土曜日の郵送 - Anemone Carteiro (2)
**裾の町より北に八十キロ、第四十二番隔壁にて**
「はろっ、しーたん!」
「よう、アネモネ。同じ宿とは奇遇だな。ちょうどいい、手紙を頼んでもいいかな?」
「はいはーい。裾の町までは若干かかるけど大丈夫?」
「ああ、急ぎじゃないから問題ないよ。書くからちょっと部屋まで頼むよ」
「おっけーい」
「どこか、遠くまで行くのか」
「うん、もっと北の隔壁までね」
「もっと北、って……これより先だと、人なんていないんじゃないか?」
「うーん、まともなコミュニティはないけど、人がいないわけじゃないんだよ。ワケあり、ってやつ? 確かにちょっと、危険だけどね」
「一人で大丈夫か?」
「ん、なあに護衛してくれるのっ? それならあたし、同衿してあげちゃうけど!」
「それはとても魅力的なお誘いだが、私は西で仕事なんだ。ちょっと長くなるかもしれない」
「珍しいね、どれくらい?」
「数ヶ月かかるかもな」
「足もないのに、大変だね」
「途中までは車でな」
「あ、ついに買ったの?」
「いや、そのへんに捨てられてた軍用車を、なんとかして動かした。意外と、どうにかなるもんだな」
「えっ。しーたんって、いかにも機械オンチっぽいのに、意外だなあ」
「それは初めて言われたな。……まあ、否定はしないさ。今回はちょっと、助けを借りてな。どこまで動くかはわかったもんじゃないが、元々が拾い物だし、いざとなれば乗り捨てる」
アネモネは宿屋の階段を上がりながら軽く腕組みをして、うーん、と唸った。
「しーたんって、そういうところは妙にがめついよねえ。料金とかは絶対に値切らないのに」
「それはそれ、自分が値切られたら困るからな。情けは人のためならず、みたいなもんさ」
「そして意外と言葉に詳しい、と」
「まともな教育は受けちゃいないが、読むものだけは読んでるからな」
「こないだは文学少女と遭遇したんだってー?」
「ずいぶん耳が早いんだな」
「ま、いくらアナログだっていっても、あたしのお仕事は情報産業ですからねっ」
「そうだったな。失礼」
「いいねえ、文化的生活! あたしなんて、せいぜい外周の喫茶店で一人寂しく紅茶を啜るくらいの人生だわー。どっかに、しーたんみたいな素敵な彼氏候補、いないかなあ」
「おやおや、それは私に気があるということかい。嬉しいこと言ってくれるね」
「んー、でもしーたんは放浪癖付きの引きこもり体質だから、ダメだなあ」
「どういう評価だ、それは」
シスルは笑いながら、部屋の鍵を開けた。
「だーって、しーたんは絶対に私のこと待ってたりしないもん。しーたんの一番には絶対なれないって、わかりきってる」
部屋に入ったアネモネは、シスルのベッドに座って、足をぶらぶらとさせた。シスルは苦笑しながら、鍵を閉める。
「しかしアネモネのタイプって、どんなやつなんだ。私には想像がつかないよ」
「あたしのタイプー? そうだなあ、やっぱり私はお父さん子だったからね。あんな人がいいな。……仕事は、ほどほどがいいけどね」
シスルは荷物から便せんを出しつつ、ためらいがちに言った。
「仕事中に、亡くなったんだったか」
「うん。死んでからも一晩中、大雨に打たれててさ。母さんはそりゃもー取り乱してね。結局、そのままずうっと」
「いくつのときだ?」
「もう、忘れちゃったなー。……でも、お父さんとの思い出はみーんな、楽しい思い出ばっかりなんだ。危ないところには連れてかなかったんだろうけど、配達に付き合ったり、ついでに色んなとこに寄り道したりして。イタズラしあったり、お母さんが具合悪いときに二人で料理して、失敗したり、なかなか美味しくできたり……。ほんとにあたしたちのこと愛してくれてたし、仕事も大事だったんだと思う。いろいろ大変なこともあったと思うし、愚痴もいっぱいあったんじゃないかと思うよ。でもぜんぶ、自分の中に仕舞ってたんだろうね」
「そうか。……残念だ、会ってみたかった」
「あたしもしーたんに会ってほしかったよ、仕事人同士、話も合いそう」
アネモネは、ぽすんとベッドに仰向けになる。シスルはそれを横目で見てふと微笑を浮かべると、引き続きペンを走らせた。
「好きだったんだな」
「うん、好き」アネモネは、迷わず答えた。
「お母さんが羨ましい。あんな素敵な人、いないよ」
「でもお前は、もし結婚しても、仕事はやめないだろ?」
「そうだね。……父さんの、愛した仕事だから」
アネモネの体が、ころんと横向けに転がる。頭からこぼれ落ちた帽子を、胸に引き寄せて抱えた。
「だから辛くてもへいき。なんでも、楽しいって思える」
「いい父さんだな」
「うん、大好き。今でも」
シスルは簡潔に書き上げた紙片を、便せんに封入する。携帯発火装置を取り出して、アネモネに紹介して貰った封蝋屋で仕入れたシーリングで封をした。
ベッドに近づくと、アネモネは大きな瞳でちらりとシスルの方を見る。
「……大丈夫か?」
アネモネは、ふと再び仰向けになって、両手を広げた。それは、シスルを迎え入れようとしているように見える。
「しーたんっ」
無邪気な微笑みが、機械の身体との触れあいを求めた。
「仕方のない奴だ」
「えへへ」
シスルは便せんを脇に置き、彼女の肩にそっと手を回した。
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