◆少女の疑問
*ここから1ページ毎の文字数を増やします。PV数など何も考えていなかったので、小分けにしてしまったうえにページ更新も多く読み辛い文章を投稿してしまい申し訳ございません。
ちなみにですが、明日からようやく、本当にようやくキャラクタ達の物語が進む予定です。
今後とも『天魔の風唄』をよろしくお願い致します。
2016.3.4 琴あるむ
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紅茶を淹れに行こうとしたところで廊下を通りかかったメイドと初対面をしたのだが、挨拶もそこそこに「モーニングティーを淹れてまいりましょうか」と言われたので折角だからとお願いすることにした。
メイドのミアが淹れてくれた紅茶はグラーシャの紅茶のような芳醇な香りはなかったが、すっきりと爽やかな味だった。
ミアは黒髪を肩に付かない長さでばっさりと切っている。
女性の髪は長くあるべきなのに、なんとも思い切ったものである。
さっぱりとした性格なのだろうな、と紅茶の味からもそう思う。
ミアと二人で「飲みやすくて美味しいわ。どう淹れればこんなさっぱりした味になるのかしら」「ありがとうございます、それはですね」というやり取りをしていると、痺れを切らしたカイゲツが咳払いをひとつしてキャロを睨んだ。
「聞きたいこととはなんだ。今日は昼から来客がある。手短に言え」
「ではまずひとつ目ですが」
「ちょっとまて」
途中で止められてキャロはピタリと口を閉じる。
言えと言うから言ったのに。
「ひとつ目とは何だ。いったいいくつあるんだ」
「いくつ……数えてないから分からないけれど、片手では足りないぐらいあります。数えましょうか?」
ごく真剣にひーふーみーと指を折れば、後ろに控えているミアが「ブフゥ」と笑った。
カイゲツと二人で彼女を見ると、澄ました顔で「失礼。お気になさらず」と謝られたので気を取り直してカイゲツと顔を合わせる。
「いい、分かった。時間が許す限りは答えてやる。出来るだけ簡素に聞け」
「はい、頑張ります」
それはそれは嫌そうな顔をしてはいるが、全て答える気でいるらしい。
こんなに面倒見の良いところがあるのに、なぜそうも人と関わることを嫌がるのだろう。
最初は、たった今浮かんだ疑問を提示することにした。
「ではまず、なぜそうも人を嫌うのに嫁を探してるんですか?」
ひとつ目の質問からカイゲツの眉間に皺が出来た。
「……ファルクネス家は代々みな短命なんだ。早めに子を為さねばならない」
「カイゲツ様は今おいくつなのです?」
そういえばと思い両手を顔の前で合わせれば、カイゲツはもごもごと口の中で何事かを呟いた。
どうやら答えたくないらしい。
ならばやはり自分で考えるしかない。
とは言え、これまでキャロの周りには、メイドか執事か家族くらいしか居なかった。
若い男と言えば長男と次男のみだ。
長男とはろくに話したこともない。
最も親しかった人間である次男は成人する前に他界してしまっている。
……思えば、五つ上の兄フレンはカイゲツよりも細かった。
首も、腰も。
肩だってカイゲツのように立派ではない。
「二十歳より上ということは分かるんですけど……」
遠慮なく眺め回され居心地の悪そうなカイゲツに向かって首を傾げれば、後ろから小さな声で「二十一歳です、お嬢様」と声がかかった。
ミアである。
「おい」
「失礼。独り言です」
「お前はクビだ」
「長期間働いてくれるメイドが見つかるのでしたら解雇されてあげますよといつも申し上げておりますが」
「俺は屋敷の主人だ」
「なら年齢くらい堂々と言ってくださいませ」
二人の会話を聞きながら、父とグラーシャを思い出す。
あの主従関係は完全に逆だったが、ここでもそう変わらないらしい。
もしかするとどの屋敷でも、結局全てを握っているのはメイドなのだろうか、とさえ思う。
「短命っていったいどのくらい?」
ミアとにらみ合ったままのカイゲツは早口で答えた。
「祖父は三十六、叔母は三十一、父は三十七歳で死んだ。四十生きた者は居ない」
不機嫌なままでまくしたて、言ったあとにはたと口をつぐんだ。
どうやら答えるつもりはなかったらしい。
キャロは驚いた。三十七歳と言えば、自分の父と同じくらいの歳である。
父はまだまだ元気だし、祖父も祖母も健在だ。
「なぜそんなに早く逝ってしまうのですか……?」
この質問には、さすがにカイゲツもむっつりと黙り込んでしまった。
どうせそうだろうなと思っていたので、キャロは「では、質問を変えます」と言い、続けた。
「いつか私に教えてくださいますか?」
「…………ファルクネス家にしか教えることは出来ないことだ。教えたが最後、ファルクネスを抜けることは許されない」
と言うことは、キャロディナ・ファルクネスには教えられるという意味か。
続けられた物騒な言葉はキャロにはあまり関係なさそうだと思い聞かなかったことにする。
「なら、いつか教えてくださいね」
言外の意をくみ取ったうえでにこりと笑えば、カイゲツは目を丸くした。
「俺との婚姻を受け入れるのか」
「拒否する理由もありませんし、カイゲツ様のことは嫌いじゃないもの。どちらかというと、わりと好きよ」
あっさりと言い切る。
カイゲツから息を呑む声が聞こえた。
チョコレート色の目が化物でも見るように開かれる。
キャロは、あらと手を口元に持っていった。
――ようやく、カイゲツ様のちゃんとした瞳を見られたわ。
それがいいものであろうと悪いものであろうと、感情の灯った瞳を見ることが出来た。
なんだかそれがとても嬉しくてキャロはにこーっと笑う。
「カイゲツ様は、私と結婚してもいいと思ってくれますか?」
子供のような笑みを向けられて、カイゲツは素直に戸惑った様子を見せた。
まるで、そんな笑顔を女性に向けられるのは初めてのことのように。
「……元から、俺でもいいと妥協してくれる娘なら誰でも良かった」
突き放した言い方ではあったが、了承は了承だ。
「良かった。カイゲツ様が頷いてくれなかったら、きっと私は一生独り身で家にとじ込められてたはずだもの。ねぇ、結婚できるならいつになるんです?」
ズイと身を乗り出せば、その分、まるで空気の固まりで押し出されたかのようにカイゲツの身体が下がった。
「来月? 三ヵ月後? それとも半年? 普通はどれくらい婚約期間があるものなのかしら、私あんまり恋愛小説は読まないし、結婚なんて一生できないと思っていたから家族も誰も教えてくれなかったし、年頃の女性として恥ずかしいことだけれどその知識はないんです」
グラーシャは他の様々な常識を教えることでいっぱいいっぱいだった。
来るはずの無い婚姻関係の知識は後回しにしようとしていたのだろう。
目を、朝日を受けた青い水面のように輝かせて興奮するキャロに、カイゲツはおろおろと視線を彷徨わせる。
「今はせっかくの初春なんだもの、式をあげるなら暖かな日がいいわ! ……式は、挙げますよ、ね?」
結婚する時は式をあげるものだ。
下流貴族どころか庶民だって当たり前にそうしている。
しかしあまりにもカイゲツが困惑しているので、もしかしてこの家は式すら挙げないのかと不安になった。
ここに来たのは昨日のことだが、まだカイゲツとロイとミアの三人にしか会っていない。
疲労で眠り込んでしまったので、実質屋敷に入って半日ぐらいなのだが。
「………………心の準備を……、……させてくれ」
掠れた声で捻りだすように言ったあと、カイゲツはすっかりぬる温くなった紅茶を少しだけすす啜った。
「……そうね、まだ私たちは会って日が浅すぎるし、こういった話をするのは早すぎましたね。ごめんなさい、もし私が何か失敗して、カイゲツ様の機嫌を損ねて帰れと言われたらどうしようかと……気が急いてしまいました」
もはや椅子に座ったまま後ろに倒れてしまいそうな体勢のカイゲツを見て冷静を取り戻す。
さすがに気が早すぎたと反省する。
椅子に座り直したキャロがあまりにもしょんぼりとしていることが気になったのだろうか。
意気消沈していたキャロに、カイゲツがゆっくりと口を開いた。
「カイゲツだ。様はいらない。敬語も使わなくていい」
キャロは下げていた視線をはたりと上げた。
青い銀色の瞳に見つめられ、カイゲツはテーブルの上で組んでいた手にグッと力を入れる。
そのまま沈黙が流れた。
人が動く気配がしたかと思うと、ミアがテーブルの隣に立っていて、ふたつのティーカップに新しい紅茶を注いだ。
二本の湯気が立ち上る。
「カイゲツ……?」
口に出してみる。
カイゲツは居心地悪そうに身じろぎした。
なんだかとても恥ずかしくなる。
頬が熱い。キャロは自分の両頬を手で隠した。
「あっあのっ! ここにはどんな方が住んでるんです?」
思わず敬語になる。
答えるカイゲツの声もどこか落ち着かず、動揺しているのは自分だけではないと思い少し落ち着いた。
「屋敷には、庭師のロイとメイドのミア、妹のミディアンヌが居る。あとガントという男が居るが、森にある離れに住む祖母の世話があるからあまり姿を見ることはない。兄のテュロルドは月に一度しか屋敷に帰って来ない」
「あら、お兄さんは引きこもらないの?」
「引きこもっ……、死ぬ前に兄は世界を見たいだとか何とか理解の出来ないことを言って旅に出ている」
どうやらこの一家にも外に出たいと思うまともな人間が居たようだ。
カイゲツはまるで異端を語るような口ぶりだったが、テュロルドとやらの主張はごくごく一般的なもののように思える。
「祖母のところへは行きたければ連れていくが今日は無理だ。来客がある」
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