◆回る乙女と粗略な庭師3

 そう言って、キャロは告白した。

 これまで誰にも、絶対に自分から言わなかったことを。

 かいつまみではあるが、ひどく緊張した。

 顔も身体も強張りうまく呼吸が出来なくなる。


 たどたどしいキャロの言葉を、ロイは最初から最後まで表情を変えずに聞いてくれた。

 それが安心できることなのかすらキャロには解らない。

 ただ、口を閉じることだけはしなかった。


「カイゲツとミアは違ったの。〈不幸〉にならなかった。魔物が見えるからって。……私に触れてくれた」


 ふぅと一息つくと、話しが終わったと理解したロイが「はぁ~、」とマヌケな声を出した。


「幸せを吸って不幸を与える、ねぇ。そりゃまた超レアな魔物を連れて来たもんだ」


 その言葉に思わず眉をハチの字にする。


「……ごめんなさい」


「いやいやキャロが悪いわけじゃねーから。くっつかれてんだろ、そりゃしょうがねぇよ。でもアレだよな。絆術師になれたとしてもその力じゃ商売にはし辛いな?」


 どうやら彼には魔物=商売道具にしか思えないようだ。

 あんなに緊張したのはなんだったのだろう。

 思わず両肩が下がる。


「ミアもだったけど、こんな話しを聞いてもあなたは平気なのね。気味悪くないの? もしかしてうちの屋敷がおかしかっただけで、外の世界ではみんなこんな反応なの?」


 そうだとしたらいいのにと思い口にした願望だったが、あっさりとロイに否定される。


「そりゃねぇな。この屋敷から外に出りゃあ魔物なんてただの妄想だ。誰も信じちゃいねぇ。でもあんたは間違いなく人を不幸にする何かを連れている。間違いなく迫害されるだろうよ」


 歯に衣着せる物言いと物騒な単語に、下唇を噛み締める。

 迫害。あまり耳馴染みのない、文字でしか呼んだことのない言葉だ。


「確かに監禁はされたんだろうけど、あんたはちゃんと守られてたんだろうよ。多分な」


 無責任な慰めではあったが小さく頷いた。

 守られていたことは解っている。

 領地の農民達が自分を見る目と、父親が自分を見る目では否定の種類が違ったから。

――父親は、決してキャロに石を投げつけるようなことはしなかった。


「うん……、うん。そうね。屋敷じゃ、一番私を大事にしてくれたメイドでも滅多に触れてくれなかったんだけど。あ、怖がってたからじゃないのよ。彼女に〈不幸〉が起こることを私が嫌がっただけだから」


「そりゃいいこった。愛されずに育つと人間どうなるかわかんねぇからな。俺もここに来てルドと親友になってなけりゃ、今頃犯罪者だったな」


「そういえば子供の頃からって言ってたけど……ここに来て長いの? それに、ミアとロイ以外の使用人に会わないんだけど」


 いかな小さな屋敷と言えど、使用人があと一人居てもいいと思うのだが。

 朝食が終わり、すぐに仕事へと戻ったミアを思い出す。


「ここに来たのはまだ一桁の年齢だったかなぁ。自分の年齢知らねぇんだ。人数は俺とミア、あとはレルアバドのおっさんの三人だけだよ。つってもおっさんはずーっと大婆様んところに居るから俺でも滅多に会わねぇけど」


「もう一人増やしたりしないの?」


「入ったそばから辞めてくんだよ。こんな陰気なところ居てらんねーっつって。残ってるのはワケアリの奴ばっかだよ。慣れちまえばこんないい仕事場ねぇんだけどな。基本的に自由だし、サボっても怒られねぇし、給金はよその二倍ぐらいだし」


 一般的な給金がどれほどもらえるのかは知らないが、二倍が破格ということは分かる。


「絆術師ってのは、ここん家みたいにレアな力さえもてれば簡単に儲かるんだよ。特に旦那様の依頼なんてほとんど王命だからなぁ」


 突然の王命発言に、キャロは泡を食って何ごとかを叫んでしまった。

 何を言ったのかは自分ですら分かっていないし、多分言葉ではなかった気がする。


「戦争に駆り出されんだよ。旦那様がいりゃあ遠くの部隊にも即時命令が出来る。そうなりゃ勝率が格段に変わるぜ」


 このキディック国は、キャロが生まれる前までそれほど大きな国ではなかった。

 ナルキス大陸の最南に位置するキディック国は、山のない国であり、近くに大陸があるわけでもない。

 資源も貿易も見込めない小さな国ということで近隣諸国には相手にされぬまま放置された地味な国である。


 しかしここ二十年ほど、他国で小さな小競り合いのような戦争をしては国土を広げ、じわじわと拡大している負け知らずの小さな戦争国だ。

 なぜこのような資源も兵も少ない小さな国に勝つことが出来ないのかと、近年では近隣国にとっては未知の国として忌避されている。


 しかしそれらを最も不思議に思っているのは国民なのだ。

 大きく徴兵された覚えはない、戦争に必要なほどの資源を求められた覚えもない。

 なのに着々と戦争に勝利し国土を広げるこの国は、中に住んでいたとしても不気味なものだった。


「キディックの軍隊には、秘密裏に動く絆士隊ってのがある。うちは誰も入ってねぇけど、レアな力を持ってる術師は金目当てでほとんどそこに入ってるんだ」


「レア……。ねぇ、私はいまいちその言葉がしっくりこないんだけど」


 というのも、人ならざる力を有しているだけで十分レアなことだからだ。

 魔物の存在を信じていなかったキャロにとっては絆術師として天魔の力を使えるだけで驚嘆に値する。


「普通はなぁ、小さな風を呼んだりちょっとだけ目や耳が良くなるとか声が大きくなるとか、髪や爪が早めに伸びたりとか、普通にがんばりゃ出来ることが多いんだ。わざわざ魔物に頼る必要もないことがな。そうだなあとは、契約したはいいが力の使い方が分からなかったりな」


「術師って言うぐらいだもんね。何か術が必要なんでしょ?」


「いや、“術”って付けてるのはただの牽制らしいぜ。本当は契約して天魔に命令するだけでいいんだってミアが言ってた。契約さえしちまえば簡単に使えるって思われたら後々面倒だから術師ってことにしたんだと」


 命令するだけ、というお手軽さに驚いた。

 確かにそんなに簡単だと知られれば我も我もと契約する人民が増えることだろう。

 しかし。


「面倒なことっていうのは? そうやって術師が増えた方が国としては有り難いんじゃないかな。レアな力も探しやすくなるでしょうし」


 絆士隊が存在するのならば尚更である。

 存在を公にし、術師を増やした方が効率は良い。


「それがなぁ、術師も隊も、その存在は極秘なんだ。まことしやかに噂されてる程度のな。他国が真似しちゃたまんねぇし。つってもお貴族様は絆術師を知ってるしよく依頼に来るんだけど。どっちにしろ依頼両が高けぇから庶民には雲の上の存在ってな」


 絆術師が居るおかげで戦争に勝てているのだ、他国が同じものを抱えてしまっては勝率が格段に下がるだろう。

 キャロはなるほどと納得した。


「魔物も天魔も話せないし、力も使いようがなかったり分からなかったりすることが多い。一番傑作だったのは、アレかな。水嫌いのカナヅチ男が天魔と契約したはいいけどその力を知らないまま十年経って、ある日うっかり川に落ちた時に水中で呼吸が出来ることに気付いたって話かな。とにかく、めちゃくちゃ狭い条件と範囲の能力が多いんだ」


 対するファルクネス家は狙い済ましたかのように実用的な力ばかりだ。

 人間ではどうしようも出来ないうえに使い勝手の良い力。


「ここは本当に凄い家なのね……」


「金は有り余るほどあるぜ。旦那様たちは力は使えても金の使い方はしらねぇから、馬鹿の一つ覚えみたいに孤児院に寄付するばっかだし。もうちっとここのために使って欲しいんだけどなぁ」


 昨日から再三「金はある」と言われていたが、どうやらそういう理由があったらしい。

 むしろ、ロイは屋敷のために金を使いたいようだ。


「カイゲツに頼んでみれば? ケチする人じゃないでしょう」


「いや~、この畑に結構な金使ってもらってるからなぁ。そのうえ家ん中までーってのはいかな俺と言えど口出し辛ぇよ」


「今こんなにサボっておいて言い辛いも何も無い気がするけど……」


 ここへ来て喋っているうちに、太陽は随分上へと昇っている。

 まともな使用人ならばこんなに長時間話すことはないだろう。

 ロイは隠れていない方の眉を吊り上げてニヤッと笑った。


「じゃあそろそろ仕事に戻ってやるとするかー。いいですねぇオジョウサマは、仕事なんてなんにもねぇんだもんなあ?」


 飄々と立ち上がり、一応主人の婚約者に対して嫌味を言う辺りが図々しい。

 畝へと入り、キャロを気にした風もなくせっせと働き始める。


 しかしその嫌味はしっかりと心に的中し、キャロは拗ねたように口を突き出した。


「……ねぇ、カイゲツのお兄様はいつ屋敷に帰られるの?」


「俺いま仕事中なんですけどー。……そろそろじゃねぇかなぁ」


 文句を言いながらも答えてくれる辺り、ロイは憎めない奴だと思う。

 さっさと情報だけ抜き出して邪魔者は離れるとする。


「ミディアンヌ様にはいつ会えるのかしら?」


「あの人は完全に夜型人間だからなぁ。昼には起きてるけど、用を足す時くらいしか部屋から出ないぜ。つってもお嬢様はその来客が多いんだけど。陽が沈んだら玄関まで出てみな、きっと会える」


 礼を言いつつ、ロイのうんざりとした声に心の中で首を傾げる。


「苦手なの、ミディアンヌ様のこと」


「いや……単純で扱いやすいし嫌いじゃねぇよ……ただ、俺はああいう臭いは得意じゃない。嫌いだ」


 ミディアンヌは酷い悪臭の持ち主なのだろうか。


 とにかく夜になれば全て分かるだろう。

 これ以上邪魔をするわけにもいかないので、キャロはその場を去ることにした。

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