愛しい瞳

愛しい瞳

「あ、雪だ!!」

ある冬の日の昼下がり。雪が空からはらはらと舞い落ちるのを見たアレンはそう叫ぶと、部屋の隅に掛けてあった上着を掴み、慌てて外に飛び出しました。

「雪ーっ!!」

外へ出たアレンは今年初めて見る雪に大はしゃぎ。掌を天に向け、雪をその手に捕らえようとします。けれども雪はアレンの手に乗るや否や溶けて水へと変わってしまいました。アレンは結晶を見ることができないことを残念に思いましたが、すぐに消えてしまう雪の儚さを愛しく思い、キラキラとした瞳でその様を見ていました。

「雪、好きなの?」

すると、突然横から声を掛けられました。アレンが声のした方を向くと、そこにはアレンと同じ年位の子供が立っていました。その子供は、腰まである長い銀色の髪に透き通るような真っ赤な瞳で、まるでこの世の人とは思えないような美しい容姿をしていました。綺麗なものが大好きなアレンは思わず目の前に立つ少年をジッと見つめます。

「君?」

「う、うん。綺麗なものが大好きなんだ」

再び声を掛けられ我に返ったアレンは慌てて返事をしました。

「それじゃあ僕と同じだね」

それを聞いた少年はにっこり笑いました。

「折角同じ好みの人に出会えたんだ。良ければ君の名前を教えてくれないかな?」

そしてアレンにそう尋ねました。

生まれつき左目が見えなかったせいで周りから気持ち悪い、不吉だと避けられていたアレンは、少年が自分と普通に話してくれることが嬉しくて、花の咲いたような笑顔を浮かべて答えました。

「アレンっていうんだ。君は?」

「ガブリエルだよ」

「ガブリエル」

アレンは今し方聞いた少年の名を呟きました。こうして家族以外の人の名を口にするのは久しぶりだったせいか、アレンはなんだか温かい気持ちになりました。

「うん、そう。ところでアレン、一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「何? ガブリエル」

いきなり何だろう、アレンは疑問に思いながら聞き返します。

「君の左目を僕にくれないかな?」

「え……」

突拍子もないお願いに驚いたアレンは一歩、二歩後退りました。

「代わりにこの瞳をあげるから。その夜のように綺麗な黒い瞳がどうしても欲しいんだよ」

ガブリエルはポケットから取り出した瞳を左手に乗せ、アレンに差し出しました。ガブリエルの瞳と同じ、綺麗な赤い瞳を。

「……いいよ」

どうせ僕の左目は使い物にならないんだ。こんなガラクタの代わりにあんな綺麗なものが手に入るならいいや、そう思ったアレンはガブリエルに微笑みました。

「ありがとう」

それを聞いたガブリエルは満面の笑みを浮かべました。そしてアレンの左目を掴みぐいっと引っ張ります。するとぷちりと音をたててガラクタがアレンから外れました。ガブリエルはその空っぽになった窪みにあの赤い瞳を埋め込みました。

「これでお揃いだね」

ガブリエルは自分の瞳を指差し言いました。

「うん!!」

ガブリエルと同じ赤い綺麗な瞳が手に入ったのと、他人と沢山話せたことが嬉しくて、アレンは明るい声でそう返しました。

「アレン、おやつ出来たわよ」

と、母親が家の玄関から顔を出しアレンの名前を呼びました。

「分かった!! それじゃあね、ガブリエル」

アレンはガブリエルに向かって手を振ると、家の中へと入っていきました。


アレンが家に入るのを見届けると、ガブリエルはアレンの家の裏手にまわり、壁にもたれかかりました。そして赤い瞳の代わりに貰ったアレンの黒い綺麗な瞳を愛おしそうに見つめます。

「本当に綺麗だ。いっそ食べてしまおうか」

ガブリエルは瞳に顔を近づけ、ペロリとそれを舐めました。

「まあ、食べないけど。美味しくないし、それに勿体無い」

そう言うとガブリエルはアレンにあげた瞳が入っていたのとは逆のポケットからナイフを取り出し、手の上でさっくりと半分に切りました。ぽたり、ぽたりと切り口から溢れ出した水が掌から落ちていきます。ナイフをしまったガブリエルは神経の束を持ち、後ろ側の半球をうっすらと積もった雪の中へ放り投げました。

「僕が愛しているのは瞳の中の水晶と綺麗な色だけだから。他のものは要らない」

ガブリエルは雪の白にやけに映えて見える瞳の内側の黒に向かい吐き捨てるようにそう言いました。

「アレンの瞳の色は素敵だから、大事に取っておかないと」

前側の半球から水晶体を取り外すと、そっとそれに口付けてから、首に下げていた透明な小さな箱の中に入れました。

「嗚呼、やっぱり綺麗だ」

まだ生まれてから十年経たないアレンの水晶は透き通っていて、ガブリエルはその美しさに恍惚とした表情を浮かべました。

ガブリエルは綺麗なものを手に入れた嬉しさからか、水晶を摘む指に力を入れてしまいました。その途端、ぷちりと水晶が弾け中からぺとぺとした液体が出てきました。そして、ガブリエルの後ろの方ではどさりと何かが倒れる音がしました。

「ああ、またやっちゃった」

ガブリエルは乾いた笑い声をあげると、指についたものを舐めとりました。

「さようなら、アレン」

後ろを振り返り、ガブリエルはそう呟くと、純白の翼を広げ雪の舞う空へと飛び立ちました。ガブリエルの去った後には我が子の名前を叫ぶ母親の悲鳴が響いていました。

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