第8話「魔王は眩しいとクシャミが出る」

 魔王の娘ネウロと入れ替わっているエナ、その表情がこわばった。

 良かれと思って幼児を人質にとって、自分と仲良くすることを条件に解放すると言い放ったが、どうも周囲の反応がよろしくない。


 むしろ悪い。


「やっぱ魔王の娘って最低だわ」

「なんであんな小さな子を……、本当に卑怯ね……。評判通り」

「脅して仲良くしろって……、私たちを恐がらせようとしてふざけて言ってるのかしら……」


 全方位から向けられる敵意。

 思わず狼狽。

「あの……、えっと……、少し誤解があるようですが……アタシは別にこの子を……」


 そのときだった。


 辺り全体はまるで大きな雨雲が覆われるかように薄暗くなった。

 それは、体育館の中でも分かるほどで、辺りはどよめいた。


 そして、意図も簡単に体育館の屋根が持ち上げられる。

 ここにいる全ての人たちが予想していたとおり、なくなった天井の替わりに姿を現したのは魔王ギルガだった。


 日を遮った巨大な魔王の姿は邪悪な負のオーラを放ち、そこは絶望の地と化した。

 混乱も最高潮に達した。


 偽ネウロのエナには強気だった周囲の武器をまとった男たちも、さすがに腰を抜かしたり、その場から一目散に退散しようと駆け出したりするほど。


(私の計画が……、ああ、これで完全に終わったな)とエナ。


 すると魔王は右手を挙げ、指すように鋭く、エナのほうへと伸ばした。


「!?」

 エナは幼児を抱きかかえながらその方向を見たが、あまりにも速い接近に思わずまぶたを閉じた。


「…………」

 そのまま数秒が経過。


 そっとエナが目を開けると、幼児が解放されていた。

 無警戒に笑顔で走り回っている。


 体育館の隅へ逃げていた周囲の人々もざわめく。

 先ほどまでは恐怖一色だった空間は、困惑と混ぜ合わさる。


 魔王はゴゴゴと音を立てて息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。

「避難中に、ふざけるな」


 一同は思う。

(お前が言うのか……)


 エナも、群衆も一致していた。


 しかし、この発言が周囲の空気を変える。


「なんか魔王、イメージと違わないか?」

「敵意を感じない……というか……」


 口々に発せられる会話にエナははっとした。

(おお! ケガの功名! これで平和的な解決ができるかもしれない! 魔王もわざわざ封印されていない本来の姿で人間と理解し合えるようになれば……!! そうすればネウロに対する厳しい偏見もきっと変えられる……!!)

 目を輝かせずにはいられない。


 まるでその様子を祝福するかのように、どんよりとした雲の隙間からは日の光が差し込んできた。


 この間、魔王ギルガは空を眺めながらぼうっと立っていたが、急に鼻をぴくぴくとさせ、ひっひっと小刻みに息を吸う。


 そして大きく口を開いた。


「ブヴヴェーックショーン!!!」


 大きなクシャミ。


「……すっきり」

 そう魔王は清々していたが、それは人々にとって攻撃以外の何物でもなかった。

 ぬめぬめとした悪臭漂う液体が群衆を襲う。


(あーあ、台無しだよ……)

 液体まみれのエナは呆然。


 四人に一人が持っているという『光クシャミ反射』体質。魔王界にもそれが存在することが初めて証明された瞬間であった。

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