第2話「プリンセスがなんかおかしい」

「おはようございます、エナ様」

「お……おはようございます」


 ネウロがエナとこっそり入れ替わってプリンセスになり、初めての朝が来た。朝食を取ろうと廊下を歩けば、すれ違う職員たちが皆、尊敬のまなざしで深々とお辞儀をされる。

 そのたびに慣れないお辞儀を返すネウロだったが、それは決して気分は悪いものではなかった。顔はほてり、緩みそうになるのを必死に引き締めて歩く。


 挨拶を終えた職員二人がネウロの後ろ姿を眺めながら小声で話す。

「おい、なんかいつものエナ様じゃないみたいだな」

「たしかに。あれはどう考えてもテレビ用のエナ様だ。どこかでカメラ回ってるのかな」

「それか悪いもの食ったんじゃね」

「それ、むしろ良いものだろ」

 そして笑いをこらえる二人。


 ネウロの耳にもその会話が届き、呆れる。

(普通に歩いて普通にお辞儀しただけなのに……。普段どんな歩き方してるんだ、本物は……)


* * *


 そして朝食。


 だだっ広い部屋に長いテーブル。その一角にちょこんと一人座ると、すぐにパンやホワイトシチュー、生ハムサラダなどがシェフによって運ばれてきた。


 シェフはそれをテーブルに置きながら言う。

「今日は早いお目覚めで」

 ネウロはこれ以上ボロは出すまいと、無難に軽くお辞儀をする。


 シェフは笑顔で帰ろうとしたときだった。


「いただきます」とネウロが言った。


「!?」

 シェフは思わず自分の耳を疑い振り返る。

(あのエナ様が、「いただきます」をした……だと!? それだけじゃない! あのエナ様が、……ナイフとフォークを正しく使っている……!!)


 熱い視線に気づき「どうなさいましたか?」と尋ねる偽エナのネウロ。

「いえ、何でも……。すみません、ハハ、ごゆっくりどうぞ」


 

 ネウロは生ハムを噛みながら思う。

(こんなに尊敬されたことなかったな。恐がられてばっかだったし……うれしいなぁ)


* * *


 食事が終わったら、次は髪の毛のセットの時間となった。


 側近であるエバナという初老の女性に髪を解いてもらう。

 ネウロがじっと行儀良く座っていると、話しかけられる。

「昨日帰ってきてからずいぶんと大人しいですね。何かあったんですか?」

「え……!? いえ、何もありません」

「声、ちょっとおかしいですね」

「そうですか? 騒ぎすぎてしまったので、ちょっと喉が」

「遊びすぎは良くないですよ? 昨日も脱走企てたみたいで」

「えへへ、すみません」(「昨日も」って常習犯なのか……)


 そのとき、エバナが髪を解く手が一瞬止まった。


 偽エナのネウロの首後ろ。

 そこにある小さなホクロをじっと見ていた。


「どうかしましたか?」とネウロ。

「いえ、何でもありませんよ」


 再びエバナは手を動かし始めた。

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