第11話
暗がりの中で、親父が紫煙をくゆらせている。赤い点をひときわ強く光らせてからこちらを見た。
「つまり、今ここは世界から隔離されているんだな?」
「わざわざ確認を取らなくても親父には雫から借りた力のこと、前にも話しただろ?」
「まあな。それで問題があるわけだ。雫ちゃんのことだ」
回復の前兆じゃないとでも言うのだろうか。
そう考えると鼓動が、乱れてくる。
「そんな顔をするな。回復の前兆だと俺は思う」
「頼むよ親父」
俺がしたため息の返事と、親父はもう一度煙を吐き出す。
「雫ちゃんが関わってもポンコツにならない程度の分別がお前にもあれば俺だってもっと端的に話せるんだよ」
「……それは、返す言葉もない」
「まあいいや。それで問題何だが、お前も生命の水は知っているだろ?」
「うん。ポッドに満たされている液体だよね?」
その液体が患者の体内に浸透し、生命維持機能を発揮する。そんなシステムだと認識しているし、あながち間違いでもないだろう。
「あれは劣化が早くて二日ほどしか持たないんだ。浄化装置と接続して循環させなきゃいけないんだが、その浄化装置は現状小型化が出来ていない。うちにもあるはあるんだが――」
そう言って親父は天井を指差した。
「何でそんなとこにあるんだよ」
雫の力でこの研究室は今地球上とは別空間にあると言える。
天井からパイプを繋いだとして、ここまでその液体が届かない。
しかしことはそれ以前だ。
「空気と光を大量に使うんだから仕方がないだろ。まあ何だ。取り急ぎ一回でも循環させるぞ」
「それは無理だ、親父」
「何でだよ?」
「ヒーローにここから上は破壊された」
ご先祖の遺した地下研究施設までは気づかなかったようだが、地上部分にある俺たちの家はすでにヒーロー協会の命を受けたらしいヒーローたちに破壊しつくされた。
「対応が素早いな。しかしローン残っていたら泣けていたぞ。運が良かったぜ」
もちろん本心なんかじゃないだろう。上にだってそれなりに大切な物はあった。
お袋の遺品だって少なからず上にしまわれていたはずだ。
「さて……とりあえずこれからどうすっか?」
どう、と言われてもまずは雫のポッドを浄化装置に繋げるところからスタートだろう。
問題は相応しい場所だった。ヒーロー学園にはあるだろうがさすがに二人を守りながらMr.ジャスティスの相手は難しい。
「まあまずは雫ちゃんのポッドの問題、それからMr.とレディの問題か。Mr.はわかりやすいからいいな。世界の敵を討つ、レディの方は何か聞いているか?」
「何も聞いていないよ。何があって死んだことにされたのかもわからないし今の目的も知らない」
雫の蘇生も目的の一つだろうけど、それはヴィランと手を組む理由にはならないはずだ。
「親父、まずは循環装置の件を何とかしよう。Mr.もレディも、もし来たら俺が何とかしてみせる」
「だな。何よりも雫ちゃんだ。どこかの病院の循環装置を拝借するか。持ち逃げは無理だから使用させて貰うに止まるが、いいな?」
奪ったらその病院中のポッド患者が死ぬことになる。ポッド患者の中には地球人だって少なくない。無関係な人たちを巻き込むつもりは俺にはなかった。
肯いた俺に親父も首を縦に振って答えた。
「隔絶、解くぞ。外の気配は俺にもわからないからもしかしたら敵がうじゃうじゃいるかもしれない」
「任せとけ、俺を誰だと思っていやがる。あの時は不意を突かれただけだ」
「親父らしくないな、いまいち締まらないぞ」
「俺はちゃんと恥を知ってるんだよ」
顔を一度見合わせ、それから俺は神衣憑依を解いた。
外の情報が一気になだれ込んでくる。
隔絶が解かれた分、上の瓦礫が崩れたような音がした。
それから、誰かが瓦礫を歩き回っている気配がする。
耳を澄ませた。
「ヒーロー協会のおじさんたちやりすぎ、確か大地のお父さんってお医者さんでしょ~」
救助活動をするかのように、慎重に辺りを捜索しているようだ。
「どうだ?」
「たぶん――いや、確実に白藤だ」
「何してるんだ?」
「親父が生き埋めになってないか心配して探しているみたいだけど」
それくらいはわかる。けど、白藤のやつがなにしているのかまったくわからなかった。
「ちょっと行って来る」
「任せる。大地、凝着して行かないなら持ってけ」
通信機だ。投げて寄こされたそれを耳に嵌める。親父も同型の物を耳に当てるのを見届け、足を進めた。
研究室から伸びる階段はさほど長さがない。
「それに腕もいいらしいじゃない。ばっかじゃないのおじさんたち。私がジャスティス名になったら絶対何人かクビにしてやるんだから」
白藤はおっかなびっくりといった歩調で足下の瓦礫を蹴っているようだ。乾いた音が時折している。
空洞や要救助者といった異常を探っているのは予想がつく。
しかしそれでも何のためにそうしているのかまではわからない。
様子を窺っても埒があかない。
「何やっているの?」
「ひぃや!」
隠し扉を開くと丁度白藤の真横だった。
白藤は身を竦ませた後、慌てて白いコスチュームのスカートを抑える。
「み、見た?」
とりあえず記憶にはなかった。
「見えたかもしれないけど記憶にはないよ」
「なにその微妙な回答……」
漫画ならがっかりとオノマトペがつくような姿勢を何故か作っているが、それが何を意味しているのかまではわからない。
「そうだ。それより大地、あなた何してるの?」
それはこっちの台詞だった。それにどうして白藤は俺を前にして平然としていられるのだろうか。
「その前に白藤、もしかして昨日あったこと知らないの?」
きっと知っていたのだろう。白藤は急に表情を曇らせると顔を背けた。
「知ってる」
「じゃあどうしてここに? それに何でMr.を呼ばないの? たぶん、俺のこと探しているんじゃない?」
「すごい探してる。Mr.も、それにヒーロー協会のおじさんたちも」
余計に意味がわからない。白藤が単独行動している意味もだ。
「私のことはいいの! それより大地あなた何してるの?」
何と漠然と言われても難しかった。
とりあえず身を隠して親父と話し合い、これから病院の生命の水浄化装置を無断使用しに行くところだとでも言えばいいのだろうか。
「とりあえず親父と雫を保護してたんだけど」
「雫さん?」
首を傾げながら瞬きを繰り返す白藤。そう言えば話したことはなかった。
話す必要も機会もなかったからだ。
「うん。幼馴染」
「女の子?」
「うん」
「可愛い?」
「かなり可愛いし美人」
白藤の額にくっきりと青筋が浮かぶ。
「みす――」
Mr.ジャスティスを呼ぼうとしたのだろう。
俺は全力で白藤の口を塞いだ。
本当に、白藤が何をしに来たのかがわからなかった。
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