第19話「偽者の正直な言葉」(後編・最終回)

 壇上。


「ここ最近の混乱について、多くの方が不安を抱いている状況が続いていると思います。どうして、こんなことになってしまったのか……。そう考えていることでしょう」


 群衆の一人が隣に話す。

「今日はずいぶんと堅苦しくない挨拶だな」

「一大事だからな。エナ様なりに考えたんだろう」


 演説は続く。

「この機会に、全てのことをお話しすることにしましょう。まず……、最初に断っておきますが、……私はプリンセスのエナではありません」


 困惑が一帯を包んだ。

 少し様子がおかしいと気づいた家来が慌てて壇上へと向かおうとするが、腕を掴まれる。


「!?」

 腕を掴んだ主はエバナだった。

「そのままにして……」

 彼女はただ壇上に視線を向け、そう伝えた。


 壇上のネウロは言う。

「私は……、魔王の娘です。そして……私のいちばんの親友、エナさんは……、今私の代わりに牢屋に閉じ込められています」


 そう切り出した後、ネウロは事の発端を説明し始めた。


 なぜ自分がエナと入れ替わったのか、なぜ魔王が復活したのか、この間の魔王の乗り移りは何だったのか……。


 最初はそれを困惑しながらも大人しく聴いていた群衆たちだったが、そのうちの一人が「何が親友だ馬鹿野郎!!」と野次を飛ばしたことがきっかけで、一気にあちこちから大声が飛び出した。


 それは次第に大きくなり、ネウロの言葉はマイクを使っているにもかかわらずかき消されてしまう。


「俺たちを騙しやがって!!」

「こっちはこんなに生活に不便を被ってるのよ!」

「偽者はそこから出てけ!!!」

 ありとあらゆる罵声がネウロを襲う。


* * *


 一方、牢の中のエナ。


 先ほどの手荒な男がやって来た。

 エナは彼の表情を窺い、思わず吹き出しそうになる。

 さっきまで威勢よく吠えていた様子が嘘のように、作り笑いを浮かべ、額には汗を垂らし、肩を縮めるようにして立っていた。


「どうしたの?」

 にやつきながらエナが尋ねる。


「まさか、あなたが本物のほう……なのですか?」

「……どっちだと思う?」

「申し訳ございません!!」スピード土下座。


 エナは立ち上がり手を腰に当て、うんうんと満足そうに頷いてから言う。

「そんな謝罪はいらないから、私をあそこに連れてって」

 指を差した先はテレビの液晶の向こうだった。


* * *


 とうとう収まらない罵声に喋るのをやめてしまったネウロ。

 おろおろと、きょろきょろと、どうにか事態の収拾ができないかと模索するが、何もいいアイディアは浮かばない。


 だが、その両耳の鼓膜をはち切れんばかりに刺激していたざわめきは、一瞬にして収まった。


 そしてネウロは背後に気配を感じる。

 振り返ろうとしてすぐに、ぽんと右肩を叩かれた。


 エナの姿だった。

「!! どうしてここに……!?」


「マイク貸して」

 そうマイクの位置を譲ってもらうエナ。


 エナは目を丸くした群衆をふふっと笑うと、口を開いた。

「私の親友ネウロがお世話になりました。ネウロが正直に言ったので、私も正直に言おうと思います。私が皆さんの前で今まで見せていた上品な振る舞いですが、……ぜーーーーーんぶ嘘です!! 城の中の人はみんな知っていますが、私、本当はワガママで、うるさくて、メチャクチャがさつな人間です! そんで、几帳面なネウロと入れ替わってもらったわけです」


 群衆も、城の職員も、みな口をぽかんと開けて聴く。


「城の生活が嫌になって替わってもらうように頼んだのも、うっかり魔王の封印を解いてしまったのも、全部私! だから……」


 すぅーっと大きく肺いっぱいに息を吸うエナ。そして叫ぶ。


「叩くなら、私を叩けぇーーーーーー!!!」

 マイクに乗ったその叫び声は、国中だけでなく、隣国にまでもこだました。


* * *


 数日後。

 これまでの騒ぎが嘘のように平和な日常が戻っていた。


 その周辺の平穏ぶりとは対照的に、授業を受けるネウロの顔は暗い。

(結局この生活に元通り……。いや、以前より生きづらいかも)


 そんなことを思っていると、休み時間を知らせるチャイム。

 授業が終わる。


「あの……」

 縮こまって座っていると周囲で、か細い声。


「……」

「あの!」

 それが自分に対する呼びかけだと分かり、慌てて返事。

「あ、私! はい! あ」

 ネウロが顔を上げるとクラスメートのミルだった。


「今大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど……」

「この前褒めてくれた手作りのイヤリング。材料買ってきたから一緒に作ろうと思って……。迷惑じゃなければ……」


 ネウロは目を一瞬にして輝かせた。

「迷惑じゃないよ! 全然! 教えて」

「うん!!」


 教えてもらっていると、次々とクラスメートが集まってきた。

「お、珍しい組み合わせ」

「何やってるの?」


 そして輪の真ん中にネウロはいた。

(あれ、なんかみんなの雰囲気が前とは違う……!!)


 しかし喜んでるのは束の間。


「フハハハハハハハハハハ」

 外からは魔王の笑い声。


 それまでの明るかった会話が途切れる。

 クラスメートの一人が顔を引きつらせながら尋ねる。

「ねぇ、ネウロちゃん。あの魔王……というか、ネウロちゃんのお父さん、何とかならないの?」


 申し訳なさそうに答えるネウロ。

「封印は専門的な技術が必要らしくて、まだこのまま。ごめんなさい」

「まぁいいんじゃない? 守り神みたいな感じで」とまた別のクラスメート。


「え……?」

 ネウロはその言葉にほっと安堵の表情を浮かべた。


* * *


 放課後、慌てて喫茶店に向かうネウロ。

 店内で息を切らして視線を往復。


「こっちこっち!!」とエナ。

「すいません、時間ぎりぎりで」

「いいのいいの。飲み物は? オレンジジュースでいい?」

「うん」


 そしてイスに座り、おそるおそるエナの横に座っていたエバナにも「こんにちは」と挨拶。

「どうも」と一言返される。


「あの、今日は何のようで私をここへ」

 ネウロが尋ねる。


 エナが両手を合わせて軽くお辞儀。

「お願い! また数日、私と入れ替わって!!」


「え? ええ!?」

 この申し出はいつかまたあるかと考えていたネウロだったが、それをエバナのすぐ横でそのお願いをされるとは思っていない。

 返す言葉が出てこない。


「ダメ?」

「いや、私はいいですけど……エバナさん……いいんですか?」

「ここだけの内緒ですよ」とエバナは穏やかな返し。

 ネウロはきょとんとした。


 腑に落ちないネウロの顔を察すると、エバナが再び話し始める。

「それに私は以前よりも信用しているんです。エナお嬢様のことを。……そして、あなたのことも」


 感動に浸りつつあったネウロだったが、エナが大声。

「あー、何そのイヤリング! 見たことない! かわいい!!」

「これ手作りなんですよ。学校の友達に今日教わって……」

「……!!」

「どうしたんです?」

「ううん! 何でも!!」

 エナは楽しそうに学校の出来事を語るネウロに歓びを感じ、ほんわかと優しい笑みを浮かべた。


 そのやりとりを真横で眺めるエバナは思う。(エナ様が……)

 そのやりとりを上からのぞき込む魔王は思う。(ネウロが……)


((いつになく……なんか楽しそう))


【終】

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超がさつなプリンセスと、マジメすぎる魔王の娘〈完結済み〉 九十 @kuju

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