幕間『吸血鬼たちの物語』
さてお立ち会い。
既にお察しの方もいらっしゃると思うが、この世界の一般人はニンゲン=ホモ・サピエンスという生き物を知らない。
奴らにとって人とか人類というのは、もはや自分たちを指す言葉になっている。
まったく非人類としての自覚が無え。
吸血鬼としての自覚がなっちゃいねえ。
それ以前に
命という言葉の定義すら改竄しやがったからな。
そう、吸血鬼だ。
ニンゲンを知らず、己を唯一正統の
それがこの時代、この世界に残っている唯一の文明圏だ。
コフィン・シティという、街そのものをデカい
なにせニンゲンの血が手に入らない時代だからな。
棺桶からおちおち出られねえんだよ。
棺桶の外で活動して、生命や存在を消耗しちまったら――そのマイナスを取り戻す手段が無い。
だから余程のことが無い限り、奴らは棺桶から出てこない。
街から出てこない。
そして。
そのタブーを破ってまで、街の吸血鬼警察が必死こいて追っていた殺人鬼『ヴァニッシャー』こそがニンゲンって訳だ。
滅亡寸前の人類が残した、特別な最後の一人だ。
替えの利かない、地球上の最後の生命体だ。
「じゃあ、その最後の一人をクローン培養しろよ」と思ったかい?
なかなか賢い指摘だが、まあクローン作ろうが子供を産もうがみんな吸血鬼化しちまう異常事態が起きたから人類は滅んだ、と思っておいてくれ。
殺人鬼『ヴァニッシャー』。
本当の名をレスタトというが、この名前を吸血鬼どもはまだ知らない。
それどころか、レスタトがニンゲンであるという事実さえ
「平民」と呼ばれる雑魚吸血鬼どもはわかっちゃいない。
俺の名はスカラベ。
ニンゲンでも吸血鬼でもない。
レスタトの冷凍封印を解いて、吸血鬼どもの街にけしかけた生体コンピュータだ。
かといって、俺の独断じゃあねえぞ。
これは大昔、滅亡寸前の人類が決めたことだ。
レスタトは、たった一人で吸血鬼文明に挑む
人類亡き後の地球でな。
全く狂った話だ。
何よりも。
そんな役割を与えられた癖に、レスタトは
レスタトは生身のニンゲンだ。
超常的な能力を一切、持っていない。
ただホモ・サピエンスに出来ることはなんでもやってのけるように調整されている。
あらゆる知識と技術と武装を与えられている。
それで吸血鬼どもを相手にどこまでやれるのかって話だが――
少なくとも、平民街の雑魚吸血鬼どもを相手には、充分善戦してるよ。
殺人鬼『ヴァニッシャー』なんて仇名が広まるぐらいにはな。
だがそれでも傷を負っちまった訳で、全く以て危なっかしい。
幸い完治したようだが、この先『ヴァニッシャー』としての凶行を再開すれば、そのうち「貴族」と呼ばれる本命の敵が必ず出てくる。
そして、そいつらはレスタトの正体を正しく理解しているだろう。
そいつらは「銀のワイヤーネットで殺人鬼の進路を阻もう」なんて的外れなことを絶対に考えないし、
一度でも腕をもげば殺人鬼の腕が永遠に再生しない、ってことも知ってるだろう。
影を武器として使えない。
(原則として)三メートルのジャンプが出来ない。
鉄板を砕こうとすれば逆に手が砕ける。
走ってるだけで勝手に体力が尽きる。
頭を強くぶつけただけで死ぬ。
そういった弱点をわかった上で、貴族はレスタトを狩ろうとするはずだ。
世界に残った最後の「ニンゲンの生き血」を求めて襲ってくる。
目的は様々だが――
その襲撃をレスタトは、今か今かと待望している。
待ち侘びている。待ち構えている。
これから起こる戦いは――というか既に始まっているこの“最後の戦い”は、
例外なく常にレスタトを巡って、レスタトを中心に進行するだろう。
しかしな、レスタトに主観なんてモノは無えんだよ。
アイツは、ただ与えられた役割を堅実にこなし続ける自動的な野郎だ。
滅亡寸前の人類がレスタトをそういう風に設計したし、
日々の出来事で一喜一憂する奴が続けられる戦いじゃあないからだ。
レスタトは、記憶や情動を制限されている。
だからこの戦は、レスタト自身の物語というよりは――
レスタトを目指す、レスタトを見る吸血鬼たちの物語として推移するだろう。
吸血鬼どもの街から遠く離れた冷凍封印施設で、レスタトからの定期報告を待ち続ける俺には――知り得ない物語だろうけどな。
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