。
「ふふっ、気になります? 監督さん」
「あ?」
振り向くと大きくうねったツーサイドアップの少女が微笑みながら顔を出していた。
前屈みの姿勢なので胸がユニフォームの繊維を伸ばしアンダーバストが強調している。
当の本人は気にしていない様子だが。
「あっ、ごめんね。自己紹介がまだだったよね? 私は……」
「
ぽわぷりな自己紹介を遮ると奏の瞼がパチクリ。
即試合って感じで適当に自己紹介しただけだったし、意外だったのだろう。
まぁ、腰まで伸びる銀髪は印象に残っていて美しいと思っていたし。
「門倉さんが? へぇー、でも嬉しいな」
「何となく覚えていただけだよ」
「それでも嬉しいな。私、あまり目立った活躍出来ないから」
容姿、という面では十分目立っていると思うが。
「どこか調子でも悪いのか」
試合だっていうのに上の空な感じだし、持病とか有るのだろうか。
「ううん。単純に運動神経が無いだけだよ」
「運動神経?」
「そうだよ。このチームね、結構凄い子いるんだよ。荒波さんもその一人かな」
「荒波?」
「今打席にいる子だよ」
あいつの苗字『荒波』なんだ。
何かどこかの球団にでも居そうな名前だな。
「見てて見てて♪」
とナチュラルに肩を掴まれた俺は視線をホームベースへ向きなおす。
有紀の打撃フォームから察してか、先ほどより守備位置を2、3歩前に取っている。
ランナー無しの状態でバントは考えにくいが、やる気の無さから頭上は超えない、と計算したのだろう。
相手ピッチャーの初球。
大きく振りかぶった腕から放たれた球は綺麗な回転を維持してストライクゾーンへ。
二軍とはいえ、流石天羽。
男子と比べ球威は劣るが、球が手から離れるまでの動きに無駄が無くとても綺麗だ。
対して、有紀は守備位置を気にする素振りも見せずバットを軽く引く。
金属バットなので勢いが有れば外野に飛ばすことは出来るが、有紀の踏込みからはそういう意図は感じない。
……キン……
鈍い金属音が耳元を掠める。
内角ストレートにバットが当たった感じだが、打球に勢いは無くショートの前へ転がる。
「ショートゴロか」
「そう思うよね。でもね、真骨頂はここからだよ」
真骨頂?
疑心暗鬼にファーストベースへ視線を移す。
すると、ついさっきまでダルそうに構えていた有紀はファーストベース到着まであと数歩。
ショートからの送球もファーストグラブに収まる刹那、有紀の右足はベースを踏み
「セーフ!」
一塁塁審の両腕が勢いよく水平に出る。
「おいおいマジかよ」
ホームベースから一塁までは90フィート、メートルに直すと27.432m。
左打席で当てるだけのバッティングではあるが、前進守備の中でセーフとは。
「ふふっ、びっくりしたでしょ? 荒波さんは元々陸上部でね、去年はインターハイに出場してたんだよ」
と自分のことではないのに興奮気味に話す奏。
気持ちは分からなくも無いが。
「それで、あいつのベースランのタイムは分かるか」
「うーん、確か13秒15だったかな。転部してきたとき私が計ったんだよ。私、マネージャーさんだから」
えっへん、と豊かな胸を突き出す。
「それ、プロでもトップクラスのタイムだぞ」
俺の現役時代は15秒代で部内の平均だったし、早い人でも14秒前半だった気がする。
それを、1秒近く早くしかも女子高生が叩きだすとは衝撃だ。
「ふふっ、凄いでしょ」
「いや、お前ことじゃ……まぁ、いい。情報、ありがとな」
「これもマネージャーさんのお仕事だもんね。もし、また必要になったらいつでも歓迎だよ♪」
ポンポン、と俺の肩を叩かれ振り向くと、奏は軽く手を振ってベンチの後ろの方へ戻る。
監督は今日限りだから再び頼ることは無いだろうが、来夢や桂子ちゃん以外に話せる相手が出来たのはコミュ力に自信が無い俺にとっては救いだな。
「お兄ちゃーん!! 来夢の晴れ姿ちゃんと見ててねーー」
とベンチの数メートル先に描かれた円……ネクストバッターサークルから打席に向かう来夢がぴょんぴょん跳ねながら手をブンブン振っている。
俺は肩の高さで手を振りかえす。
「ふふっ」
何か微笑ましい笑いが聞こえるし、正直恥ずかしいです。
ちなみに、来夢の初打席は三球三振。
うん、せめて当てような。
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