第10話「フハハハハハハハハ」
「私は魔王ギルガ。この女の身体を貸してもらう」
ネウロは渾身の演技力を発揮し、そう怒鳴った。
その迫力に勇者も家来も職員も、皆が皆、顔を青ざめ言葉を失った。
緊迫の空間でゆっくりと話し始める。
「安心しろ。伝えることだけ伝えたら、この身体からは出てやる。さて本題だ。私の様子をマヌケと言っている奴もいるようだが、私は今、復活に時間が掛かっている。そしてまもなく完全体になるであろう。そうなったらそんな戯言も発せられなくなる。しかし安心してほしい。人間がこちらに敵意を向けなければ、私はお前たちを攻撃はしない。だがもし私を攻撃した場合は……、そのときはこれまでで最大の悲惨な事態を引き起こすであろう」
そう告げたあと、偽エナのネウロはその場にばたっと崩れ落ちた。
そして、ほぼ全ての方向から死角となる講演台に頭と身体の大半を隠し、素早くポケットからスマホを取り出す。
送信ボタンをタップ。
その後、再びポケットへ。
「エナ様!!」
魔王の気配が完全になくなったことを確認し、家来たちが今度こそと全速力で駆け寄る。
「…………」
ネウロは苦しそうな表情を浮かべて気を失ったふり。
駆け寄ったうちの一人に丁寧に抱きかかえられて担ぎ出されていった。
* * *
一方、青空の下でネウロを演じているエナ。
ただ動かずぼうっとしている魔王の足の上に寝転がりスマホゲームに興じていたが、メッセージの受信ランプが光っていることに気づく。
「あっ……」
慣れた手つきでメッセージを確認。
「あ、ネウロからだ。えっと……『魔王の足をくすぐって』……? どういうことだろ。まぁいっか!」
エナはむくっと起き上がり、周囲にあった猫じゃらしを二十本程度むしり集める。
そして、それを束ごと右手に持ち、魔王の右足の指と指の隙間に入れる。
「ほれほ~れ」
くすぐる。
すると、魔王は口を開けた。
「フハハハハハハハ、フハハハハハハハハハ」
魔王の不気味な笑い声が街中にこだまする。
一帯の人々は、一斉に悲鳴を上げた。
* * *
この恐怖の笑い声は城の中へも届いた。
家来や職員が怯えるなか、救護室に運ばれて気を失ったネウロもそれを確認。
(計画通り……!! これでいいんだ! 私たち魔族は恐れられることで人間と対等でいられるんだ……!)
ネウロはこぼれそうになる笑いを堪える。
* * *
「エナ様……、大丈夫ですか?」
しばらくして、そう話しかけられる声が聞こえた。
ネウロはあたかも今、その呼びかけによって気を取り戻したそぶりをして、しんどそうに目を開けた。
「こ……ここは、私は……」
きょろきょろと見回す。
運ばれてからはずっと目をつぶっていたため、ネウロは演技なしでもここがどこか把握できていなかった。
だが、棚にある薬や包帯の箱などから、すぐにそこが医務室であることを認識する。
話しかけてくる相手は白衣の若めの女性。医務員であろうとネウロにも容易に推測が付く。
「もう、大丈夫です」
少し怠そうに見えるように眉を動かしながら、少しずつ起き上がるネウロ。
「いえ、もう少し休んでいってください」
そう止められるが、あまり監視され続けるのも居心地の悪さを感じるネウロ。
「自室でのんびりしたいので……すみません」
少し強引になろうとも、その場を立ち去ることにする。
「そうですか……。エナ様がそうおっしゃるのであれば。でも、もし体調が悪くなったときはすぐに誰かを呼ぶようになさってくださいね。あ、部屋までは私が付き添ういますので」
「ええ、ありがとう」
* * *
こうしてネウロは医務員に付き添われながら廊下を歩く。
(はぁ……少し走りたい気分……)
そう思いながら、やむを得ずいつもの半分くらいの速さで歩いていると、正面に見覚えのある初老の女性が現れた。
(えっと……あの人は……、そうだそうだ、以前髪を解いてくれた、エナの側近の人だ)
「あ、エバナさん、こんにちは」と医務員。
「ええ」とエバナは最低限の会釈。
そしてエナ役のネウロのところまで足早に近づくと話しかける。
「エナ様、お体はもう大丈夫なのですか?」
「ええ、ご心配ありがとう。もう休んでいれば平気です」
「私はエナ様の側近である以上、健康管理にも十分注意したいと思っています。もし何か必要なときはいつでもお呼びください」
「はい」
そしてネウロが立ち去ろうとしたとき、エバナは耳元でささやいた。
「ただし、もしあなたが本当にエナ様なら……の話ですが」
「えっ……!?」
ネウロは足を止めて振り返ったが、エバナはまるで何事もなかったように逆方向へと歩いて行ってしまった。
* * *
ネウロはエナの部屋に戻ると、扉を背に立ち尽くしていた。
左手を胸の真ん中に当てて独り言。
「どうしよう……。あのエバナって人に……、偽者って……バレてる!?」
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