第10話

 いつの間にか雨は止んでいた。

 その気になれば雲を散らすことだって出来る気分だ。

「変身、出来たのか」

 いつも先だって疑問を口にするのは水鏡だ。

「話す必要がなかった」

 異世界人と仲良しこよしになるつもりはなかった。

 いずれ滅ぼすべき対象なのだから。

「……そうか。なんだ、それに大地は変身するまでもなく戦えていたからな。レディ、おそらく変身した大地はMr.並の力があると思う、撤退を進言させてもらおう」

 俺としてもそうするのなら見逃すつもりだ。親父や雫を守りながらMr.の相手は不確定要素が多過ぎる。

 それにそもそも雫の力で誰かを傷つけるつもりはない。

 この力はあの日生まれ、俺を守るためだけにたった数度雫に使われた力だ。

 そんな純粋な力をこんなところで穢してたまるものか。


「お父上と雫ちゃんは――手出し無用、でしょうね」

「うん。二人に手を出すなら俺は絶対に許さない。例えあなたであっても」

 今でも覚えている。レディ・ジャスティスが雫に治癒の力を必死になって使ってくれたあの姿を。

 あの時治癒をしてくれなかったら雫は失血死していたはずだ。だからこの人は雫の命の恩人で、俺にとっても恩人だ。

 もしもレディ・ジャスティスが一人で、成し遂げようとする何かがあったのなら俺は協力してもよかった。

 だけど彼女はヴィランと手を組んだ。

「わかりました。それでは私たちは退きます」


「それを許すと思うかね? 大地君、君もだ。私は今この場にいる誰も見逃すつもりはない」

 ポーカーフェイスという物があるのなら、声にもあるのだろう。

 Mr.ジャスティスは気負う様子もなくそう告げた。

「それにしても残念だよ、大地君。君はブリリアント・ハートを継ぐに相応しい者だと思っていたのだが、異界人に対して差別意識を持っていたとはね」

「持ちますよ。雫はあなたたちとヴィラン帝の戦いに巻き込まれたんですから」

「……そうか、許しは請わんよ。あの時ヴィラン帝を見逃していればより多くが死んでいたはずだからね」

 Mr.ジャスティスの正義は俺も承知している。間違ってはいない。

 一人よりも百人を救う。人命を何よりも貴び、それ以外の家屋その他は二の次三の次だと思っている。

 でも俺には到底許せる物じゃなかった。俺は雫のためなら世界が滅んだって構わない。雫を守り続けた結果が世界を守ることになるのならそれでも構わない。だけど、世界のために雫を失うなんて認められるものか。


「……始めようか」

 Mr.ジャスティスの威圧感が高まる。

 水鏡、マサト、華が息を飲んだ。

 そんな三人を庇うようにレディ・ジャスティスが前に出た。

 それをさらに遮るように俺は言う。

「今日はここまでですよ」

「それを決めるのは、大地君、君じゃあ、ない!」

 Mr.ジャスティスがまずレディ・ジャスティスへと駆け出し、拳を振りかぶる。

 華が手を翳すと、多重水晶がレディ・ジャスティスの前に出現した。

 絶壁よりも優れた特異能力だろう。しかし相手が悪い。

 その力を承知したMr.ジャスティスには通じないはずだ。


 手を掲げ、雫の特異能力を借りる。

 そしてMr.ジャスティスの動きが完全に止まった。

「そっちも逃げるなら今だよ。レディ・ジャスティス、これはあの時のお礼だから。次はないよ」

 俺はポッドと親父を抱える。

 ポッドの中の雫はまた、綺麗な顔に戻っていた。

 悲しんでいる暇はない。それに親父の治療が間違っていなかったことも証明された。そう悲観するものじゃないだろう。

「一応言っておくけどこちらからの攻撃も届かないから。じゃあね」

 飛翔した。

 どこへ行こうか。

 行く当てはなかった。今なら自宅に戻れるだろうか。

 たぶんすぐに追手が来る。それにその追手は確実にMr.ジャスティスだろう。

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