第19話

 その日の夜、ご先祖の遺した資料に目を通した。

 親父の教育のおかげで自分のことを賢いんだと思っていたけど、全然ダメだった。

 だからわかるところだけ拾い読んだ。

 ご先祖は黒装一味と呼ばれていたこと、それから六人の幹部がいたこと、そしてその六人は人体改造をされた人間で怪人を名乗っていたことがわかった。

「親父、僕は怪人になりたい」

「わかった。ただし二十歳になるまで待て」

「そんなに待てないよ」

「あのな、意地悪で言ってんじゃないんだ。怪人の強さは素材で大きく変わるんだよ。よわっちいガキを材料にしてよわっちい怪人になってどうする。お前はこれから強くならなきゃいけない」

 どうすれば強くなれるだろうか。

 どうしたらもうあんな惨めな思いをしないで済むだろうか。

 どう過ごしたらどんな敵からでも大切な子を守れるだろうか。

「親父、神峰島に連れて行ってくれ」

「種のるつぼに? 何するつもりだ」

「あそこで暮らす。ご先祖たちもあそこで訓練したって書いてあった」

 野生生物が豊富かつ緑が濃いためか、訓練効率の上昇がみられる。

 そう資料にあった。

「百五十年も経てば時代が変わるぞ、大地。あそこが神峰島だったときにはよかったかもしれないけど、今のあそこは異世界人が持ち込んだ自然と元あった自然が混ざり合ってすごいことになってるって話だ」

「うん、だからこそだよ。僕がそこで生きていけるようになったら、もう強くなった材料ってことで、いいよね?」

「強くなる前に死んだらそこで終わりだぞ。大地、雫ちゃんが目を覚ました時に俺に何て説明させるつもりだ?」

「大丈夫だよ、僕は死なないから。神衣憑依」

 六色の光が生まれる。雫の時と比べて一色減っている理由はわからない。

 だけど雫が僕を助けてくれたあの技だけは使える。

「隔絶」

 今にして思えば雫はそう口にしていた。

 そして生まれるのは透明の壁。

 これが何かはわからないけれど、俺はこの壁が何も通さないってことだけを知っていればいい。

「これがあるから僕は絶対に死なない」

「……ばればれだぞ。本当に使えよ?」

 表情を崩して誤魔化した。


――――


 神峰島に来てから数日が経った。

 野草を食べて吐いて、肉食動物の食べ残しを食べて吐いては親父の持たせてくれた気付薬の世話になっていた。

 一月経ってようやく食べられる物、飲める物がわかりかける。

 半年経って弱い動物を狩れるようになって食べるようになった。

 一年。余裕が出来て肉食動物の観察日記をつけるようになる。

 二年。肉食動物を狩れるようになった。


 三年目になって俺はそいつと出会った。

 水掻きを持ったヴィランだ。

 そいつは四足歩行をし、飲むと痺れる池から陸に上がった。

 痺れてるんだろう、あやしい足取りを見せた後、倒れ込んだ。


「ヴィランでも痺れるんだ?」

「なんだ、お前。人間か?」

 黒い肌と小さな黄色い眼。

 眉間に皺を寄せ、ぎょろりとした目を向けて来るが、全く怖くない。

「人間がこんなところで何をしてる?」

「修行、かな」

「へ、バカバカしい。こんなところにいたら三日も持たずに死んじまうぞ」

「そうかな? 僕はもう三年ここで暮らしてるよ」

 ただでさえ広い白目がさらに広くなった。

「嘘吐け。人間風情、それもガキが生きていける訳ねえ」

「別に信じなくていいよ。ねえ、僕と戦ってくれないかな?」

「ぶっ殺すぞ?」

「いいよ。出来たらね。ところで君はランクいくつ?」

「あ? Cランクだよ。お前みたいなガキは震えてる間に殺せるってことだ。それどころか人間共なんざよわっちいからな。誰も俺のスーツに傷一つ負わせることも出来なかったぜ」

 確か凝着とかいう奴だ。

「じゃあそれもしてみて」

「生意気なガキだな、痺れが取れたらすぐぶっ殺してやるからそこで待ってろ」

 足を上げて思いっきりヴィランの足を踏みつけると、ここに自生しているヤシもどきよりも簡単に潰れた。

 金切声に耳を塞いだ。随分と大きな声で鳴くヴィランだ。

「凝着、しないと手遅れになるんじゃない?」

「許さねえ、許してもらえると思うなよ。凝着」

 黒い肌はカブトムシみたいな殻に覆われた。

 肩を揺らし、笑っているらしい。

「後数分もすれば毒も抜ける。今のうちに泣き喚いとけよ」

「うん、どうにもならなかったら泣き喚いてあげるよ」

 軽く叩くと、肉食獣の骨くらいの硬さがありそうだった。

 たぶん、問題ない。

 全力で叩くと、まるで太鼓みたいな音がする。

「む、無駄だ」

 何度も叩いた。でもそれでも表面にへこみすら出来なかった。

「ふーん、言うだけあって結構硬いね」

「おい、お前、手、なんで?」

「なんで砕けないのかって? さあ? 毎日拳立て伏せしてるからじゃない?」

「おい、ざけたこと言ってんじゃねえぞ」

 かなり真面目だ。ついでに指立て伏せもしてる。

 ヴィランのスーツの分け目に指を掛けた。

「は、今度は何だ? 後数秒で痺れが取れるぞ」

 指に力を掛けていくと、金属が拉げていくような耳障りな音がし始めた。

「ざけんな、ざけんなよ、こんなの聞いたことねえ」

「僕も初めてするよ」

 スーツを開いていくと、そこからは元の姿のヴィランが覗いた。

 スーツとは言い得て妙だ。確かに衣服みたいになっている。

 ということはこのスーツ自体が装着者の強さの秘密みたいだ。

 どんどん剥いて、最終的には元のヴィランの形になった。

 ただその顔に表情はなくなっている。

「は、はは」

 狂ったらしい。泡を吹いているし、目も見開いたまま閉じない。

 スーツを剥いだからだろうか。

「まあ、いいや」

 収穫があった。Cランクのヴィランは解体出来る。


 剥ぎ取ったスーツは幸い腐ることなく親父が毎週様子を見に来る曜日になった。

「親父、Cランクのだけど、スーツ手に入った。それとこれ」

 ヴィランを解体していたら、出てきた。

 それはまるで石っころのようでいて、不思議な引力を持っている。

「勘、だけどヴィランの力の源じゃないかな?」

 狂ったような笑い声を上げ続けたヴィランだったけど、これを取ったら絶命した。

 だからたぶんそうじゃないかなと思う。

「大地が倒した、のか?」

「他に誰もいないじゃん」

 ああ、でも肉食動物なら何とかして殺したり食べたり出来るかもしれない。

「一度お前の身体共々研究するか」

「帰るってこと?」

 まあ確かに倒せない野生生物もいなくなったし、頃合いか。


「そっか、じゃあ大地は改造人間になっちゃったんだね。その、大丈夫なの? 子供とか。雫ちゃんと結婚したいんでしょ?」

「俺は生身だよ?」

「…………はぁ~……大地、自分のこと全然話してくれないな~って思ってたんだけどもしかして話すのが下手なだけ?」

 そんなことはないと思う。単純にこの前までの俺は自分の話を異世界人にしたくなかっただけだ。

 もちろんおもしろくない話だからというのもあるけど。

「今の話からは大地の力の秘密が全く出てこなかったんだけど?」

「出たよ。指立て伏せと拳立て伏せ。もちろんそれ以外にも神峰島を走り回ったり肉食獣と戦ったりもしたけど」

「そもそもただの人間が種のるつぼで生きていける訳ないじゃん。異世界人ならともかく現界人がそんなちょっと筋トレしたくらいで肉食獣倒せないでしょ」

「食事だよ、白藤ちゃん」

 助け舟だ。親父が近付いて来ていた。

「異界人と現界人の力の差は食事から生まれる。それが大地を研究して俺が出した結論だ。現界人は異界の物を食べることで異世界人並の能力を手に入れられる。細かく言うと鮮度やその他いろんな要素が加わるから単純に食べれば強くなるってもんじゃないけどな」

「それはつまり――」

「そうだ。こいつが種のるつぼにいた当初は手当たり次第食えそうなものを口に入れてたからな」

「仕方ないだろ。狩りも出来ないし腹が減ってたんだから」

 我ながらかなり惨めな生活だった。戻すし下すし腹は減るわ喉は乾くわ、親父の気付薬がなかったら何回も脱水やら何やらで死んでいただろう。

 あまりにカッコ悪い話だからだろうか、白藤は俺から顔を背けていた。

「あの、じゃああのヴィラン化はどういう?」

「こいつが倒したヴィランを俺が研究してスーツを作った。それからそのスーツに怪人化手術を施した」

 白藤の気持ちはわかる。

 目をぱちぱちと瞬きを繰り返し、呆けたように口を開く。

「ご先祖の遺産だよ」

「うちの一族はだいたい百年に一度天才が生まれるんだって。今代のそれが親父だよ。ちなみに先代は黒装一味の総帥、怪人化手術を編み出した人」

「あの、頭が痛くなってきました」

「先に休んでてもらってもいいよ。次に行く場所の話をこいつにしておく」

「いえ、そういう話なら私も聞きます」

 親父は肩を竦めると煙草に火を点けた。

 酒は十年前から一滴も飲んでいない。

「種のるつぼ、神峰島には地下遺跡がある」

「そうなんですか?」

「物語染みた立派な物ではないけれどね。ご先祖が作った遺跡で黒装一味の秘密基地だ。そして、移動式空中要塞でもある」

「空中? 空を飛べるんですか!?」

「飛べるよ。元々この世界にあった飛行機って知ってる?」

 白藤が肯く。

 実物は見たことないはずだ。もっとも知識としてでも知っていれば上出来だ。

「あれが今の世の中にないのは未だにご先祖が打ち上げた衛星兵器が機能しているからだ」

「天災、じゃなかったんですね」

「うん。戦争ばかりする人類に嫌気が差したご先祖は人類から空を奪ったんだよ」

「あの、二人のご先祖さまって何者なんですか? 無敵ですね」

 そんなことはない。

 それを歴史が証明している。

「いや、そこまで進んだ科学でもオカルトには一歩遅れを取ったよ。異世界人が召喚され、ジャスティス・ワンに刃鬼殿。その二人にご先祖たちは敗北した」

「お爺ちゃんが……え? お爺ちゃん八十歳……」

 そっか、そこからか。

 白藤に話すことはまだまだたくさんある

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