第16話「私がいちばん言われて嫌な言葉」

 エナは寄りかかってこぢんまりと座り込んだ。

 ネウロもまた、その様子を見て向き合うようにして同じ姿勢をとる。


 不安と戸惑いのネウロとは対照的に、エナの表情には何か確固たる決意があるようにネウロには映った。


 エナが尋ねる。

「一週間……どうだった? 入れ替わってみて」

「正直……疲れたってのが正直な感想です。でも今までの生活じゃ絶対できない経験できたし、あとはこれからがどうなるか……。そのことが不安……かな」

「そのことなんだけど……ね」

「?」

「私、あなたに処罰は絶対受けさせたくない。そう思ってる。だってこれ言い出したの私だし、魔王……あなたのお父さんの封印を解いてしまったのも私……。本当にごめんなさい」

「…………」

 ネウロはなんて返すべきか分からず、口をつぐんだままだった。


「でね、これからのことなんだけど……」

「はい……」

「あなたを処罰させない方法が一つだけあるわ」

「……逃げる……とか?」

「ううん。それは無理。さっき逃げたときのエバナの余裕っぷり見たでしょ? 城の入り口は今まで以上に警備が万全。他の出口だって今までみたいにガバガバ警備じゃなくなってるもん」

「そうなんだ……。じゃあどうするんです?」

 ネウロがそう尋ねると、エナは俯き加減だった首をキッとネウロのほうに向け、真剣な面持ちで口を開いた。


「あなたが……、これから本物のエナになるのよ」

「え…………」


 あまりの唐突すぎる提案にネウロは呆気にとられた。

 頭の中は真っ白になり、エナの言葉の意味を飲み込むのに数秒を要した。


「な……、何を言ってるんですか!? そんなこと……できるわけ……」

 思わず大声。


「私はネウロになれる。だって私はあなたのことをずっとここから見下ろしていたから」

「いや、出来てなかったですよね……」

 そう顔を街の方へ向けるネウロ。その先には魔王。


「…………あれは……、失敗だった。でも今度は大丈夫」

「でも……、でももし入れ替わったとして、エナさんが処罰を受けることになるんですよ!?」

「私は……ここにいることが既に処罰みたいなもんよ。小さい頃からずっと『特別扱い』。友達もできないしみんな私に気を遣って本音を投げかけてくれる人だって一人もいない……。私は失うものなんて……何もないのかもしれない」


 ネウロはそれを聞いて思う。

(いつも注目を浴びてるプリンセス。遠くから見ていたエナさんは眩しかった。私もあんなふうになれたら……。私はずっとエナさんに嫉妬していたし、なんでそっくりなのにこんなに境遇が違うんだろうと神様を恨んだ……。でも、私は何もエナさんのことを知らなかったんだな)


 尋ねる。

「処罰って……どんなことされるんですか?」

「まぁ、死刑だけど」

「え…………」

「冗談!」きょとんと。

「こんなときに悪い冗談やめてよ!!」

「ごめんごめん。本当は閉じ込められるだけ。罪の重さによってその期間が変わるけどね……。今回は……短くはないかもねぇ」

「ご飯やお風呂やトイレは……?」

「昔読んだ本の情報だからどこまで本当かは分からないけど、ご飯は最低限だけど出るはず。風呂・トイレは共用のが使える。ただ入り口まで監視は入るけどね」

「いや、やっぱりエナさんがそんな生活させられるのは……。プリンセスなのに」

「それ!」

「?」

「私がいちばん言われて嫌な言葉」

「え」


「特別扱い……! しないで!」

「あ、……ごめんなさい」

「許す」

「……どうも」(早い……)


 少しネウロは考え込み、再びエナに話しかける。

「でも、またバレないかな」

「大丈夫でしょ」

「その余裕はどこから……」

「ネウロってさ、勉強熱心でしょ。どうせここでの生活のなかで私のそぶりとか絶対研究してたと思うし、きっと最初よりうまくいくよ」

「すごい、よく分かりましたね」

「まぁね」

「あ、そうそう。でも一つ訊こうと思ってたことあったんだ!」

「ん? 何?」

「アルバムDVDをエナさんの幼児の頃のから順々に見てたんだけどね」

「え、そんな前から見たの!? 几帳面……」

「それで、そこに映るエナさんが、なんか今とは正反対で……!!」

「正反対?」

「なんか小さいのにお姫様お姫様してて……!!」

「……ああ」

 エナは少し照れくさそうに視線を逸らし、垂れた耳元の髪をいじる。


「それで、いつからこんなんになっちゃったのかなって思って」

「こんなん……って何だよ!!」

「DVDをたどって次々見ていったんだけどある巻だけなくて、で、そのあとの巻ではこんなんになってたんです」

「あー、あのイベントの入ってるのは別のとこにしまってるんだよ」

「イベント……。魔王封印の記念の……ですよね?」

「そうだよ。覚えてる?」

「それがあんまり……」

「そっか。まぁ大したことじゃないよ。きっかけなんて……そんなもん。あるとき急に前触れもなくやって来て、今までの考えや価値観をがらりと変えてしまう」

 遠くを眺めながらそう呟くエナ。


「……?」

 ネウロはその意味を解釈しようと頭の中で台詞を再生していたが、エナは「よっ」と立ち上がる。


「さぁネウロ、このままここにずっといても仕方ない。そろそろ行くよ」

「はい」

「じゃあ、服、交換ね。入れ替わるよ」

「えっと…………」

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