超がさつなプリンセスと、マジメすぎる魔王の娘〈完結済み〉

九十

第1話「魔王と更正年金」

 教室の隅、女子たち数人の会話。

「私たちの掃除の班、ネウロちゃんいるのかぁ」

「しっ、本人に聞こえるよ」

「正直やりづらいよね。元魔王の娘でしょ? それだけで恐いってのにさ、性格もやたら細かいんだよね」

「掃除なんてテキトーに終わらせちゃお」

「あ、こっち来るよ!」


***


 女子たちのもとにネウロは駆け寄ると、笑顔で話しかけた。

「ねぇねぇ、一緒の班だね。よろしく!」

「う、うん。よろしくね~」引きつった笑顔を浮かべるクラスメート。


「あ、そうそう。掃除のやり方考えてたんだけどね、まずは大きいものをどかしてからホウキで四隅までしっかり掃いて、それから……」


 一同は小さく溜息をついた。


***


 夕方、掃除も終わった下校時。

 ネウロは少し前に同じクラスのミルが歩いていることに気づく。

「ミルちゃん!」


 ミルは直立でビクッとなって、それから怯えながら振り返る。

「あ……どうも」

「一緒に帰ろう?」

「う……うん」


 二人は並んで歩き出す。


「その手に持ってるの、何?」

「あ、これはイヤリング……。今日作って……あ」

 ミルはネウロに見せようとしたが、緊張と恐怖で手を震わせて落としてしまう。


 慌てて拾う様子をきょとんと見るネウロ。

「手作り……。え! こんなすごいの作れるの? 今度やり方教えて」

「え……えっと……その」

 ミルは後ずさり。


「……?」


 今にも泣きそうな顔のミル。

「ごめんなさい!!」

 そして全速力で走り去ってしまう。


 後方から陰口。

「また恐がらせてるよ、魔王の子」

「うわ、ほんとだぁ」


 取り残されたネウロは肩を落として表情を曇らせた。

 そしてとぼとぼと一人歩き出す。


***


「ただいまー」

 帰宅。


 リビングに行くと、元魔王ギルガはテレビのワイドショーを見ながらアンパンを食べていた。


「ちょっと、お父さん! またダラダラ過ごしてる!」

「いいじゃないか。年金生活くらいのんびりさせてくれよ」

「情けないなぁ。私が生まれる前は世界を脅かしてたっていうのに……、その片鱗すら私は知らない」

「あの頃は俺も若かったよ。でもよく考えてみれば今の生活は最高だろ? 条約結んだから人間も俺たち魔王一族も、お互い命を心配する必要がない。更正して働いたから特別年金も入ってくるし。人間の姿は少し不便だけど小回りも利く」

「それはそうだけど……」

「それより見てみろよ、テレビ。国王のプリンセスが出てるんだけどよ」

「?」

「エナプリンセスはお前にそっくりだな……」


 ネウロがテレビの画面を見ると、ネウロそっくりのプリンセスが豪華なドレスを着て、何らかのイベントの挨拶を行っていた。


「やめてよ、全然違うし」

「いや、これは十人見て十人が同じって答えるレベルだぜ。まあ同じ服着れたら……の話だけどな」


 ネウロは俯き、心の中で強く思う。

(全然違う! みんなにあれだけ受け入れられて、賞賛されて尊敬されて。私なんかとは全然……!!)


 先ほどの下校時のことを思い出して溜息。

(私は恐がられてばかり……。あんなに頑張ったのにみんなに歓迎されたことなんて一度もない。……あんなドレス着たら……、私も少しは違う目で見てもらえたりするのかな……)


***


「あ、そうだ。庭の草伸びてたんだった。夕飯作る前にちょっと片付けとこうかな」


 ネウロはジャージと長袖のティーシャツに手早く着替えると、軍手と鎌を持って庭に出た。


 そして、軍手を手にはめたそのときだった。


 家の塀を乗り越える身軽な人影。逆光の、ドレスを身にまとったシルエット。


「えっ!?」


 それはどんどん自分に近づいてくる。

 そしてその人影が夕日と重なったとき、ネウロは初めて気づく。


(うそ、私そっくり……。プリンセス! でもなんで……!?)


 衝突。


***


「いてて」とネウロ。


「ごめんなさーい」

 その声にネウロが目を開くと、正面には先ほどテレビに映っていたままのプリンセスのエナがいた。


 ドレスは泥だらけ。


「あ、ドレス……大丈夫ですか?」

 わけもわからないまま、とりあえず高価そうなドレスを心配してみるネウロ。


「家の中にかくまわせて!」

「え? ちょっと」

 エナは勝手に家の中に上がり込むと階段を駆け上がってしまった。

 慌ててそれを追うネウロ。


***


 ネウロが二階の自分の部屋に入ると、そこには汚れたドレスを着たまま大の字で床に寝そべってくつろぐエナの姿があった。


 そっと声をかけることにする。

「あ、あの……」


 むくっと起き上がったエナと目が合う。


 エナの目がぱちくり。


 そして「ギャハハハ」と指をさされて爆笑される。


「え? え??」

 もはや何が何だか分からない。


「やっぱり! あなた、私そっくりね!!」

「そう……ですか」(ああ、それで笑ったのか……。それにしても、まさか本人に言われる日が来るとは……。っていうか「やっぱり」ってどういう意味だろう……)


 外が騒がしい。


 窓から様子をうかがうと、国の家来とおぼしき正装の男たち数人が「あっちは見たか?」「こっちはいない」など慌ただしく誰かを探していた。


 ネウロはおそるおそる尋ねる。

「あの……、逃げてきたんです?」

「そぉだよー」

「さっきテレビで見てたんですけど」

「ああ、公務にテレビカメラ来てたわね」

「あのときの美しい立ち振る舞いと気品は」

「あれはね、フェイント」

「フェイント……」


 エナはドレスがしわくちゃになることなど気にせずに、床を左右にごろごろと寝ながら回転している。


「えっと、もう一つ訊いてもいいです?」とネウロ。

「何?」

「どうして逃げてきたんですか?」

 その問いにエナはぴたっと止まる。表情はこわばった。


 そして仰向けになって天井を見ながら答えた。

「何で逃げてきたか、そうね。理由は積み重ねかな」

「積み重ね?」

「習い事と勉強の毎日、外に出かけられるのは公務だけ、遊ぶ時間なんて皆無。その不満の積み重ね」

「なるほど」

「まぁ一言で言うとぉ、遊びたいってことで!」

「軽っ!!」


 エナは何かを思いついたように切り出す。


「ねぇ、ここで会ったのも何かの運命だと思わない?」

「そう……ですかね……」

「お願いがあるの。私たち、一週間、入れ替わらない!?」

「はい!?」


 ネウロはその提案を聞いた瞬間、時間が止まったような感覚を覚えた。


「え、ちょっと待ってください。自分の言っている意味分かってますか? そんなことできるわけ……」

「だっておかしいと思わない?」

「何がですか」

「こんなテキトーな私がドレス着て、ラクそうなジャージ姿のあなたがマジメなことを言ってる。普通逆でしょ」


 表情を曇らせるネウロ。


「……私と入れ替わったっていいことなんてありませんよ? 親はぐうたらだし、勉強できる環境だってなかなか……」

「別にいいよ」

「それだけじゃないんです」

「?」


 ネウロは少し黙り込んだが、(隠しても仕方ない)と覚悟を決めて言う。


「私の父親は……元魔王。要はあなたたちの国を苦しめていた最大の相手です。そして私がその穢けがれた血を半分受け継いだ……魔王の娘……」


「ふぅん、え! あなた魔王の娘なの!?」

「……はい」




「…………面白そう!!」

 エナは目を輝かせていた。




「え」

 その瞬間、ネウロの中で世界が変わった気がした。


(こんな反応されたの……初めて……)

 魔王の娘だと知るや否や、すぐに距離を置かれてしまっていたネウロにとって、この反応は想定外以外の何物でもなかった。


 ネウロはコホンと咳払い。


 そして小声で言う。

「それでもいいのなら、一週間だけなら……」


***


 ネウロは巡回に来た国の家来に、プリンセスのエナとして捕まった。

 家来は言う。

「もう捜しましたよ、エナ様。またお叱り受けるの私たちなんですからね。勘弁してくださいよ」


 偽エナのネウロは答える。

「私としたことが気の迷いで逃げてしまいました。誠に申し訳ありません。これからは気をつけます」と神妙。

「え……」


 一方、替わりにネウロの家に入ったエナ。

 ネウロの父親が話しかけてくる。

「おい、飯はまだか。今日は何かなぁ」

「は? 飯? んなもん自分で買ってくれば?」

「!?」

「お金ちょうだい! アタシ外で食べてくるから」

「え?」


***


 エナの家来が言う。「エナ様が……」

 ネウロの父が言う。「ネウロが……」


「「なんかおかしい!!!」」

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