◆メイドの仕事(2)
嘘は本当に一つとして吐いていない。
あの堅物がロイに命じるでもなく、苦手な森へ自ら迎えに行ったのだ。
口ではぶつぶつと文句しか言っていなかったが、心配だと叫んでいるようなものだろう。
「ふーーーーーーーん……」
ミアが嘘や冗談は言っていないと分かったのだろう、テュロルドは意味深に伸びた応えを寄越す。
「いくらカイゲツがゾッコンだとしても、カイゲツを好きになる物好きなお嬢さんなんて居るの? お金目当てじゃない貴族でだよ?」
「その疑問は最もなのですが、何故かお嬢様の方が旦那様にメロメロでして」
あんな根暗卑屈男のどこが良いのか。
それはミアも常々疑問に思っていた。
これまでの婚約者達の反応はと言えば、屋敷を見て質素さにがっくりと肩を落とし、美丈夫なカイゲツを見て少し頬を染め、彼の性格と屋敷の異常さに気付き逃げ出す者ばかりだった。
「とんでもないブサイクでほかに貰い手がないからとかそういうこと?」
「器量はかなり良い方かと」
「性格が悪いとか」
「私と親友になるくらいには良いです」
「待ってそれもびっくりなんだけど。え、ミアと親友?」
ミアを娼館から連れ出したのは他ならぬテュロルドだ。
以前からの彼女を知っているからこその驚きだろうが、なんとなくムッとしてしまい、ミアは続けてキャロディナを褒めた。
「銀色に輝く青い瞳とたっぷりとした健康な黒髪を持つ、とても聡明でお優しい子爵令嬢でございます」
テュロルドに対する嫌味で言ったのだが、嘘は一つも吐いていない。
「ミアがそこまでベタ褒めするなんて……。待ってよ、じゃあなんでその子はここに来たのかな。いくら爵位が低くても、見目が良いなら引く手数多だっただろう?」
「それは、お嬢様が赤子であられた時からついている魔物が、人の幸福を吸い取り不幸を与える力を彼女に触れる者へ無差別に使うからかと」
答えれば、テュロルドは目を瞬いた。
「お嬢様は魔物が視えていないので契約しているわけではないのですが」
「はぁ~、なるほどねぇ。それで家族にも周りの人間にも疎まれて恐れられて、体よくパイプとしてファルクネスに捨てられたわけだ」
実家では監禁されていたらしいことを伝えると、テュロルドはまた「なるほどねぇ」と重ねた。
見えはしないが魔物と共に暮らしてきた彼女にとって、ファルクネス邸の異様な雰囲気はそこまで違和感はなかっただろう。
誰にも敬遠されていたのなら、カイゲツの性格も苦にならないはずだ。
そんな少女にとって、監禁するでもなく敬遠するでもないここの暮らしは天国のようなものだろう。
「で、カイゲツはまんまと魔物に理解がある優しくて可愛いお嫁さんをゲット、と……。いいなぁ~次男は! 長男よりもまだ寿命に余裕あるんだもんね。僕も可愛い奥さん欲しいよ~!」
本当に羨ましいのだろう、テュロルドは顔を天井へ向けて頭を抱えた。
ファルクネス家の長子は家督を継げない。
継ぐのは一番下の男子である。
そして跡継ぎ以外の者が子を生すこともない。
当主が短期間で激しく変わる中で一族をまとめるのは至難の業だからだ。
同情の念を持ったミアの視線を、テュロルドは真正面から受けてみせた。
「カイゲツが無理ならさ。ミア、僕とかどう?」
とうでもないことを言い出すテュロルドに、ミアの目がスッと冷たいものになる。
「旦那様と結婚した方がまだマシです」
「そこまで言うかな。あれだけ嫌がってたカイゲツがマシとか、僕はなんなの?」
いい働き口を紹介してくれた恩はある。
しかし月に一度会うのも面倒なのに結婚だなんてとんでもない。
これから彼の短い一生をかけてどんなに喜ばしいことをされたとしても、これまでの鬱陶しさを考えれば好感度がゼロになるだけだろう。
よって、ミアがこの男を好きになることは絶対にありえない。
という感情を包み隠さずテュロルドを見ると、どこまで把握したのかは分からないが両手で自分の胸を押えた。
「うわぁ酷い。もっと僕を気遣ってよ~。こっちは身体と一緒に心まで弱くなってきてるってのにさぁ」
そのまま胸元の服をぎゅっと掴み、わざとらしくゲホゲホと咳をする。
冷めた目で見ていたミアだったが、咳が段々と本格的なものになってきたのですぐに彼の傍へ向かった。
「最近ね、実感することが多いよ。本当にもうすぐ死ぬんだなぁって。ゴホ、……」
「今回の仕事はもう終わったんですよね。今日はこのまま発たずに一晩だけでも屋敷で休んでください」
肩に添えた手をガシと掴まれる。
掴むと言うには弱々しい力に、ミアは痛ましげに目を細めた。
そんなミアの視線に気付き、テュロルドは優しく微笑む。
「いーよ、同情してくれて。昔と違って、同情されるのは嫌いじゃないから。その分優しくしてくれるし」
そうして優しさを、同情を貰ううちに微笑を浮かべることが上手になってしまったのだろうか。
出会ったばかりの、悲劇を受け入れたうえで飄々とした若者の面影は、そこにはなかった。
「優しくされるだけで、心がぱっと元気になる。すごく嬉しくて、こっちまで優しい気分になる。分かるかなぁこの感覚」
そんなもの、分かりたくもない。
ミアはふるふると首を振った。
テュロルドは「そう」と呟き、ミアの手を離してこの話は終わりとばかりに声色を変えた。
「鎖、ありがとう。古くなったものはまたここに置いておくから、いつも通りよろしく」
「承知しました」
彼の嫌がる話題を続ける気はないので、さっと頭を下げた。
頷き、小屋から出ようとしたテュロルドが、また変な声で咳き込んだ。
話題を続ける気はなかったのだが、それでもひとこと言わずにはいられない。
「いつまでもふらふらとせずに屋敷で養生すればどうですか」
「封印のための道具として一秒でも在り続けるための養生なら、……そんなの、そっちの方が生きているとは言えないさ。まぁ、同じことを僕らはしてるんだけどね」
苦しそうに呟いたテュロルドの声に感情はなく、背を向けているので表情も見えない。
そう思ったところで、はたと、なぜ自分がここまで気を使ってやらねばならないのだと思い至り、ミアはいつも通りの顔と声で言った。
「格好つけるのは結構ですが、他所で死なれたら旦那様もとい私ども使用人に迷惑がかかることをお忘れなきよう」
「ねぇ、なんでこの空気の中でそんな厳しいこと言えるの? ねぇなんで?」
「格好つけて背を向けて意味深なことを言うような男の作った空気など読む気はありません」
振り返る彼にはっきりとうろんな目を向ける。
ここまで会話のペースを奪われていたことに今さら腹が立ってきたのだ。
「うわ。痛った。ミアって本当に僕に厳しいよね」
「旦那様にも厳しいですよ」
「あれ、なんで雇い主にだけ厳しいの……?」
「臆病者は嫌いなんです」
これまでも同じような質問を幾度となくされてきたが、本音を言ったのは今日が初めてだ。
答えてくれたことに目を丸めたテュロルドだったが、すぐにいつものへらっとした表情に戻り、何もなかったかのように再度背を向けた。
そしてこれ以上ミアに何も言わせまいと、小屋から出て行きながら最後の言葉を残す。
「この状況から逃げずにいたら、今度こそ僕らの精神は壊れるよ」
ミアとしてもこれ以上会話を続けたくなかったので、何も言わずに見送った。
完全に足音が聞こえなくなるまで待ち、床に置かれたボロボロの鎖を手に取り、小さく呟いた。
「そうやって全部受け入れて諦めて、無意味に逃げて、……抵抗しようともしないから嫌いなんだよ、あんたたちが」
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