第2話 こうして旅は始まらぬ
家具なんて少ししかない家だけど、片づけていたら汗をかきそうなくらいには荒らされていた。いや、それどころじゃないか。
不審者は家の中にはいない。いるのは部屋の中央で倒れているお母さんだけ。外傷は見当たらないけど気を失っているようだ。
お母さんの隣まで駆け寄った。
「えっと、揺すらない方がいいのかな?」
こんなこと初めてだから、どうしたら良いのか分からない。とりあえず、お隣のリーゼおばさんを呼んでこようか。ていうか、こんなに荒らされたってことは結構音が出たんじゃないかな? リーゼおばさんは私の家で何かが起こったことに気が付かなかったのかな。
まあいいや。お母さんはちゃんと息してるから大丈夫だと思うけど、早く助けてあげないと。
「その人は……大丈夫かい?」
外で寝ていた男の冒険者が入ってきた。どうしよう。相手は剣を持っているから戦うのは危険だ。一応使える魔法はあるけど、杖を持ってないから威力は全然ない。
仕方ない。取引して命だけは助けてもらおう。
「目的はお金? それとも寝床? この家は好きなように使ってもいいから、殺さないでほしい。もちろんお母さんも」
「殺したりしないよ。そう警戒しないでほしいな」
「警戒しないなんて無理な話だよ。人の家の前で寝ていた不審者のくせに。あと、お供の彼女さんはどうしたの?」
「彼女じゃない! なんというか、命乞いしてるとは思えない態度だね」
なんだ、恋人同士じゃなかったのか。もう少しからかってみようかな。
「彼女じゃないの? お似合いなのにな」
「え……そ、そうかな? 本当は彼女なんだよ。見る目があるお嬢さんだね」
「よく言われる」
さてと、無駄話はこのくらいにしようかな。
🌙
最初見た時から思っていたことだけど、このお兄さんは悪い人じゃない。だから、この家で起きたことを聞いてみた。私の勘では、お兄さんの彼女さんが関係していると思うから。
「お嬢さんの家に泊まれないか、お嬢さんのお母さんに聞いているときだった。ソフィア……僕の彼女の名前なんだが、ソフィアが突然頭を抱えてしゃがみ込んだんだ。お嬢さんのお母さんは心配してくれて、ソフィアを家で寝かせてくれた。それからしばらく看病していると、ソフィアは何も言わずに立ち上がり、家に飾ってあった杖を奪った」
え、もしかしてお父さんの形見の杖? それは不味いよ。
「ソフィアは暴れ出した。お嬢さんのお母さんを気絶させて、僕も魔法で吹っ飛ばされた。そのまま村の外へソフィアは出ていってしまったんだ」
「ちゃんとドアは閉めて行ったんだね」
「……閉めて行った」
何が起きたのか分かった。やらないといけないことも分かった。さてと、もう一度取引だ。いや、交渉かな。
「お兄さんはソフィアさんを助けないといけないよね?」
「ああ、あのままにしておけない。お嬢さんには話す責任があると思い話したが、すぐにでも後を追いかけるつもりだ」
「なら私も連れて行ってよ。杖を取り返さないといけない」
お兄さんは困ったような顔をする。まあ、気持ちはわかる。
「それはできない。外には魔物がいる。そんな危険な場所に少女を連れてはいけない」
「ロリコンじゃないから?」
「危険だからだと言っているだろ!」
もう、ちょっと冗談を言っただけですぐに怒鳴る。子供に怒鳴りつけたら駄目なんだよ。
さてと、交渉の続きだ。
「でも、私を連れて行った方がいいと思うなー」
「それはどうしてだい? まさか魔物と戦うとでも言うつもりかい?」
「ソフィアさんが持って行った杖。あれは私のお父さんの形見であると同時に呪われた杖でもあるんだよ」
お兄さんは「なるほど……」と言っている。色々と察してくれたのかもしれない。でも、一応全部喋っとく。
「私のお父さんは呪われた武器に耐性があったの。そして、お父さんの娘である私にも耐性がある。つまり、私がいないと杖を私の家まで届けるどころか、ソフィアさんから奪うことさえできないんだよ」
「……仕方ない、か」
よし、やっと交渉はお終い。
🌙
「ねえ、お母さん大丈夫かな?」
リーゼおばさん呼んでくるの面倒だから聞いてみる。冒険者なんだから傷のこととか私よりも詳しいでしょ。
「どれどれ……大丈夫。そのうち目を覚ますよ」
「そんなにお母さんの体をべたべた触って……まさか!」
「違う! まさかと思うが、僕のことからかっているのかい?」
今更気付いたんだ。せっかくだしもうひと押ししようかな。
「良かった。やっぱりロリコンなんだね。やっぱり子どもの方がいいよね」
「はぁ……もう何でもいいよ」
諦めちゃったか。つまんないの。
「さあ、早くソフィアを追いかけるぞ。準備はいいかい?」
いや、駄目でしょ。
「お母さんを誰かに看ていてもらわないと。あと、明日学校休むのも伝えないと駄目だし。お兄さんたちのせいでやることがいっぱいだよ」
プンプンと怒ってみた。
「……どうせ今から追いかけてもすぐには追いつけない。なら、一晩休んで万全の状態で追いかけた方がいいか」
お兄さんは自分に言い聞かせるように呟いていた。恋人が呪いの杖持っておかしくなっているのだから、私には見せないようにしているみたいだけど相当心配しているはずだ。ソフィアさん、魔物に食い殺されちゃう可能性だってあるし。
「じゃあ、明日の朝に出発しよう。ところで、呪われた……ではなくて、お父さんの杖は強力なのかい?」
「お父さんのことをお義父さんって言った? やっぱり」
「そういうのはもういいから。で、どうなんだい?」
呪われた武器には二種類あると言われている。呪われててしょぼいゴミ。呪われているけど、使いこなすことができれば強力なすごいの。お父さんの杖は後者だった。
「強いよ。さすがに世界征服とかはできないけど、戦争で戦況を左右する程度には強いって死ぬ前に言ってた。たぶん、ソフィアさんは魔法使いみたいだったから、杖の呪いに魅入られちゃったんだね」
🌙
部屋が荒らされていたことを思い出して、お兄さんと一緒にお片付けをした。お兄さんが働き者だったおかげですぐに綺麗になる。部屋が綺麗になるとお腹が空いてきたから、私の手料理を振る舞ってあげた。ゆでたジャガイモと焼いた玉ねぎをごちゃ混ぜにした、ポテトサラダみたいなの。私にはこんな料理しか作れない。材料も少ないし。
「ソフィアの料理よりかは料理だよ。あ、本人には言わないでね」
どうやら満足してくれたようだ。こんな料理でこの評価なら充分でしょ。
「お母さん起きないね」
「普通の魔法ではなくて、呪われた杖から放たれた魔法を受けたからかもしれない。呪いについてはお嬢さんの方が詳しいと思うが、何か心当たりはないかい?」
うーん……うろ覚えだけど少し教えてあげようかな。
「眠り続けちゃう
呪いを変に刺激すると悪化する可能性がある。だから、呪いには適したお呪いをするのが一番安全。
「お呪いをするとなると、少なくても持って行かれた杖以上の杖がないと効果はないかな。呪われていない杖でもいいんだけど、何か良いの持っていない?」
「ソフィアの杖なら持っているが……」
「あー、全然駄目だね。こんな安物じゃあ、呪いを悪化させちゃうだけだ」
ソフィアさんの杖はガラクタだった。もしかしたら、お父さんの杖がソフィアさんの杖の魔力を吸収してしまったのかもしれない。そんなことがあるのかは知らないけど。
🌙
長話とか色々あったせいで、今日は寝る時間になってしまった。残念ながらお母さんは目を覚ましていない。本当に呪われてしまった可能性が出てきた。
あ、そうだ。寝る前にお兄さんとすることがある。別に明日でもいいんだけど、このままズルズルと後回しにしているとタイミングが無くなってしまう。
「お兄さん。そろそろやろうよ」
「……え、何を?」
「もちろん自己紹介だよ」
ソフィアさんの名前は知ってるのに、いまだにお兄さんの名前を聞いていない。お兄さんも私の名前を知らない。別に名前を知らなくても不都合はあまりないけど、明日から一緒に旅をするのだから、いつまでも名前を知らないというのは変な話だ。
そんなわけで先に名乗ることにする。
「私はルナ。十歳だよ。闇魔法の呪い系統をちょっとだけ使えるけど、たぶん足手まといになるかな。よろしくね」
自分でも惚れ惚れするほど礼儀正しい自己紹介だね。これはお兄さんのハードルを上げすぎちゃったかな。
「十歳にしては大人びてるね。それに闇魔法を使えるなんて驚いたよ」
「早く自己紹介してよ。おねむの時間なんだから」
「ああ……すまない。僕の名前はフレン・シルバード。フレンと呼んでほしい」
名前の後になんかついてるのは貴族だけって聞いたことがあるけど、お兄さんは貴族ごっこしているのかな? 本物の貴族が旅をするなんて聞いたことがない。
「もともとシルバード家っていう貴族だったんだけどね。町を歩いているときに見かけたソフィアに一目惚れして家を出たんだ」
「こっそり?」
「こっそり」
すごいね。簡単に言っているけど、家を捨てるなんて簡単にできることじゃないよ。
「年齢は十八歳。貴族だったころから剣技を教えてもらっていたから、今は傭兵をやっているよ」
あ、傭兵なんだ。魔物の討伐や国同士の戦争に参加して報酬を受け取る仕事だったかな。もちろん死と隣り合わせで、楽な職業ではない。
「僕の自己紹介は以上でいいかな?」
「いいよ。よくできました」
「はは、よろしくね。えっと……ルナちゃんでよかったかな?」
レディーの名前を忘れるなんてサイテー。合ってたから許してあげるけど。
「合ってるよ。改めてよろしくね」
「ああ、よろしく」
……えっと、なにシルバードだっけ?
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