03
来夢から監督を任されたが仕事という仕事ははっきり言ってゼロに等しい。
オーダーは春季大会を参考に空いたポジションに一年生を入れるだけ、実に簡単なお仕事だ。
ちなみに、空いているポジションはセカンド、ショート。
野球においてボールが飛んでくる比率が高いポジションが一年生というのは不安しか無い。勝つのが目的ではないので目を瞑るが……
「まさか
「はい、お久しぶりでございます。お兄様」
ぺこり、とお辞儀する。
門倉 桂子ちゃん、来夢の心友だ。
茶味掛った三つ編みおさげは昔と変わらないが来夢と比べると大人っぽさが際立つ。
本人に言ったら泣いてしまいそうだが、全体的に柔らかさが出ていて特に胸は身長の割には育っているという感じだ。
それにしても、高校生になってまでブルマスタイルとは、ここの責任者はマニアックな趣向の持ち主だろうな。
「久しぶり。身体の調子はどうだ?」
「はい。喘息の方は落ち着いておりますので大丈夫です」
とアピールをするが、肩は上下に動いていてアップアップな感じだ。
尚更、控えの選手が必要になりそうだな。
「無理はするなよ。ショートは運動量多いし判断力も必要なポジションだ」
ショートは内野の中で唯一守る塁が無い。
その分、守るべき範囲はダブルプレーや外野からの中継プレーなど瞬時でホームに投げて間に合うか、確実にファーストでアウトを取るかなどの判断が必要だ。
疲れが溜まれば判断力が失われるし、元々体力に自信が無い桂子ちゃんには不向きかもしれない。
「存じておりますよ。
柔らかさの中に強い決意を感じさせる言葉に生半可な覚悟に突き刺さる。
来夢の幼馴染ということも有って気が弱かったことを覚えているので尚更だ。
「強いな、桂子ちゃんは」
野球から逃げた俺よりずっと。
「いいえ。私はまだお兄様や来夢ちゃんからの恩を返せておりません。より自己を高め自立した私の証明として見届け頂ければ幸いです」
「ありがとな。桂子ちゃん、もう少し良いか?」
「その、私で良ければお話ししますが。どのようなご用件でしょうか?」
「このチームのことでな」
野球嫌いが治った訳ではない。
俺の嫌いを桂子ちゃんに押し付けるのはお門違いだし、少しでもチームの現状を知ることで何か貢献できることが有るだろう。
桂子ちゃんの深みの有る瞳を汚すようなことはしたくない。
「来夢からオーダー表を貰ったんだが顔と名前が一致しなくてな。教えてくれると助かる」
チームを知るということは、人を知ることと同じ。
本来なら一人ひとり聞きたいところだが、女子学園の生徒に男がアプローチするのは気が引ける。
なら、チームメイトとして内情を知っているだろう桂子ちゃんから聞くのが得策だろう。
「はい。その、差支えなければお兄様のお隣に」
「俺だけ座っているのも申し訳ないからな。ほら」
「失礼致します」
桂子ちゃんはぺこりとお辞儀して隣に座る。
運動してきた後だが桂子ちゃんから汗臭さは感じない。寧ろ、どこか清楚で落ち着く香が鼻をくすぐる。
並ぶ肩から透けるブラの紐がくっきり浮き出て、正直目のやり場に困る。
直視はまずい、という直感で視線をホームベースへ向ける。
「お兄様の隣、とても落ち着きます」
「昔は来夢以上にべったりだったからな」
「ふふっ。今も機会が有ればお兄様と関わりたい、と存じておりますよ」
刹那、桂子ちゃんの身体が俺に寄り掛かる。
右腕が独特な柔らかさで包まれ、桂子ちゃんの成長を肌で感じる。
「こらっ、あまりくっつくと俺の身が危ないからよしてくれ」
この姿を他に部員に見られたら間違いなくお縄ものだ。
「ふふっ。そうですね。お兄様がいなくなってしまったら悲しみをこらえきれないと存じますのでここまでにしておきましょう」
「そうしてくれ。それでこの野球部で中学時代からの経験者はいるのか? 部活でもシニアチームでもいい」
経験は野球のみならずどのスポーツでも大きなアドバンテージが有る。
素振りを百回した人より一万回した人の方が結果を残すし、多く球を投げた人の方が正確なコントロールが出来る。
最近は女子硬式野球も見直されているが歴史は浅い。
経験者の有無はアドバンテージに繋がりやすいだろう。
「部長の
漆と清美。俺をグラウンドまで案内した二人か。
あのデカ金髪の肉付きはかなりのやり手だと感じていたが、ちっこい方も経験者とは意外だ。
「その梨乃って奴は?」
「はい。あちらで天羽学園の方々に挨拶をしております」
桂子ちゃんが示す方向に視線を調節するとポニーテールをパンパン揺らしている長身の女子が目に入る。
どうやら挨拶が終わり、相手選手との会話を楽しんでいる感じだ。
コミュニケーション能力は問題無さそうだ。
身体もモデルのようにスマートで「美少女すぎる野球選手」とか言われていてもおかしくない。
「梨乃様は私達も尊敬しております。文武両道で先生方からの信頼も厚いので私が目標としたい先輩です。勿論、お兄様も将来の伴侶として尊敬に値するお方だと存じております」
「他の奴らは?」
「私の告白を華麗にかわすお兄様に不満を申し上げたいと存じますが、その、ファーストを守っていらっしゃる奏様はマネージャーを務めております。また、部活以外では保健委員として尽力しております」
桂子ちゃんの指先がファーストベース方向を示す。
あぁ、あのやたらほわほわした子か。
梨乃と似た長身だが全体的に柔らかいというか、ユニフォームを巻き上げるほど大きく実った胸から漂う包容力で溢れている。
両サイドで束ねたロングツインテールは穂先に向かってうねっていて、同じ髪型でも来夢とは違う印象だ。
どこか眠そうな目は生まれつきだろうか。
「奏様は負傷した私達を手厚く介抱してくださいます。梨乃様と仲がよろしいようで二人三脚このチームをまとめているお方です」
「そうか」
部長は脳みそ筋肉で出来てそうだし、参謀役ってところだろう。
野球選手としての能力は追々わかるだろうし、キャッチングが中心のファーストなら問題無いだろう。
「はい。その、外野を守っているのがレフトから
あのセンターで座り込んで話している奴らか。
左の子はぱっとしない感じだが、センターの子は意識高い系ギャルって感じで好印象ではないな。
まぁ、野球=坊主の風習は無意味だと思っているのでセンターの子をとやかく言うつもりは無いが。
右のボブカットの子はあの中では一番運動が出来そうなイメージが有るが、センターの子とじゃれ合っているし期待は薄い。
男子と比べれば外野にボールが飛ぶことは少ないと思うし細かいことは置いておくか。
正直、面倒くさい。
「お兄様ですから正直に申しますが、私は苦手意識を覚えております。特に何かされた、ということは有りませんが」
正統派女子高生の桂子ちゃんには合わないだろう。
こう桂子ちゃんの話を聞いていてもチームって感じがしないし、試合前の練習を見ていても意識の差は明らかだ。
「そういえば、そろそろ試合開始じゃないか?」
「あっ、そうですね。私、精一杯頑張る所存ですのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」
「指導はどうかわからんが、頑張れよ」
「はい!」
おしとやかに起立した桂子ちゃんは微笑んでホームベースに向かう。
さて、個性バラバラの即興チームがどんな試合をするか、期待せずに見守るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます