第18話「偽者の正直な言葉」(前編)
(あれ、エナ様の首後ろに……、ホクロがある…………)
エバナは頭の中が真っ白になり、額からは汗が浮き立っていた。
「いや、まさか……」
思わず口に出すエバナ。
「どうしたの!?」
「い……いえ」(そんな……昨日も今日も、完璧にエナ様のはず。私の目はごまかせない。じゃあなんで首後ろにホクロが……)
結局、エバナは正体を突き止めることもなく、また問いただすこともなく、ただ唖然としたまま、目の前にいるエナかどうか怪しい少女の髪を整え、退室した。
部屋の中に一人ぽつん。まるで息を止めていたかのように大きく息を吐く。
「はぁー。バレてないよね? 昨日も今日もエナさんを完璧に演じたと思うけど……、でも最後のほうエバナさんの様子おかしかったなぁ。まぁいいか。よし、行こう!」
* * *
ステージのすぐ横、演説のスタンバイをする偽エナのネウロ。
晴れ渡る空の下、群衆のざわめきが耳に届く。
また、あらゆる箇所からテレビカメラも今か今かと登場を待ちわびていた。
救護施設の医者も看護師も、また避難所にいる大人や子どもたちも、皆食い入るように生中継のテレビ液晶を見入っていた。
少女が言う。
「ねぇ、ママ。私たち大丈夫よね?」
「大丈夫よ。きっとプリンセスの口から、魔王をやっつける手立てが発表されるから。私たちはそれを聴いていればいいの」
少女の母はそう頭を撫でた。
* * *
いよいよ壇上へとネウロが上がり、その場は拍手に包まれた。
もちろん皆が皆、正真正銘のプリンセス、エナであると信じきっている。
唯一、それが偽者であると知ってしまったエバナは、ただ横で突っ立っているだけ。
半日ものあいだエナの偽者だと見抜けなかったショックは、エナのことなら何でも知っているという自信を崩壊させていた。
登壇して十数秒が経過。
拍手は収まり、沈黙の注目がネウロに集まる。そして彼女の発する言葉に固唾をのんだ。
* * *
ネウロは一呼吸。
群衆、テレビカメラ、そして向こうで以前ぼうっと立っている大きな魔王。そこからの風景を落ち着いたまま一通り眺めた。
エバナが用意した原稿はポケットにしまったまま。
静かに目を閉じた。
(私はずっと魔王の娘であることをなるべく表に出さないようにして生きてきた。それが最善だと思ったし、そうすればいつか周りと馴染めるようになる、そう思ってた。だけどそれじゃダメなんだ。だってそれじゃあ私自身が楽しくない……。エナさんは……私に正直に生きることを私に教えてくれた)
そして目を開き前を見るネウロ。迷いのない澄みきった眼差し。
そっとマイクに乗らない小さな声で呟く。
「それなら、私も……正直に生きよう」
* * *
その頃、エナ本人は、手荒に牢屋へと案内されていた。
男に投げ込まれるように放り入れられる。
「痛い!! 何すんのよ!!」
「うるさい! 偽者の分際で態度がでかいぞ!」
「なんだと!! 偉そうに!!」
「ふん、お前みたいな奴よりだいぶ偉いわ。まあ、大人しくなったらその腕の縄はほどいてやる。そんな態度だったらいつまで経っても飯もろくに食えないからな。覚えておけ。この偽者が!」
そして去っていく男。
「何アイツ! むかつく……」
黙り込むと、聞こえる音。
「あっ」
牢屋の外、見張り部屋のテレビが付いていた。
ちょうど見える角度まで移動して座る。
「ネウロの演説……。ちゃんと演じられるかなぁ」
にやにやしながら視聴を始めた。
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