第12話
世界から隔離された地下で、小さくなった白藤が膝まで抱え、さらに小さくなっている。
「普段なら君の行動は大地の父親として誇らしくもあり、嬉しくも思う。君のことを微笑ましくも思っただろう。が、今回に限って言えば冗談では済まされない。呼べば来る。Mr.がそういう男だとは知っているね?」
「はい、すみませんでした。嫉妬で段階を踏み外しました」
白藤を親父に任せてポッドを見下ろすと、中の液体がわずかではあるが濁りを生じているように見えた。
「親父、まずいんじゃないか?」
「まだ余裕がある。だからそんなに殺気立つな」
「この子が雫ちゃん? うわ、ほんとに可愛いし美人だ……」
責めの対象が移ったからか、白藤がポッドを覗き込んだ。
角度を変え、まるでへばりつくようにしてポッドに頬を当てると、白藤は勝ち誇るように小さく拳を作った。
「何しているの?」
「ううん。何でもない。このポッド、見た感じ浄化装置に繋がってないけど大丈夫なの?」
「大丈夫ではないかな。だからこれからどっかの病院のを借りようって大地と話していたんだ。ポッド一つ浄化装置に繋ぐくらいなら他のポッド患者にも迷惑を掛けずに出来るからね」
「お医者さんってそんなことまで出来るんですか?」
普通は出来ない。だけど親父は出来る。
それをどう上手く伝えようかと考えるが甲斐はなかった。
「おじさんはこう見えてベテランだからね。浄化装置異常で技術者と接している内に、というわけだ」
「そうなんですか? やっぱりすごいな~。うん、やっぱりヒーロー協会のおじさんたちおかしいよね。あの、おじさん、大地を連れてMr.のところに行ってもいいですか?」
「どういうこと? たぶんMr.は俺のことを敵だと思っているよ?」
そして敵にMr.は容赦しない。今のこのこやっていけば即戦闘になるだろう。隔絶ほど特殊な技ならば二度目で破られることもないとは思う。ただあと何回通じるかわからないし凝着では引き分けに持っていくのが関の山だ。
「だからだよ。一緒に頭下げたげるから謝りに行こうよ。それで、ヒーロー学園に戻ろ。大丈夫、いざとなったらおじいちゃんに間を取り持ってもらうから!」
白藤の祖父。つまりはProf.ジャスティスだ。
「おじいちゃんとMr.の関係は知っているよね?」
「確か最も古い戦友、だったね」
親父が代わりに答えた。満足のいく回答だったのか、白藤の声が弾む。
「そうです。だからたぶんMr.も無下にすることもしないと思います」
名案と言わんばかりに白藤が胸の前で手を合わせたが、首を縦に振るつもりはなかった。
もうすでに俺がブリリアント・ハートを継ぐことはないだろう。そうなるとMr.の近くにいるということが単に最大の敵を傍に置くだけに過ぎない。取り急ぎポッドとMr.の二件についての時間は稼げる。しかしそれだけで、後に続かない。ヒーロー協会が雫を人質に使うかもしれないという心配だってある。
それに俺は対ヴィラン戦に協力させられることになるだろう。レディたちを倒した後、めでたしめでたしとはいかないはずだ。次の脅威として俺が警戒されるのは目に見えている。
「だめだよ、白藤。俺はもう学園には戻れない」
わかってもらおうとは思わない。だから説明する気もない。
「どうしても、だめ?」
無言で返す。決別ならそれでも構わない。
俺は白藤の気持ちには答えられないし、それならそれで白藤のためにもなるはずだ。
「わかったよ。それならおじさん、よかったら家に来ませんか?」
白藤の家ということは。
「Prof.ジャスティスの家に?」
「はい。家には浄化装置もありますし離れもありますし他の人たちもやすやすと入って来られません」
確かにMr.ジャスティスの幼馴染でジャスティス名を持つSランクヒーローでもあるProf.ジャスティスに狼藉を働ける相手はそうそういないだろう。
身を潜める環境としては申し分ないが、可能だとも思えない。
「白藤ちゃん、それはProf.が許さないんじゃないかな?」
「おじいちゃんは昔から私には甘いので大丈夫だと思いますよ。それにMr.とは百五十年前からの付き合いになるとか少し呆けが始まっちゃったようなこと言っているので心配ですし、おじさんに診て貰えたらな~なんて」
あんまりな言葉だった。実のところそのProf.の発言におかしなところはない。
「どうする? 大地」
「白藤だって異世界人だ」
いつかは倒すべき存在だった。
「他にいい手はあるのか?」
その言葉に、今更良い人であろうとしてしまった自分が恥ずかしくなる。
俺は白藤に頭を下げた。
「ごめん、お世話になります」
「全然いいよ」
白藤は晴々とした笑みを浮かべていた。
幸いにして白藤の家に辿り着くまでヒーローやヴィランに出くわすことはなかった。
「着いたよ」
さすがSランクヒーローの家だけあってかなりの規模だ。
まず家の建物が外からは見えない。
まるで日本の城のような壁がそびえ、それが延々と続いている。
門はトラックが二台は同時に行き来することが出来るほどの幅があった。
門は押せば開く類の物で、それ自体の重さは常識の範囲内だろう。
ただ、今この瞬間はとてつもなく重く見える。
「開けるね」
知ってか知らずか、白藤の足取りは軽かった。
止める間もなく開かれた門の奥に一人の老人がいる。
すぐに親父と雫の前に立った。白藤がいなかったら凝着をしていただろう。
「大地、失礼だろ。愚息が失礼をしました、Prof.ジャスティス」
頭を下げた親父を見て、Prof.は禿頭を撫で、ついで顎に手を当てた。
「これは失礼を。白藤、この御仁たちは?」
Prof.から先ほど向けられた殺気は感じられなくなっていた。
「困ってる友達の家族。助けてあげたいんだ、家に入れてあげてもいいでしょ?」
「そちらの御仁とポッドの子はいいじゃろう。じゃが、その小僧はいかん」
「何でそんな意地悪言うの?」
「ヒデオから連絡を受けておる。大地というのはそやつじゃろう?」
ヒデオが誰かまではわからないが、おそらくヒーロー関係者なのだろう。
しかし親父と雫だけでも受け入れてくれるというその懐の深さには、もう感謝しかない。
「それだけでもう、感謝の言葉もないです。親父たちをよろしくお願いします」
「大地待って、もうおじいちゃん!?」
「そう怒鳴るな白藤。ヒデオと孫の慕う男、天秤にかけたらヒデオに傾くわ」
それはそうだ。何故知人をないがしろにしてまで出会ったばかりの、しかも犯罪者を匿わなければならないというのだ。
逆の立場なら俺だってそうする。むしろその関係者を引き取ることすら俺には出来ない。
「じゃあ私も大地と出て行く」
「よく来たな小僧上がって行くとよい好きなだけ滞在するが――すまぬ。間違えたわい」
中々愉快なお爺さんだった。白藤が本気で怒る素振りを見せた瞬間情けない顔を一瞬見せる。
しかし一度俯き、もう一度顔を上げた時にはもうその滑稽さは微塵も感じなかった。
「儂の殺気から即座に身内を庇ったその気風は気に入った。しかし儂の孫は庇わなんだな?」
「それは私の家だからでしょ」
白藤はフォローに回ってくれるが、これはProf.が正しい。
まさか見透かされるとまでは思っていなかったが。
「関係ないのう。小僧は相手がお主の祖父であるかどうかまではわからなかったはずじゃ。白藤、小僧はお主を見捨てて身内を優先しおった。しかも見捨てた理由がなお悪い。小僧、何か隠しているな?」
冗談じゃない。たった一度の攻防もなくここまで見透かされたのは初めてだ。
Prof.の気が変わらない内に離れた方がいいとまで思える。
「小僧、儂を相手に三人同時に守れる自信があったというのじゃろう?」
まるでヴィランのように歪んだ笑みだ。
気を抜くと、すぐに戦ってしまいそうになる。
「おじいちゃん、いい加減にして」
白藤の目尻に、涙が浮かぶと、Prof.は禿頭を撫でた。
「すまぬ。年甲斐もなく熱くなってしまったわい……ゆっくりして行け小僧」
言い残し、Prof.は下駄を鳴らしながら中央に建つ日本家屋を目指していく。
「ごめんね大地。おじいちゃん何か勘違いしてるみたいで、なんというか、その、同年代の男の子家に連れて来たの初めてだし、ね」
少し遅れて俺たちも本邸だという日本家屋の方へと歩き出す。
「俺は何も気にしてないよ。いいおじいちゃんだと思う」
「そう? そうかな。へへ~、あれでもいいとこいっぱいあるんだよ。そうだおじさん、浄化装置は本邸脇の医務室にありますから今案内しますね。大地、大地は本邸裏の離れに直接向かって。連絡しておいたから侍従長が待ってると思う」
肯き、白藤たちと別れてからは一人で歩く。
門を潜ってから俺はすでに四つの建物を見ていた。
それ以外の土地は見事な庭になっている。白藤の身内も異世界人だと記憶しているが、Prof.も見事な和装だったし、この世界を、そして日本を気に入っているのだろう。
離れと思われる場所に着いた。
しかし、そこに侍従長とやらはいなかった。
そしてその代りに、中からつい今し方まで前にしていた気配がしている。
Mr.といい、一度去ってから改めて俺に会いに来るのが一部では流行っているようだ。
障子に手を掛け、開くと予想通りProf.が中央の囲炉裏の傍に座している。そしてその脇には二振りの刀。
「驚かんのじゃな。かか、気配を読まれておったか」
「隠そうとしてませんでしたよね?」
「そんなことはない」
嘘だろう。少なくとも気配を隠すのなら殺気も隠すはずだ。
「白藤さんに怒られますよ」
「ふむ、身内に対する愛情、儂に対する気配り、悪い奴には見えんが……小僧、何故ヒデオに追われておる?」
「気になっていたんですが、もしかしてヒデオさんとはMr.のことでしょうか?」
「ふむ、すまぬ。癖じゃ、何せ付き合いが長いからのう」
二人の年齢で幼馴染と言えば八十年くらいの付き合いになる。
ヒーロー名で呼ぶよりも本名の方に馴染みがあるのだろう。
「俺が全ての異世界人をこの世界から追い出そうとしているからです」
嘘は吐きたくなかった。初めから親父と雫は匿おうとしてくれた人だ。
そんな人に不誠実な振舞いはしたくない。それが異世界人だったとしてもだ。
「それは白藤も含めてかね?」
「……はい」
「かか、ここで白藤は別じゃと取り繕わないところは好感を持てるのう! もっとも、その目的を達しようとするのならば儂をも敵にするということにもなるのじゃがな」
Prof.はMr.と異なり、見た目からもお爺さんだ。だけどその眼力は凄まじく、たぶん戦闘能力もその姿からはかい離しているだろう。
ふと、厳しい視線が和らぐ。
「百五十年前にこの世界でヒデオと黒装一味を滅した時には行かんでくれと言ってもらえたが、それが総意とは、言えんよなあ」
悲しそうな声だった。そんな声を出させてしまって申し訳なくなる気持ちももちろんある。
だけど、謝るわけにはいかない。だから。
「白藤さんに、きちんと説明した方がいいですよ」
「何をかね?」
「八十歳のお爺さんが百五十年前とか口にするから呆けが始まったのかと心配されていますよ」
「ぶわっはっはっは! そうか、そうじゃのう! これは盲点じゃったわい! ――ん? 小僧は笑わぬのか?」
笑わない。知っているからだ。でもそのことは秘密だ。
「親父たちを匿ってくれる恩人ですから」
「……小僧もじゃよ」
Prof.はキセルを取り出し、火を入れた。
そのまま吸うことなく煙のいく先を見つめ、それから囲炉裏に灰を落とす。
囲炉裏の縁をキセルで叩く音だけがしばらくした。
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