第4話 こうして旅は始まる

 村から一歩外へ出てみたけど、特に思うことはなかった。さて、先生のメモ帳の続きを読もう。

「さっきから何を読んでいるんだい?」

「静かにして。集中できない」

 まったく……人の嫌がることをしてはいけませんって教えてもらわなかったのかな。これだから貴族は嫌だよねー。

 えっと、人には一つ以上隠された能力アビリティがあります。能力は戦闘スタイルなどに大きくかかわってきます。だって。

「ねえフレン。アビリティって知ってる?」

「聞いたことはあるね。王都の大将軍は強力な能力を持っているらしいよ。詳しいことは知らないけどね」

 うーん、フレンはいまいち使えないね。やっぱり先生のメモ帳に集中しよう。

 種族。人間のように言葉を話す生物は見つかっています。例:エルフ・ドワーフ

「ソフィアの師匠はエルフなんだよ。エルフやドワーフは人間より強力な魔法を使えるらしいけど、得意な魔法が偏っているね。エルフは風が得意。ドワーフは地が得意って感じかな」

「へーそうなんだ」

 フレンにしては役に立った。勝手に話しかけてきたことは許してあげよう。


🌙


 先生のメモ帳を読んでいたら、でかいカマキリが近づいてきた。あれは魔物かな。先生のメモ帳に書いていたけど、魔物が存在する理由ははっきりしていないらしい。魔王っていうのがいて魔物を作ったとか、人間が魔法を研究している過程で現れたとか、野生生物の突然変異だとか、いろいろな説があるらしい。

 あのカマキリの情報とかは先生のメモ帳には書いてなさそう。魔物図鑑じゃないんだから仕方ない。

「ルナ!下がってて」

 フレンはカマキリに走っていく。フレンが振り下ろした剣とカマキリの鎌がぶつかり火花が散る。カマキリの手って言ったほうがいいのかな?

 鎌でいいや。カマキリの右の鎌は剣を防いでいるけれど、左の鎌はまだ使っていない。左の鎌がフレンの右足に振り下ろされる。フレンはバックステップでカマキリの攻撃を避けた。

「ソフィア! あ、しまった。いないんだった……」

 いつもならフレンが攻撃を防いでいる間にソフィアさんが詠唱して、フレンが敵から離れた瞬間に魔法が放たれていたのだろう。でも、今は残念ながら役に立たない私でした。戦闘なんて見るのも初めてだから、何をしたらいいのかさっぱりわからない。

「僕が倒すしかないか」

 フレンも子どもに戦わせたるという考えには至らないみたい。そういう考えをされたら裏切りたくなる。

 できる限りのことをしよう。

「えっと、こうやって……こうやって……」

 空気中にある魔力をぐじゃぐじゃにかき混ぜる。ちゃんと練習していたら効率よくたくさん集まったかもしれないけど、今の私だと小さな魔力の塊を作るのが精一杯。

 魔力の塊といっても綺麗なものじゃない。ぐじゃぐじゃと適当に丸められた魔力は魔法の出来損ない。失敗した魔法は呪いとなって、魔法を作った人に逆流する。でも、私は呪いに耐性があるから、手のひらに留めることができる。

 あとは隙を見てカマキリにぶつけるだけ。

「はあ!」

 フレンが頑張って戦っている。でも二本の鎌に翻弄されてしまっている。二刀流とかと違ってカマキリの手なんだ。熟練者の二刀流よりもずっと強いと言っても過言ではないかもしれない。熟練者の二刀流見たことがないから過言かもしれないけど。

 今のままだと隙なんてできない。仕方ない。

「えい!」

 魔力の塊をカマキリに投げる。ひょろひょろとカマキリに向かって飛んでいく。簡単に避けられそう。

 カマキリが私の魔力の塊を見た。あー避けられそう……って無視された!

 どうやら私の攻撃なんて避けるまでもないらしい。カマキリにぶつかった魔力は虚しく消え去った。

「頑張れフレン! フレーフレーフ・レ・ン」

 私の命運はフレンにかかっている。ふざけた応援かもしれないけど頑張って。

 フレンが剣を振り下ろす。どうせ防がれそう。

「ギェ!」

 カマキリに攻撃が当たった! 変な鳴き声を出しながらカマキリが後退する。これまで通りだったら右の鎌で防がれてたのに、急にカマキリの動きが鈍ったみたいだった。

 カマキリは動揺しているのか動きがぎこちない。その隙をフレンは見逃さずに連撃連撃連撃でカマキリを滅多切りにする。

 すぐにカマキリは動かなくなった。ごめんね。


🌙


「ルナのおかげで助かったよ。ありがとう」

 鎧に着いたカマキリの体液を拭き取りながらお礼を言ってきた。私は何にもしていないけど。

「ルナがカマキリの右腕を動かなくしてくれたんだろう?」

「あーそうなのかな?」

「魔法がカマキリの右腕に当たっていたから、てっきりそれのおかげで動きが鈍ったんだと思ったんだが」

 右腕に当たってたんだ。そこまでは見ていなかった。もしかしたらカマキリは呪い属性が弱点だったのかもしれない。弱点なら動きを鈍らせることくらいできるはず……今のしょぼい魔法でも。

 そういえば初戦闘で白星かー。一回魔法を使っただけだけど、少し自信がついちゃったかも。

 そうだ、先生のメモ帳に魔法の使い方みたいなの書いてないかな。

 ……あった。詠唱が長いほど魔法は強力になります。詠唱は種族や国によって違いがあります。

 そういえば詠唱ってどうやるんだろ。知らないからいつも無詠唱でやってるんだよね。魔法の名前を叫んだりするのかな。

「ソフィアさんはどうやって魔法使ってるの?」

 ソフィアさんの師匠はエルフなんだっけ。なら、エルフの魔法の使い方でやっているのかな。

「確か『風よーなんだっけ……なになにになれー《ハリケーン》』みたいな感じだった」

 なんとなくわかった。ハリケーン以外が詠唱でハリケーンが魔法名だ。よし、真似してみよう。私なりの魔法で!

「呪いよーぐじゃぐじゃ混ざり合ってー大きなボールになれー《カースボール》」

 とりあえず適当に真似してみたけど、残念ながら結果は失敗。まったく作れる気配がなかった。

 まあ、現実なんてこんなものか。そんな簡単にできるのなら誰も苦労しない。

「はは、ルナならできるんじゃないかと思ったが、失敗だったようだね」

「むーうるさいなー。少しくらいはフレンの力になろうと思って試したのに」

 やーめた。これなら先生のメモ帳読んでいた方がいいや。


🌙


 カマキリと戦った後にも何度か魔物に襲われた。カマキリは結構強い魔物だったみたいで、今のところ最強はカマキリだ。一応私もサポートしようとしたけど、カマキリ以外はフレン一人で圧倒している。

「そろそろ休憩にしようか」

 畑仕事の手伝いとかしているだけあってまだ歩けるけど、断る理由もないからフレンの提案に頷いた。今更だけど一つ聞いておこう。

「ずっと歩いてるけど、ソフィアさんはこの先にいるの?」

「ソフィアが走っていった方向にまっすぐ歩いているだけだよ。手がかりも何もない。でも、歩くしかない」

 まあ、それもそうだね。

 ……あ、そうだ。

「今歩いている方向には町があるって聞いたことがあるよ。行ったことないから、あとどのくらい距離があるのかは知らないけど」

「町まで行けば情報が得られるかもしれないな……」

「私は歩けるから、今日中に町まで行っちゃおうよ」

 フレンは頷く。早く到着出来れば、今日中に情報を得られるかもしれない。ソフィアさんも移動している。情報は新鮮なほど良いはず。

 なんだかワクワクしてきた。人生は生まれた村で始まって生まれた村で終わるものだと思ってきたけど、こうして知らない町にたどり着こうとしている。お母さんが倒れたり不幸なこともあった。でも、お母さんには申し訳ないけれど、私は今幸せを感じている。

 村を出た時とは大違いだ。旅って良いものだね。

「ルナちゃん。楽しそうだね」

「そう? そうかもしれないね!」

 人生最初で最後かもしれない旅を絶対に楽しむ。私はそう心に決めた。

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