第5話 寄り道

「はあ!」

 フレンの気合の入った一撃が二足歩行のブタを真っ二つにした。たとえブタでも食べることはできない。魔物を食べるとお腹を壊してしまう。

「……すまない、少し休ませてほしい」

「分かった」

 魔物との連戦でフレンの体力は限界に近付いていた。剣の刃こぼれも酷くなってきて、少しずつ魔物に攻撃が通らなくなってきている。

 フレンが草の上に座って、その隣に私も座る。少し前に水が無くなってしまって、水分補給もできない。

「旅って大変なんだね。畑仕事と同じくらい大変だよ」

「そうなのかい?」

 貴族だったから畑仕事したことないのかな。命がけではないけど、畑仕事もお手伝いしただけで疲れるよ。

「うん。旅はもっと気楽だと思ってたなー」

 寝転がって空を見る。うん、空だ。

 このまま目を閉じる。きれいな魔力を感じて気持ちが良い。村よりもずっと空気が綺麗だ。

 ……でも、少しだけ汚い魔力が混じってる。たぶん、呪われた魔力だ。もしかして、偶然ソフィアさんの手がかりを見つけちゃった?

 目を開けて立ち上がってみる。方向は……森の方だ。これまでは一応道と呼べるものを歩いてきたけど、目の前の森には道と呼べるものはない。あれに入るのは危険だと分かる。

 ソフィアさんの手がかりがある可能性がある。危険な可能性が高い。どっちを選ぶべきだろう。フレンに話したら、たぶん森へ行くことになると思う。きっとフレンは一人でも行ってしまう。ボロボロになった体で。

 手がかりなんてないかもしれない。手がかりなら町へ行ってから見つかる可能性は十分にある。でも、この先にあるのが重要な手がかりだったら?

 どっちを選んだら……

「もう大丈夫だ。そろそろ行こう」

「あ…うん」

 呪われた魔力なんて気が付かなかった。そういうことにしよう。


🌙


 ……結局話してしまった。フレンだって森が危険なことくらい分かるだろうし、まだ行くと決まったわけじゃない。

「せっかくルナちゃんが見つけてくれた手がかりだ。無駄にはできない」

 行くことになりそうだね。なんとなくわかっていたことだけど。

「森にも魔物がいるんじゃないの? 大丈夫?」

「人の手が加えられた道よりも、森の方がずっと魔物は多いよ。でも大丈夫。これまで何度も森には入ってきたんだ。安心してほしい」

 そこまで言うのなら大丈夫なのかな。まだ心配だけど、これまで以上に私がサポートすれば、どれだけ魔物が出てきてもフレンが全部倒してくれる。そう信じよう。

「ところで、呪われた魔力というのは近くに感じたのかい?」

「遠いかもしれない。ほんの僅かに感じただけだから」

「そうか。呪われた魔力が消える前に行こう」

 張り切ってるね。そういえば気づいているのかな? 耐性のある私は大丈夫だけど、耐性のないフレンが呪われた魔力に近づくというのは、目の前の森以上に危険だってことに。


🌙


 森に入ると、フレンは木を剣で傷つけながら歩いている。森から出るときに目印になるらしい。確かに何もないよりかはマシだね。

 うわ、芋虫のでかいのが出てきた。

「はあ!」

 フレンが一刀両断にした。何度も森に入ったと言うだけのことはあるね。慣れてる。

「ルナちゃん。大丈夫かい?」

「何が?」

「草が邪魔で歩きにくくないかなと思って」

 確かに邪魔だけど腰のあたりまでしか生えていない。この程度なら村でも暑い時期になったら体験することになる。

「私なら大丈夫だよ。フレンと違って身軽だから、まーだまだ歩けるよー」

 というのは嘘で少し疲れている。でも、もっと疲れているフレンが頑張っているのに休んでなんかいられない。

「ルナちゃんはすごいね……。僕が十歳の頃なんて、態度が大きいだけの嫌われ者の貴族。そのまんまだったよ」

「フレンとは会ったばかりだから知らなくても仕方ないけれど、私も実は嫌われ者なんだよ。特に先生には嫌われてたかも」

「……僕にやっているように、先生のこともからかってたんじゃないのかい?」

 からかう? ちょっと冗談を言ったりはするけど、そこまで酷いことは言わないよ。それだけで嫌うのは器が小さすぎると思うな。でも、先生はメモ帳をくれたから器小さくないよ。ちょっと小さめなくらいだよ。

「はあ!」

 うわ、びっくりした。魔物いた? 魔物じゃなくて普通の毒蛇だった。死んだ毒蛇の牙から毒が垂れている。噛まれたら危ないところだった。敵は魔物だけじゃないんだね。

「私が狙われてた?」

「いや、僕が蛇の尻尾を踏んづけちゃってね。襲ってきた来たから殺した」

 蛇さん可哀そう。


🌙


 呪われた魔力は薄くなるどころが濃くなってきた。なんだか嫌な予感がする。

「ルナちゃん。こっちでいいのかい?」

「う、うん」

 この禍々しい魔力にフレンは気付けないのか。これまでに一度も魔法を使っていないのは、使わないのではなくて使えないのが正解みたい。

 少しずつ目的の場所へ近づいているのを感じる。近づくにつれて冷汗が酷いことになってきた。自分の体が勝手に震えていることにも気づいている。前を歩いているフレンは警戒した表情でキョロキョロしている。たぶん、魔物はこの禍々しい魔力に怯えて、このあたりから姿を消してるんじゃないかなと思う。

「フレン。前だけを見てたほうがいいよ」

「え、どうしてだい?」

「いいから」

 フレンは私の様子を見て察してくれたのか、前だけを見て歩くようになった。引き返してくれても良かったんだけどな。


🌙


 しばらく歩いていると目的地は見えてきた。フレンの三倍はある巨体、木よりもずっと太い手足、ごわごわした黒い毛。私はあれをお母さんから聞いたことがある。森に生息している一番危険な魔物。目的地の正体は熊に似た魔物……森の破壊王ダークグリズリーだった。

 フレンは私の口を手で塞いで木に隠れる。さすがにあれには勝てない。とりあえず隠れるのは間違っていない。でも、私の口を塞ぐのは間違い。フレンの手は大きくて鼻まで塞いでいるから、息苦しくて仕方ない。だからフレンの手を舐めた。

「うわ!」

「静かに。舐められただけでしょ」

 もう、貴族は我慢が足りない。今のでばれたらどうするの。でもばれないかな。見た感じ……ね。

「なんで舐めるんだ」

「よく見て。何か気づかない?」

 さっさと言ってもよかったんだけど、なんとなくクイズみたいにしてみた。

「何か? どう見ても凶悪な魔物だろう」

 ぶっぶー。ハズレ。ついでに時間切れ。

「あの魔物死んでるよ」

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