◆回る乙女と粗略な庭師 2

 置いていた器具を再度担ぎ上げたロイに促され、キャロは屋敷の西側へと向かった。

 本業とは一体どういうことなのだろう。

 彼の仕事は庭師だと聞いていたが。


 屋敷の壁を越えて視界が広がると、思わず「わぁ……!」と驚嘆の声を零す。


「すっげぇだろ。ここがこの家の中枢っつっても過言じゃねぇんだぜ」


 そこには、屋敷に存在するはずのない畑が広がっていた。

 広さで言えば屋敷と同じぐらいのもので、表にある花壇よりも断然広い。


 何列にも掘られたうね畝では様々な野菜が育てられていた。

 キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、そして朝食にも出てきたラディッシュやルッコラ……。


「引きこもりが乗じてな、買いに出るのも売りに来られるのも煩わしいっつってさ、自給自足型な一家になっちゃったらしいぜ。楽しい仕事させてもらってるから文句はないけどやっぱこの家変人ばっかだよなー」


 ケタケタと笑いながら、ロイは担いでいた農具を置き、キャロの隣に腰掛けた。


「仕事はいいの?」


「自然農法だからな、毎日細かく手入れしなくても勝手に育つ。美味くなるかは天候次第ってな」


「そんな適当な……」


 キャロは知っていた。

 そんな簡単に美味しい野菜が育つわけではないと。

 ショーヴル領地では殆どの領民が農家だったのだ。

 キャロは彼らの仕事ぶりを、そして野菜の味を毎日のように見て、知っていた。


 朝食は美味かった。

 塩と黒胡椒のみで味付けしたラディッシュのスープ、さっぱりとしたビーツのサラダ。

 どれも無駄のないシンプルなものばかりだったが、とても美味しかった。


「今朝のスープもサラダもここの野菜から採れたものなんだよね」


「ああ、ったりまえよ」


「美味しかったわ。ロイは本当に庭師だってのね。……庭師で合ってる?」


「あ~、まぁどうでもいいんじゃね? 庭師以外の仕事もするし。どっちにしろ求められるのは嬉しいもんだよ。この家では野菜はすげぇ重要だから」


 ロイが立ち上がり、畝へと歩いていく。

 小さな雑草をちまちま抜くという豪快な性格に合わない作業をしながら、ニヤッと笑ってみせた。


「面白い話をしてやろう。旦那様達は引きこもりで根暗なくせに、積極的に野菜を摂ったり毎日欠かさず運動したりと健康にはすげぇ気を使ってるんだ。どうしてだと思う?」


 少し彼の声が遠くなったので、キャロもロイの隣にしゃがみ、雑草を抜く作業を手伝う。

 スカートが地に着いているが、ここの土はさらさらしているので気にすることはないだろう。


「…………それは、」


 気まずげに言いよどんだキャロに先手としてロイが重ねる。


「おっと、短命だからじゃねぇぜ」


 あっさりとその単語を言い切るロイに驚いた。

 ここの使用人は本当に開き直った人が多い。

 ワケアリだと言っていたし、キャロとは生きてきた経験値が違うのだろうきっと。


 しかし、だとすれば答えが思いつかない。

 うんうんと唸るキャロに、ロイはしょうがないなとヒントをくれる。


「ミアもわりと気にしてるみたいだぜ」


 言われてピンと思い当たる。


「絆術師だから?」


「正解!」


「やった! でもどうして絆術師が健康に気を使うの?」


「いざというときの為なんだと」


 雑草を抜く彼の手つきはとても丁寧だ。

 しかし口から出る言葉はとても荒っぽくて、正直人に教えることにあまり向いていない。


「なんか、力を使うとめちゃくちゃ疲れるんだってさ。ちょっと使うのも屋敷の周りを全力疾走するようなもんらしいぜ。けどこれが生業だからな、体力を蓄えなきゃいけねぇし健康にも気を使わなきゃなんねぇってことらしい。旦那様なんて多分今頃狂ったように走ってんだぜ、大変だよなぁ。旦那様もミディアンヌ様もルドも、毎日よくやるぜ」


 聞き慣れない名前にふと顔を上げる。


「ルド?」


「ここの長男のことだよ」


 ロイは立ち上がり、畑の奥に横倒しで置いてある、石壁の大きな欠片の上に持っていた雑草を捨てた。


「抜いた雑草な、ここに置いといてくれ。今日はいい天気だしすぐ枯れるだろ。地面に捨てると夕方には根を張りなおすからなぁこいつら」


 言われるままに、キャロも石壁のところまで言って雑草を置いた。

 壁の上には薄茶色に枯れた雑草がカサカサと風に吹かれている。

 ロイはまた先ほどの畝まで戻り、雑草を抜く作業を続けた。


「テュロルドって言ってな、俺の親友なんだ。つっても子供ん頃以来クチ聞いてもらえねぇんだけど」


 ロイは少し眉を下げて、それでも歯を見せて笑った。

 彼らしくない笑顔にキャロは何も言えなくなる。


「なぁんかいきなり話したがらなくなってな。旦那様が陰気になったのと同じくらいの時期だったから、二人とも同じ理由なんだと思うけど」


 短命。


 ふと頭に浮かんだのはその単語だった。


「残す方も残される方も……」


 言われた言葉が思わず口から出てしまう。

 ロイが片目を見開きこちらを見た。


「……ナニソレ?」


「さっきカイゲツにそう言われた」


「えっなにそれどうなってんの? 昨日と今日の間に何があれば旦那様がそこまで本音出せんの?」


 ロイは本気で驚いていて、すっかり作業の手を止めてしまっている。

 先ほどの会話を思い出してしまい、キャロも作業どころではなくなった。


 キャロは既に語る態だし、ロイも先を話すことを望んで待っている。

 総意として、全意識が会話へと向けられた。


「あなたを愛するから私を愛してって言ったの」


「おお、えらい積極的だな」


「だって私、ここを追い出されたらまた屋敷に戻って監禁生活だもの。カイゲツは私の事情も知ったうえで理解してくれたし、影響も全然ないみたいだし。何より彼は優しくて真面目で素敵だわ」


「監禁? 事情? 影響?」


 そういえば、まだロイには何も伝えていなかった。

 魔物が見えるミアは何も言わずに受け入れてくれたけれど……。


 ミアの前でカイゲツに事情を説明してもらった時に決めた覚悟を思い出す。

 喉がゴクリと鳴った。


「言いたくないなら別にいいよ」


 デリカシーは皆無だが、こういった空気は読めるらしい。

 キャロは作業に戻ろうとしたロイの眼前に手の平を向けた。


「違う。待って。聞いて。ここで住むんだもの、ロイにも知っといてもらわなきゃいけないし……私は、自分の話しをすることに慣れなきゃいけないの」

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