第3話 旅の準備が始まる

 お父さんの形見の杖が盗まれた次の日の朝。私はお母さんの顔を引っ張って遊んでいた。どれだけ遊んでもお母さんは目を覚まさない。ほっぺた千切れちゃうよー。

 まだ千切れていないけど、お母さんの顔の形が変わってきた気がする。私に似て美人な顔が台無しだね。

 さて、朝ごはんでも作ろうかな。お母さんは目を覚まさない悪い子だから、なんたらシルバードと私の二人分でいいや。

「昨日はジャガイモを食べたからー今日もジャガイモをー食べるぞーいえい!」

 歌の続き募集中。

 昨晩はお湯でゆでたから、今回は外でたき火作って火の中に放り投げちゃおう。今日は天気が良くて旅日和だし、よく眠れたから体の調子が良くて絶好調だよ。ついでに火加減も絶好調。ジャガイモが焦げちゃったね。

 あっという間に出来上がった焦げ芋を家に持って入って、一つをシルバードの頭の上に置く。

「あっつ!」

 飛び上がった。

「他人の家なんだから暴れないでほしいな」

「何か熱いものが頭に……なんだ? この黒い物体は」

 シルなんとかは焦げ芋を掴む。でも、熱かったのかすぐに落とす。貴族は我慢が足りないね。

「朝ごはんだよ。結構焦げちゃったけど、中の方は大丈夫だと思うから頑張って食べて」

 周りは焦げ焦げ、中はカチカチかもしれない。焼き芋屋さんは上手に焼いてるけど、私はいつも失敗しちゃう。

「今までに食べたことのない味だったよ」

 なんとかはちゃんと食べてくれた。評価も高いみたいだし、味覚がおかしい人なのかもしれない。

「よし!さっそく出発しよう」

 なんか出発する気満々だけど、少しやらないといけないことがある。昨晩も言った気がするけど、全部忘れちゃったのかな?

「学校休むこととか言ってくるから準備してて。そんなに時間はかからないと思うから」

 返事は待たずに家を出た。


🌙


 まずはリーゼおばさんの家へ行った。家がお隣だから、お母さんのことを頼むのに最適。

「おはよう。リーゼおばさん」

「あらあら、朝早くに会いに来てくれるなんて珍しいわね」

 リーゼおばさんがニコニコと近寄ってきた。

「今日はお願いがあってきたの」

「お願い? それはまた珍しいわね」

 珍しいというか初めてかな。私がリーゼおばさんにお願いなんてするの。

「お母さんが昨日に色々あって意識が戻ってないんだ。冒険者のお兄さんが言うにはこの村で助ける方法がないらしいから、お兄さんについていって薬とってくる。それまでたまにお母さんの様子を見てほしいの」

 嘘がいくつか混ざったけど、リーゼおばさんには関係のないことだし、特に問題はない。もし私が留守中にお母さんが目覚めても、それはそれでいい。

「ルナちゃん。外には魔物がいて危険なのよ? それに学校はどうするの?」

「魔物はお兄さんに倒してもらうし、学校にはこれから伝えてくる。そんな長旅にはならないと思うから大丈夫だよ」

「心配ねぇ……」

 ニコニコしながらそんなことを言う。リーゼおばさんはいつもニコニコしていて少し不気味。他の村のみんなは本当の顔をしているけれど、リーゼおばさんだけは嘘の顔をしている気がする。

 リーゼおばさんの家族はみんな死んじゃったから壊れてしまったのかもしれない。

「でも、お母さんを助けたいわよね。ちゃんとお母さんのお世話はするわ。ルナちゃん……無理をしては駄目よ?」

「それはお願い?」

「お願いよ」

 そっか、お願いされちゃったのなら仕方ないな。

「分かった、無理はしないよ。またね!」

「頑張ってね」

 リーゼおばさんの不気味な笑顔に見送られながら学校へ向かった。その不気味な笑顔嫌いじゃないよ。


🌙


 学校と言っても普通の民家とそれほど変わらない。民家より一回り大きいって程度の違いしかない。そんな学校のドアを先生は開けようとしていた。

「おはよう。先生」

「ルナさん? おはようございます。随分と早いですね」

 先生は準備とかで早く来たのだろうけど、生徒はまだまだ学校へ来る時間じゃない。だから先生は少し驚いたみたいだ。

 お仕事の邪魔をしたら悪いから、言わなくちゃいけないことだけ先に言おう。

「私ね。しばらくの間学校休むから」

「……そうですか」

 先生は悲しそうな顔をしている。どうしたのだろう。聞いてみよう。

「どうしたの?」

「ルナさん。少しだけお話しませんか?」

 名前を忘れた人が家で待ってるけど、少しだけならいいかな。先生と二人でお話なんて滅多にしないから、どんなことを話してくれるのか興味あるし。説教とかなら嫌だな。説教だったら逃げちゃおう。

「いいよ」

「では教室で話しましょう」

「座布団持ってきてないよ?」

「そうですか。先生のを貸してあげましょう」

 忘れ物をしないでくださいって怒られなくて良かった。


🌙


「まずは謝らなければいけませんね」

 私が先生の座布団に座って、先生が木の床に正座すると、最初に先生はそう言った。

「えっと、先生が謝るの? それとも聞き間違えたかな。私が何か悪いことしちゃったかな。そうだよね……先生に謝るのが私の仕事だからね。その仕事を先生は奪ったりしないよね」

「ルナさん。言っていることが滅茶苦茶ですよ。落ち着いてください」

「ごめんなさい」

 よし、謝れた。ノルマ達成。これで学校に思い残すことはない。

「謝るのは先生の方です。ルナさんも気づいていたと思いますが、先生はルナさんにだけ厳しく教育していました。ごめんなさい」

 それは気付いていた。私も授業で変なことを言ったりするけど、私よりもやんちゃな生徒はいる。でも、私以外に廊下で立たされたりするような生徒はいない。いつも罰を受けるのは私だけ。

「ルナさんが学校を嫌いになるのも仕方ないことです。嫌いになった原因が先生であることは、先生が一番知っています」

 学校のこと別に嫌いではないけどね。先生のことも嫌いだとか思ったことないような気がするし。

 でも、どうして私にだけそんな教育をしていたのか気になるね。わざわざ聞いたりはしないけど。早く家に戻らないといけないし。

「先生に謝ってもらえたことだし、私は家に帰ることにするよ」

「え? どうしてルナさんにだけ厳しくしたのか聞いてはくれないのですか?」

「じゃあ、また学校に来た時に聞くよ。覚えてたらね」

 立ち上がって教室から出ようとすると、「待ってください!」と先生に呼び止められた。説教じゃないから逃げられない。

「なあに?」

「お詫びに渡したいものがあります。少し待っていてください」

 先生は走って学校から出ていく。たぶん自宅に戻ったのかな。しばらく待っていたら先生が戻ってきた。

「はぁはぁ……これです」

 そんな息が乱れるほど急がなくてもよかったのに。

 えっと、渡されたのは本かな。

「学校の授業ではルナさんにとって不十分だったでしょう。ですが、これならば知らないことが書いてあるはずです」

「なんかいっぱい書いてるね。こんな高そうなもの貰えないよ」

 返そうとしたけど受け取ってもらえなかった。

「それは先生が調べたものを書き留めたメモ帳のようなもの……の予備です。予備はまた新しく作るので受け取ってください」

 メモ? 結構分厚いよ。初めて先生を先生だと思ったかも。こんな分厚いメモ帳作れるのなんて先生っていう職業だけだよ。たぶん。

「きっと旅の助けになるよ。ありがとう。先生」

「旅……? 旅へ出るのですか?」

 あれ? 言ってなかったっけ。


🌙


 先生が旅に出ることを猛反対したせいで説得に時間がかかった。リーゼおばさんはすぐに納得してくれたのに。先生は意地悪だなぁ。

 遅くなってあの人が待ちくたびれいるかもしれない。先に出発してはいないと思うけど。少し心配しながらドアを開ける。

「ただいま」

「おかえり……でいいのかな? お別れの挨拶はしっかりできたかい?」

 お別れとは大げさだな。少し村を離れるだけなのに。

「できたよ。長くなっちゃってごめんね」

「いいよ。急いでいたあまり気が利かなかった僕が悪い」

 そうだね。この人が悪い。

「じゃあ行こう。シルバーさん」

「シルバーさん?」

 あれ? 違ったかな。頑張って思い出せたと思ったのに。

「一応もう一度名前言っておくね。僕はフレン・シルバード。フレンって呼んでくれたらいいよ」

 フレン不恋フレン。フレーフレーフレン。よし、覚えた。

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