第9話「魔王の血」
城の廊下の大きな窓の前。
エナと入れ替わってプリンセスを演じているネウロは、魔王と人間とが同時にあたふたしている一部始終を観察し、頭を抱えていた。
(ああ……もう、事態がどんどん悪化してるよ……。でも……)
ネウロの数メートル右に家来が二人、彼らもまた外の様子を眺めていた。
「ふと気づいたんだけどさ」
「ん?」
「あの魔王ちょっとマヌケな感じするよな」
「ああ、俺もそう思ってたとこ。どうも迫力がないというか、オーラが足りないというか……」
横の会話を耳にして俯くネウロ。
(……でも何でだろう……。あれだけ魔王の家族として、周りから距離を置かれることに孤独感を抱いてたのに、……なんか……今は……悔しい)
ネウロは目を見開いた。
(そう……! 悔しい気持ち! なぜだかは分からないけど、もっと私のお父さん、魔王ギルガを恐れてほしい……! 人間と馴れ合ってほしくない……!!)
少し落ち着こうと深呼吸。
一人納得するように頷き目を閉じる。
(……そうだよね。どうせもうこんな騒ぎになった以上、環境を元に戻しても私の生きづらさは変わらない……。それならいっそ……)
ネウロは手に持っていた明日読む原稿をくしゃっと丸めた。
明日、招集された勇者たちのための挨拶の紙。
* * *
そして翌日。
城の最上階にある大きなイベントスペース。
若者からベテランまで、そこに様々な装備を身にまとった勇者たちがいっぱいに集結していた。
彼らの視線は壇上、毅然と立つ偽エナのネウロへと向けられていた。
ネウロはマイクをぽんぽんと軽く叩いてオンになっていることを確認すると、コホンと小さく咳き込み、半歩前進して、物怖じしない様子で口を開いた。
「今日は……勇者の皆さん、急な呼びかけにもかかわらずお集まりいただき、ありがとうございます」
軽く、ゆっくりと頭を下げる。
不安そうにその様子を舞台裏から様子見していた家来たちも、あまりの完璧すぎる立ち振る舞いに「おお……」と感嘆の声を洩らす。
「この様子なら大丈夫そうだな」
「ああ、国の威厳は保たれそうだな。さすが本番に定評のあるエナ様だ。しかもいつもよりも遥かにいい」
ネウロはその間も流ちょうに演説を続ける。
「……今回の突然の状況について、国民の多くは不安と混乱を抱えています。魔王への攻撃も大切ですが、動きを見せていない今は、まずこの混乱を沈めること、正しく避難指示を出すこと。それらの役目についても、頼りある勇者の方々に協力してほしい。そう考えています。……では」
そう口を動かしながら、ネウロは考える。
(そろそろ……いいかな……)
そして、急に苦しむふりをした。
首を両手で押さえ、両肩を上げ、背中を丸める。そして両膝を地面に付けてうつぶせに倒れ込んだ。
沈黙がざわめきへ。
「大丈夫ですか!!」と慌てた家来が数名駆け寄ろうとする。
だが「近寄るな!!」と大声。
それはネウロ自身が放った言葉だった。
ネウロは駆け寄ろうとした家来を睨む。さっきまでの気品ある声色とはあまりに真逆な、乱暴で威圧的な態度。
「私は魔王ギルガ。この女の身体を貸してもらう」
ネウロは渾身の演技力を発揮し、そう怒鳴った。
その迫力に勇者も家来も職員も、皆が皆、顔を青ざめ言葉を失った。
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