第16話 決闘

 私とエストは十歩分くらい距離をとって、フレンが決闘の開始を言った。まだ私もエストも一歩も動いていない。

「私の魔法を見た後に私の前に立つ勇気。それだけは認めてあげるわ!」

 本当によく叫ぶ。十歩分なんてたいした距離じゃないんだ。この状況で叫ぶなんて堂々と隙を見せているようなものだ。わざと隙を見せているという可能性もあるけれど、これまでのエストの言動からしてエストは馬鹿だ。馬鹿な言動も全部演技なのなら罠なのだろうけど、そんな低い可能性は無視。全力でエストまで駆ける。

 エストは驚いたような表情をしている。やっぱり馬鹿だ。

「卑怯よ!」

 杖を振り回してきた。フレンの剣と比べたら、当たり前だけど随分と遅い。十分眼で追える早さだ。手のひらで杖を防ぐ。すごく痛い。

 痛みを我慢して、思いっきりエストに体当たりした。

「きゃ!」

 倒れたエストは無視して、手に持っている杖を蹴っ飛ばす。転がっていった杖を拾って、簡単に杖を奪うことができた。たぶんこれで無力化できたはず。

「杖は奪わせてもらったけど、降参する?」

 エストは頭を撫でながら立ち上がる。私に体当たりされた時、地面に頭をぶつけたみたいだ。涙目になってる。痛そう。

「ふざけんじゃないわよ! こんなの認めない。魔法使いの決闘はこんなのじゃないわ!」

 そんなこと言われても、私は魔法使いになったつもりはない。だから、決闘で体当たりをしたことを卑怯だと言われてもなんとも思わない。

「戻ってきなさい!」

「あ」

 エストの杖が私の手から離れて、エストの元へ戻っていった。そういえばシスターもそんなことをしていた。すっかり忘れていた。

 ここからは、さっきほどは油断してくれないはず。エストの魔法が発動したら間違いなく私は負ける。死んでしまう可能性も高い。魔法の発動だけは阻止しないと。

 エストが魔方陣を書き始める。この距離なら間に合う!

「《ファイアストーム》」

 魔法の発動が早い! 森の破壊王ダークグリズリーのゾンビに使ったのは、魔方陣を書くのに時間がかかる魔法だったんだ。でも、三割の確率で失敗するはず。

 なんだか暑くなってきたような……

「不味い!」

 目の前に一瞬火が見えた。咄嗟に横へ飛ぶ。私のいた場所に炎の竜巻ができ始めて、それはどんどん大きくなっていく。急いで立ち上がって逃げる。

「うわっ」

 つまずいて転んだ。やばいやばいやばい。

 ……ふう、足元で魔法は止まってくれた。靴は焼けてしまって、足は火傷をしているのが見える。でも、まだ戦える。

 火傷の痛みで立ち上がるのにも一苦労。でも我慢できる。

「今度は私から言わせてもらうわ。降参したら? その火傷じゃ、歩くこともできないでしょ?」

「ふざけんじゃないわよー。だったっけ? 私はフレンとは違って我慢強いからね。この程度で降参したりしない。たまたま三割引けたからって調子に乗らないことだよ」

 少しだけフレンの方を見る。心配そうにしているけど止めてこない。まだ私が勝つことを信じてくれているのかもしれない。なら頑張らないと。

「私をまた馬鹿にして……死んでも知らないわよ!」

「望むところだね。火傷しているからって手加減すると、後悔することになるよ」

 私は駆ける。同時にエストは魔方陣を書き始める。なんだか楽しい。大怪我してしまうかもしれないし、死んでしまうかもしれないのに、なんだかとても楽しい!

 足は大丈夫。ちゃんと走れてる。まだ魔方陣は完成していない。

 でも、今回は間に合わない。

「私の勝ちよ!」

 エストが叫ぶ。三割の確率で魔法は発動しない。それがエストの嘘かもしれないけど、三割の確率で失敗するということにしておく。

 でも、なんとなく今回は成功する気がする。私の勘がそう言っている。魔法を発動させるなと叫んでいる。

 エストが杖を魔方陣に突き立てる。それと同時に私は手に持っている物を投げた。それは真っ直ぐにエストへ飛んでいき、額に綺麗に命中した。

「いたっ」

 エストは痛みと驚きで魔法名を言えなかったみたい。私は手のひらに呪われた魔力の塊を作り、それを握りしめる。

 名付けて……

「のろのろパーンチ!」

 頬に命中! 相手は呪われる。かは知らないけど、多少は威力は上がるはず。エストは起き上がる様子はない。

 フレンがエストに駆け寄って様子を見ている。

「ルナの遠慮のない顔面パンチで完全に伸びちゃってるね。ルナの勝利だ」

 ふふ、こんなところで負けていられないんだよ。エストが仲間になったらキャラ被りするし、フレンのロリコン度が上がっちゃうし、私の影が薄くなって主役の座を奪われるかもしれない。エストとは背負っているものが違うのだよ。

 さて…と、冗談はこのあたりにして。

「フレーン。足が痛いよー」

「急いで病院へ行こう!」

 フレンはエストを抱えたまま、私に背中を向けて屈んだ。おんぶしてくれるってことかな。

 胸にエスト。背中に私。フレン捕まらないよね……。これまでは冗談とかで言ってきたけど、今回はそこそこ心配。

 そんなことを思いながら、思いっきりフレンの背中に抱き着いた。あ、エストに投げた宝石拾い忘れた。まあ、フレンの背中を買えたかと思えば、悪くない買い物かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る